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父上の容態と俺の知らない現実(後)

「フォノ様の事ですね」


「ええ。お義父様は旦那様と私の結婚と同時に旦那様へ男爵家の当主を引き継がれた。それはフォノ様がお義父様にお金をせびっていたから。ご自分が当主を退く代わりにフォノ様には結構な金額を支払って、もうグーテルダ男爵家は息子に譲った。息子達には関わり合いにならないように、と告げられた」


そんな事が有った事すら、知らない。


「でも、フォノ様は手切金をあっという間に使い切った。そして金をせびりに来た。奥様にニヤついた顔で金をせびりに来ているのを見る度に、怒りが湧きます」


「私も嫌な気持ちになっているわよ。だけど」


「ええ、何処かの愚かな旦那様が愛人を3人も作り、子まで生した上、カジノ通いまでしている所為で、脅されていますよ」


(そう、なのよね……。旦那様と話し合いをしたくても掴まらないし、旦那様はご自分が脅しの材料になっているとも思っていないから……。きっとフォノ様の事を教えても馬鹿馬鹿しいと聞かないわね)


そんな事はっ……有る、かもしれない。叔父上は、跡取り教育が嫌で嫌で仕方ない俺を誘って、娼館通いやカジノ通いを教えてくれた。所謂悪い遊び、だ。そんな叔父上を悪く言われたと思えば、俺はユーレの事を更に疎ましく思った……はず。

俺は叔父上の策略に嵌り、脅しのネタにされているのか……。


父上が「アイツとは付き合うな! 碌なことにならん!」 と怒っていたのも聞き流していた……。そのツケが、コレか。


「それは分かっているわ。お義父様に知られなければそれで良いの。お義父様が心穏やかに最期を過ごせたら……後の事は正直なところ、私も知らないわ」


「それで構いません。奥様は本当に良くやって下さっています。大旦那様に万が一のことが有った後は。爵位返上でも良いと私めは愚考致します」


「セバス……。皆が路頭に迷うわよ」


「紹介状を書いてもらいますよ」


「そう。そうね」


俺は本当に何も知らなかった。セバスがこんな事を考えている事すら。父上が亡くなれば、皆が退職するというのか?


「取り敢えず、明後日の愛人達への養育費よね。心苦しいけれど、お父様から嫁入りに持たせてもらったドレスと宝石を売りに出すわ」


「しかし、それは……」


「カーナが結婚する時の為の宝石には手を出さないわ。私の分よ。……昔は旦那様に贈り物をしてもらっていたけれど、それも愛人達が現れてから直ぐにお金に代わってしまったわ。後はお金に変えられるのは、もう、お父様から嫁入りでもらったドレスや宝石くらいしか無いのよ」


そこまで、そこまで困窮しているのか、我が家は……。


「愛人達にお金を支払っている事すら、旦那様はご存知無い。カジノで作ったツケ払いもご自分で払わず奥様に払わせる……。本当にどうしようも無い旦那様だ!」


「セバス、落ち着いて。それでもお義父様にとって旦那様は息子なのよ。きちんとお義父様に会わせてあげないと……。旦那様は後悔されるわ。それはお義父様も」


「そうだと言うのに、旦那様は奥様の話も聞かず、家にも寄り付かず、奥様をこんな酷い目に遭わせて……」


セバスはそこまで言うと、泣き出した。ユーレがその背中を摩る。俺は……俺は、本当に何も知らなかった。


「すみませんでした、奥様」


「いいのよ。感情が昂る事は余程自制心の強い人で無ければ、誰しもに有るのよ」


「そう、ですな」


「セバスには済まないけれど、ドレスや宝石を換金してもらえる? あなたにこんな事ばかりさせてごめんなさいね」


「何を仰いますか! 旦那様が金策に駆けずり回らなくてはならないのに、遊んでばかりでその尻拭いを奥様にさせている事こそ、此方は申し訳ないと思いますのに」


「それは、いいのよ。換金、お願いね」


ユーレは執務室から出て自室へ。そしてドレスや宝石を次々と出していく。


「型が古いドレスばかりだけど、丁寧に着ていたから古着で売ってもそれなりにお金になると思うの」


ユーレはそう言ってセバスにドレスや宝石を託した。それから離れに向かう、と言付けて父上の元に。迷いなく父上の寝室にユーレが入ると父上はベッドで眠っていた。


「お義父様……」


微かな声で呼びかけるユーレ。父上は反応しない。


(良くお眠りになられているわ。サーヤに感謝ね。本家の彼女がお義父様の主治医になってくれるなんて、思ってもみなかった。忙しい人だもの。従姉妹で仲良しとはいえ、私の家は分家。あまり本家と交流も持っていなかったのに……)


「ユーレ、か?」


「お父様、お目覚めになられました?」


「ああ。……スカラグは?」


父上の問いに、俺は此処です! と叫びたい。


「お仕事で領地へ」


「そうか。全く会えないな」


「すみません、お義父様」


(やっぱりお義父様と旦那様を会わせてあげたいわね)


「いや、仕事ならば仕方ないからな」


「領地は今、不作続きで。それでどうしても視察に」


(あまりお義父様に嘘は吐きたくないけれど旦那様と話せない以上は仕方ないわよね)


「そうか。不作続きなのか。天候は悪くないはずなのに」


「土の方に問題が有るかもしれない、と」


父上は成る程、と頷く。このやりとり一つでユーレがどれだけ男爵家と領地の事を考えているのか解る。対して俺は……領地が不作続きだという事すら、知らなかった。俺は本当に何も知らない領主だ。


「お義父様、お薬はお飲みになられました?」


「うん。先程飲ませてもらったよ」


「では、ゆっくりお休み下さいね」


「ああ」


父上はユーレの声に促されるように再び目を閉じる。こんな小さな身体の父上を、俺はずっと知らなかった。


(お義父様の余命は聞いたけれど。延命治療を受けさせられる程のお金は無い……。せめて旦那様がお仕事をするなりカジノ通いを止めるなりしてくれれば……。そう言った話は妻である私の役目だと思っていたけれど、昨夜のように階段から落とされてまで、話し合う気にはなれないわ……。セバスにお願いしようかしら)


俺は昨夜のやりとりを思い出す。そう、思い出せた。小言ばかりでニコリともしないユーレにムカついて、咄嗟に手を振り払った。階段から落ちるユーレが俺に手を伸ばして一緒に落ちた。……あの時の俺は、ユーレを助けようという気持ちがまるで無かった。死ねばいい、とは思わなかったが、多少怪我でもすれば静かで良い、と思ったのは間違いない。


ユーレから見た現実やユーレから見た使用人にユーレの心を聞けば、俺が間違っているのは分かった。何も現実が見えていなかった。


ユーレは全身が痛むはずなのに、愚痴も呻き声も上げない。痛いと理解しているのに。階段から落ちたのだ。昨日の今日で痛まないわけがないのに。

妻が我慢強いと初めて知った。


「お義父様、また来ますね」


そっとユーレが言った後、父上の世話をしているメイド達に父上を頼んでいた。こういった手配や声かけを俺は何も知らない。


本邸に戻ったユーレの元に領地の代官がやって来ていた。


「こんにちは。どうしました?」


「こんにちは、奥様。不作の件ですが判った事が有りました」


「報告を」


「土が力を持ってないそうです」


ユーレが知人を頼り、土地の品質を見て肥料が足りない、ということを教わったと代官が話す。そんな報告を受けるのは本来俺なのに、代官すら俺に報告しない事のおかしさを何も言わない。それは、俺が領主として領地を守っていない事の現れだ。


「そう。肥料を買い入れたいけれど、お金が足りないわ……」


「それなんですが。森に落ちている葉っぱを掻き集めて食べ物の残飯などと一緒にして、わざと腐らせるそうです。その腐った葉っぱを土と混ぜる事で栄養になる、と聞きました」


「まぁ! それなら肥料を買わなくても何とかなるかしら!」


「詳しくは聞いてみないと解りませんが、可能性は有るかと」


その後は先ず、その肥料がきちんと作れるのか、作った肥料と土を混ぜ合わせて作物がきちんと育つ土に生まれ変わるのか……と代官と話し合って長期の見通しを立てる。そんな事も俺の代わりにユーレがやっているなんて、俺は本当にどうしようもないくらい、知らない。


代官が帰ったら昼食かと思ったら、昼食も摂らない。そうして気づいた。指も腕もとても細いユーレの事を。


(セバスが帰ったら、愛人3人に等分にお金を分配して。いつ来るか分からないフォノ様用にもお金を準備して……使用人達への給金とお義父様の治療費まで、賄えるかしら。後は領民達への支払いだわ。いくら不作続きでも買い取ってあげなくては、彼らだって生活があるもの……ああ、全身が痛い、わ。セバスが戻るまで少し休もうかしら)


目を閉じるユーレ。だが、意識が俺にあるから多分寝たわけじゃない。実際、ユーレも目を閉じているのに意識がしっかり有った。

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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