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Fly away A


挿絵(By みてみん)

 [Timeline・・・十二月三日 午前十一時。場所:メノークタワーエントランス]


 転送魔法専用通路から現れた男の背は190センチ近かった。高級ブランド「デリアン」のジャケットを小脇に抱えたベスト姿。顎ほどの長さの金髪と広い額、甘いマスクとワンポイントの無精髭。着ている物も履いている靴も一級品、手首にはプラチナの時計が飾られていた。時計の文字盤には月と、中央に輝く星の紋章が刻まれている。


 革靴を踏み込み、懐から取り出した葉巻「デリンジャー」に火をつけた。一服を吐き出しながら、輝かしいメノークタワーエントランスの周囲を見聞する。

 彼の後ろに続いて現れたのが、金髪碧眼の美少年。自身の背を超す長い杖、上部に三日月の意匠を湛えた杖を持っている。それから派手で赤いサーカス衣装を身につけた男が続いた。その胸元にも月と星の紋章を飾ったラピルピンが差し込まれている。二人は興奮しながら何事かを言い争っている。そして最後に現れたのが、赤いマントを羽織った少年だった。年に似合わず穏やかな笑みを湛えた、賢そうな少年だ。そして彼の羽織るマントにもやはり月と星の紋章が金銀の糸で描かれている。


 少年は歩を進め、メノークタワーエントランス、王族や富裕層しか辿り着けない、この高級複合施設の受付前に立つ。作成者の悪い趣味である金色の自動人形が、一斉に彼らに向けて一礼をし、『イラッシャイマセ』と各言語にて挨拶をした。


 赤い髪の少年が静かに受付を行う背後、煌びやかで開放的で、上品なメノークエントランスには似つかわしくない会話が、金髪碧眼の少年から発される。


「マジで超アガるわ、一回100万だろ?今手持ちが2000万あるから20回は引ける。あー、どうする、なあ、3億の品とか当てたらどうする?」


 取らぬ狸の皮算用とはこのことだ。タバコを燻らす長身の男は、呆れ返って少年に釘を刺そうとしたが、サーカス衣装の男がそれに輪をかけて語彙のなくなったセリフを喋り始めた。


「去年は運がなかった。去年はね?正直にいう、去年は大負けした。散財した!だけど今年は違うよ、なんかね、なんか、運がいいらしい!占い、占いに書いてあった!」


 年若い少年がギャンブルに現を抜かすのはまだ許容できる。だが既婚者でもあるサーカス衣装の男性が、そういった態度なのはいただけない。


「戦略もねえギャンブルの何が面白えんだ、バカ。つうかマナフ、お前嫁に借金返してここきてんだろうな?金にだらしねえ奴がギャンブルやってんじゃねえ。それにメノークの別名、ミミックってんだ。食われて死んじまえ」


 煙を吐き出しながら、マナフと呼ばれたサーカス衣装の男に吐きつけた。嫁、という言葉を聞いた瞬間、マナフは耳を塞ぎ、絶叫し、子供みたいな拒否をする。


「ダリアの事いうの禁止!」


 耳を塞いだマナフの背中を冷めた目で眺める。長身の男もまたギャンブラーの端くれである。だが彼が行うのは徹底したマネーゲーム、戦略と戦術がものをいう世界だ。


「ギャンブルなんざ勝つ事が面白えんだから、戦略立てねえで運に頼るとかマジで金ドブじゃねえか」


 至極の正論を放ったら、今度は金髪碧眼の美少年から声がかかった。


「お前だってギャンカスっちゃギャンカスじゃねえか。クレア。運しか残らねえから面白えんだろ?戦略で勝つとかただの仕事だ、仕事。俺は遊びに来てんだよ!」


 正論をぶつけて正論で返される。だから彼、クレア・レヴァンスは金髪碧眼の美少年、ニーア・アトラスが苦手である。若干二十歳、彼を見る殆どの人間が彼の美しさに振り返るけれど、彼の本質はただのチンピラである。但し、異常なほど優秀な。


 ニーアの物言いに軽くイラついたクレアが口の端をちっと鳴らした時、受付をしていた彼らの王、カイザードが背後の三人を振り返った。柔和な微笑みを讃えながらカイザードは彼らに「行こう」と声をかけた。


 円状のエントランスの壁に設置されたエレベーターの黄金色の扉がひっきりなしに開閉し人々を運んでいる。そこに存在する人々の全てがこのメノークタワーに入場できる地位のあるもの。王族や富裕層である。


 エレベーターを待つ時間も惜しいのだろう。ニーアが年相応に足を踏みながらしながらはやる気持ちを抑えている。いう言葉もそれなりだ。


「つか、カイザード!俺ら第二拠点入ったら即座にメノーク会場行くからな!なんか噂だと100番台がすげえ熱いらしい。去年も100番の箱からインビジブルクローク出たらしいし!一撃3億!」


 言葉の最後にフォー!という雄叫びをあげて、それにマナフが僕が当てるんだそれは!それで借金返すんだ!と被せた瞬間、ベルが鳴った。観音開きに開いた黄金の扉の奥には、既に一人のアジア人男性が乗り込んでいた。ニーアとマナフは声量を抑えつつも浮き足立ちながらエレベーターに乗り込む。カイザードは静かに微笑んでいる。そしてクレアは何かしらの違和感を抱えながら、その若い東国《アジア》人を観察した。


 黒いスーツは二流。ひとまずは見れる格好だが、成り上がり特有の自信が彼を滑稽に見せている。ただ靴が汚れておらず、良いものを選んで身につけていた。つまり目利きはできるのだろう。胸元を飾る金のネックレスが酷く下品だ。総合すると恐らくここ数ヶ月で成り上がってきた男だろう、とクレアは彼を評価した。彼を特段ジロジロとは観察せず、最初に見た印象を反芻する。それから気配を探る。着ているもの、身につけているもの、そして所作は彼の人となりを雄弁に語る。虚勢を張れる目をしているが、多分臆病だ。この箱に乗り込む時も、乗り込んだ後も、彼は一度も他者と目を合わせなかった。そして彼を強く特徴づけるものがスーツの裾から覗いていた。シャツで必死に隠そうとしている左腕の義手だ。


 到着のベルが鳴った。


 音もなく観音開きの黄金の扉は開かれる。地上68階、単身者用の居住区域だ。家賃は三桁を超えるから、それなりに稼いではいるだろう事が予想できる。彼は顔を伏せたまま会釈もせずに逃げるよう、エレベーターから歩き出した。彼の小さな背中を見送りながらクレアは考える。

 義手を持つ人間が、この資本主義の総合格闘技場で成り上がれるか?腕がない事も見方を変えればイニシアチブか。あの義手はいつ身につけた?一年、は経ってない。が、今日昨日あつらえたものじゃない。扉は閉じられ、上昇が始まる。上昇負荷の中、クレアは見たものについて思考を巡らせている。そうしている間にまたベルが鳴った。黄金の扉が開いて、赤い絨毯の敷かれた通路が目の前に広がる。数メートル、高級絨毯の上を歩き、広い玄関を開け放つ。地上124階、カイザード所有の拠点の一つに彼らは入室した。


 第二拠点に入室したカイザードが語る。


「ギランは世界の商業の中心だ。君や他の仲間も出入りが増えるだろうから、拠点があった方がいいと思ってね。124階のフロアが僕たちの拠点だよ。悲しいけど僕のポケットマネーじゃ最上階は買えなかった。全部フェニスが買ってるんだ」


 カイザードはそう言いながら、見晴らしの良いリビングに四角く設置されたソファの一つに腰を下ろし、グッと体を伸ばして脱力した。その向かいにクレアが腰を下ろす。テーブルに置かれた経済専門誌『アーケイン』を手に取って、今回のミッションを確認し始める。


「マナフとニーアは拠点のキー登録を。紋章が鍵だ。月と星の紋章を持っている人間なら一度登録すれば無料で入室できる。但し、ここはギランだからね。食べ物や飲み物にはお金がかかるよ。じゃあ、楽しんでおいで。ニーア、マナフ」


 玄関でキー登録を済ませた二人は、気の早い勝利宣言を行いながら拠点を退出していった。ニーアは「クレア!オメーのツラ札束で引っ叩いてやっからな!」と叫び、マナフは「借金返した上で、ダリアにプレゼント買って、お前らにはマルクス(高級蒸留酒)突っ込んでやるからな!」と宣った。ただ、経済雑誌『アーケイン』を読み始めたクレアに彼らの言葉は届かない。クレアは既に、ミッションに入っている。事の始まりは、十一月末に起こったある事件である。


 数日前、世界最強の傭兵集団であるギルド『地下世界』、彼らの中でも抜きん出た膂力と戦闘能力をもつサジ・イングラムをとある小国の姫の護衛に派遣した。嫁入りだったか、里帰りだったかは忘れたが、予定されていたコースの途中でモンスターが確認された。サジのミッションは、姫を安全に送り届ける事。対面式の日、騎士の誇りを体現すべく、サジは姫の前に片膝を付いて頭を垂れた。瞬間、鎧の下の衣服が全て弾け飛び、屈強なサジの張り出した筋肉を姫の眼前に晒す事となった。純情な姫は絶叫し、近衛兵達は激昂し、違反金をしこたま支払う羽目になった。項垂れながら帰ってきたサジに話を聞いたら、彼からはこんな言葉が返ってきた。


「俺さぁ、ちょっと動くだけで普通の服とか破けちゃうから、めちゃくちゃ高級スクロール貼って強化してるんだよ・・・この服だって任務の前に高級スクロールで強化したはずだったんだよ・・・」


 素肌に鎧を着たサジが必死で股間を隠す。その変態的な格好のまま、項垂れるサジを呆れ返りながら叱責した。サジの確認不足もあるが、これは商品の不備でもある。ごく一部の高位ウィザードはスクロールを生成することも可能だ。つまりはサジに同行したメル・ギル、兵器と称されるこの世界で唯一の魔法使いによる悪戯の線も考えた。だがメルからは「私が下ネタで笑うと思うか」という酷く歪んだ一言でその線も消えた。メルはそういう人物だからだ。


 高級スクロールはダンジョン内での発見が主な入手ルート、マナを存分に含んだスクロールのみが年月を経て高級へと変わるものだ。高位ウィザードの中にはスクロールの中にマナを添付する事が可能な者も存在はするが、高位ウィザードなど世界に数えるほどしかいない。メル・ギルもその一人であるから彼に見解を聞いた。が、


「わざわざスクロールに術を移す方が面倒だね、私は。バカ面倒。他の高位術師もそんな労働しないと思うよ?百枚単位で偽造してるって事だろ?」


 続けてメルはこの様に証言もした。クレアの思考の外にあったのが、まさに百枚単位のスクロールの偽造。その証拠の片鱗が、経済雑誌『アーケイン』の見出しになっていた。


【氾濫する高級スクロール、価格は下落。原因を探る】


 高級スクロールは冒険者たちの必需品である。スクロールに込められたマナで、冒険者たちは防具や武器の強化、摩耗を防ぐ。ダンジョンで一枚見つければ、向こう三ヶ月は遊んで暮らせる高級品だが、そいつがひどく値崩れしている。


 かつての市場価格は三百万だったが、今は二百万を割り込んでいる。様々に情報を集めたが、高級スクロールの狩場が発見された、などという報告は上がっていない。


 つまり。


 クレアは疑っている。ゴミスクロールを高級スクロールと偽って販売しているものがいる。恐らく出来はいいのだろう、でなければ値崩れを起こすほど売買されない。そしてそれが売買されているのはギランの巨大マーケット。誰でも出店でき、誰でも何でも売買できる資本主義の闘技場。詐欺も犯罪をも歓迎するこの国の資本至上主義ならば、考え、実行する人間も出てくるだろう。まずは、とクレアは紙面を閉じた。量産しているのならば方法、統括者、実行者。術師も絡むだろうから、その情報を探らねばならない。サジの恥辱に報いるのは少し腹立たしいが、地下世界の財布に手を突っ込んだと考えるなら話は別だ。


 クレアはリラックスするカイザードに呼びかけた。


「ギランに行く。使えそうな護衛を一人派遣してくれ。ニーアとマナフは今回、使いもんにならねえからな」


 立ち上がって歩き出そうとしたクレアの背後で、カイザードはそうだね、と呟いた。星と月の紋章はそのまま通信機として機能する。一拍を置き、カイザードはふふ、と微笑みクレアに向かってこう言った。


「フィリップが近くにいるね。ちょうど任務が終わったらしい。彼なら護衛として申し分ないだろう」


最後までお読みいただき、ありがとうございます。

追われる者がいれば追うものがいます。追う者は得てして厄介です。

次回更新:【10月23日 21:10】

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引き続き『イノベーション・デストラクション』をよろしくお願いいたします。

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