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父上の容態と俺の知らない現実(前)

朝の光を浴びてユーレが目を覚ましたらしい。俺の意識も回復していく。日の光に照らされた部屋を見てもやはり質素だ。


(ああ、朝だわ。ええと。先ずはお義父様が暮らす離れを訪れて、今日の容態を確認して。変わらなければ次は12の日にしましょうか。5日に一度くらいの割合で様子を見るので良いとは言われていますけど。本当にそれで良いのかしら。かと言って、旦那様のご協力が無い今は毎日お義父様の容態を見に行けないし。……ああ、そういえば、旦那様はどうしたかしら。意識が戻って下さっていれば良いのだけど)


それは無理だ。

俺の意識は未だにユーレの中だからな!

ノックの音に反応する。


「奥様、お目覚めですか」


「ああ、エレン。おはよう。起きた所よ」


「おはようございます、失礼します」


エレンがユーレの身支度を整えながら今日の予定を確認している。


「本日は大旦那様の所へ行かれますか?」


「もちろんよ。離れだからそんなに遠くないのに、私、5日に1回程しか顔を出していないのよね。少ないかしら」


「いいえ。奥様はとても有り難いくらい、良くやっていらっしゃいますよ」


「そう、かしら。ありがとう」


(だけど、医者の家系の娘なのに、頻繁に顔を出してないなんて……お義父様がいくら望まれているからといって、本当にそれで良いのかしら)


「奥様。それで良いのか、と考えていらっしゃるようですが。元々、奥様と旦那様との結婚は、大旦那様が亡き大奥様の治療代やら薬代やらが高くて困っていた所に、奥様のお父上様が、奥様と結婚してくれるのならば、治療代も薬代も安く提供しよう、と仰って下さったのです。


大旦那様はそれを感謝されていますから、これ以上、奥様に負担をかけたくない、と仰っておられるのです」


「でも、それでは具合がいつ悪くなるのか分からないわ」


「それでも、です。奥様、大旦那様の体調が悪くても、大旦那様は今の状態を望んでおられるのですよ」


(そこまで言われてしまうと、もう何も言えないわね)


いつも小言ばかり言うユーレは、セバスやエレン達使用人にも小言を言って上手くやれていない、と思っていたが……。そんな事は無い、のか?


「分かりました。では、お義父様の元に行く準備をお願いね。後、朝食後にセバスと話したいから執務室にお願い。それから旦那様のご容態は?」


「まだ意識は戻りません」


「そう」


(心配ですけど。でもやらなくてはならない事を後回しにするわけにはいかないですものね。そのやらなくてはならない事の全てが旦那様が本来やるべきことなのに、旦那様はいつも小言を言うな! と怒鳴ってばかり。まぁ愛人を作られた事が解った時から愛情なんて醒めたから。旦那様を見る度に毛虫でも見るように蔑んでしまう自分が居ることは自覚しているけれど)


ふぅ。

大きく溜め息をつくユーレの心情を、俺は悪くない! と怒鳴っていた。


「奥様?」


「いえ。旦那様の愛人()の事を考えていたら、つい……」


「ああ。本当にどうしようもない坊ちゃんですよ。甘やかしてしまいましたかね……」


「エレンの所為では無いわ。最初の時に旦那様と話し合いが出来なかった私の所為よ。愛人なんて持たれると思っていなかったから、つい毛虫を見るような目になってしまうのよね……。それまでは旦那様を信じていただけに」


「当然ですとも、奥様。もっと冷たくしても良いのに、奥様は優しいですよ」


「そうかしら」


俺はエレンでさえ、こんな風に思っていた事を知らなかった。小さな頃からずっと側に居てくれたエレンが。同じくセバスが。こんな風に俺を見ている、というのか。こんな小言ばかり言う妻の味方だと?


「奥様、食堂へ行きますか」


「ええ。朝食は」


「いつも通りですが、奥様、もう少し食べて下さらないと、本当に倒れます」


エレンの心配そうな表情や声。俺には見えないが、ユーレが曖昧に笑った気がした。

俺はユーレの中からユーレがどれだけ贅沢な物を食べているのか、と疑っている。だが出てきたのは、野菜を柔らかく煮込んだスープといつも食べているパンだけ。他には何も無い。ハムもエッグもサラダも何も。どういうことだ。


「今日も美味しいわ」


セバスに微笑んでいるだろう、ユーレ。顔の筋肉の動きで解る。


「ようございました。他には」


「いいえ。これでお腹いっぱい。後は皆で食べて」


(皆が私に食べさせようと、料理長がハムとかサラダとか或いはケーキを用意してくれているのは知っている。でも、私がそんな贅沢をしていたら、セバスやエレンを始め、うちに仕えてくれる使用人達の食べる物が少なくなる。一番働いていないのは私なのだから。皆に食べてもらって頑張ってもらわないと。ただでさえ、使用人を減らしているから、個人の負担が大きいのよね)


「奥様……もう少し、何か食べませんか」


「セバス、もう無理よ」


使用人が減っていた事に初めて気付く。給金を払わなくて良くなったのなら、一体何にユーレは金を使っているというのか。食べ終えたユーレが執務室……本来なら俺の部屋に入って、書類を見始めた。ユーレが着ているワンピースは綿の素材で色褪せている。つまり、着ている物も贅沢品では無いのだ。


「今月も領地は若干不作なのね……。やっぱり土地が良くないのかしら。いえ、でもお義父様が当主の時は豊作だった事もあったのだから、何か他に原因があるはず」


領内が不作という事も、俺は知らない。

ノック音が聞こえて俺は、いや、ユーレが顔を上げた。入って来たのはセバス。


「奥様、お呼びだと」


「明後日は10の日だわ。お金は準備出来ているかしら?」


「それですが……ここの所の領地の不作による影響で、領民からの作物の買い上げ金額を下げるでもしないと、そろそろ拙いか、と」


「私の結婚時の持参金はもう使い切ってしまったから、私へのお小遣いになる分では賄えない?」


「奥様の出費として帳簿に記していますが、それでも……」


「旦那様の分を勝手に使えないし」


「本来なら、旦那様の交際費から全額出すべきなんですよ!」


セバスの抑えた怒鳴り声。俺は初めて聞いたというのに、ユーレは動じる事も無い。まるでいつも聞いているかのように。


「セバス、落ち着いて。興奮したら身体に良くないわ。それに、旦那様に話そうとしても聞いてもらえないし、お義父様に知られたらお義父様の生きる気力が無くなってしまいそうだもの」


「それでも! 毎月、愛人達から跡取り息子が産めない役立たずの妻と罵られながら、3人の愛人の婚外子の為にお金を払い続けている奥様を見るのは辛いです!」


俺は、衝撃を受けていた。

確かに現在俺は愛人が3人。おまけに全員が俺の息子を1人ずつ産んでいる。だが、3人共俺に養育費を払え、と言って来なかった。てっきり3人が働いている金で間に合っていると思っていたが……。

ユーレに集っていたのか……。


「役立たずなのは確かだわ。私はカーナしか産めなかった。お義父様がご存知無いからカーナは跡取り娘でいられるけれど。存じ上げれば……カーナは跡取りでは無くなってしまう。愛人達の息子のうちの誰かが跡取り。そんなの耐えられないわ。けれど、カーナに万が一のこと有れば、もう産めない身体の私は、愛人達の息子のうちの誰かを引き取らねばならない。その、お金よ……」


(お義父様に長生きしてもらいたい、と思う反面、カーナ以外にも跡取りが居るなんて知られたくないから、このまま知らずに亡くなって欲しい、と思う私はなんて心根の悪い女なのかしら……)


ユーレの心の声が俺に響く。カーナを守る為に毎月出費が嵩んでいたのか……。俺は何も知らなかった。


「本当に旦那様の子か分からないでしょう」


「可能性が有るなら払わなくては」


「あんなに罵倒されて、ですか」


(跡取りを産めない役立たず、とか。女としての魅力も無いから浮気される、とか。女として終わった女、とか。愛されているのは私なのだからとっとと離婚しなさいよ、とか。色々言われて来たわね……)


そんな事を言われていたとも、俺は知らないのだ。


「旦那様をもう愛していないから罵倒はどうでもいいわ。でもお義父様の最期をあの3人が看取れると思う?」


「無理ですね」


「お義父様は何もご存知無いのよ。旦那様の愛人達の存在も、その息子達の事も。旦那様のカジノ通いも、ご自分の弟がお金をせびりに来ている事も」


それだ、それ。叔父上が金をせびりに来ているってなんなんだ!

お読み頂きまして、ありがとうございました。

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