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どういうことだ⁉︎

全8話。毎朝6時更新。完結・予約済み。

「うう……」


頭が痛い。いや? 身体が痛い? 全部か?


何故こんなに全身が痛むのか分からないが、とにかく身体を起こさなくては。ーー起こすという事は寝てる? 何故? 寝ていたのか? 全身が痛いから? 薄らと目を開けると、視界に誰かが映り込む。ーー誰だ?


見え難い目を擦ってもやはり見え難い。もう少し近付けば顔が判るか? しかし、指一本を動かすだけでも痛くて仕方ない。けれど誰なのかも気になる。痛む身体を抑えてそっと誰かに近づこうとしたら、何かが手に触れた。それは眼鏡。眼鏡? 俺は眼鏡を掛けていたか? いや、それより、俺は誰だ?


取り敢えず、俺という一人称から男だと思うが、名前も思い出せない。困ったぞ。だが眼鏡を掛ければ、もしかしたらこの見え難い目が見えるかもしれない。ゆっくりと眼鏡を掛けてみれば、眼鏡は馴染む。やはり俺は眼鏡を掛ける人間のようだ。視界もはっきりとして。


そうだ。近くの人間を見ようと思っていたんだ。俺は良く見えるようになった視界でその人物を見た。そして愕然とした。


ーー俺、じゃないか。


どういうことだ⁉︎


そこに居たのは、俺。そうだ。俺、スカラグだった。そうだ俺はスカラグだ。えっ、じゃあこの身体は?

俺があそこで横たわっている。じゃあ今、俺が動かしている身体は誰なんだ?


「旦那様! 奥様! 大きな音が……ど、どうなさいましたか!」


執事のセバスが駆け寄って来た。旦那様は、俺・スカラグ。奥様は……最近仲が疎遠の妻であるユーレの事だ。


「セバス……」


か弱い声が聞こえて来た。……というか、俺の身体から発生した。いや、俺の身体はあっちだから、えっ、そうだとすると、この身体はユーレのものか?


「奥様、一体何が⁉︎」


何がも何も俺も解らん。

だが、口は勝手に動いていく。


「先程、久しぶりに旦那様のお顔を見て。それでお義父様の事を話そうと声を掛けたのよ。だけど、旦那様は……」


「ああ、いつものように、お前が何とかしておけ、と?」


「ええ。でも、さすがにそうも言っていられないでしょう?」


「左様でございますな。大旦那様のご容態を旦那様はきちんと把握しておられないでしょうから」


「やっぱり、わたくしから話すのではなく、セバスから話してもらう方が良かったわね。旦那様にどうしても聞いてもらいたくて、今日は執拗に声をかけてさらにその腕に手を伸ばしたのよ。こんな階段の上でやる事では無かったのだけど、話も聞かずに去ろうとしていたから、追いかけてしまって」


「階段上で口論になられた、と?」


「引き留めようとして手を伸ばして、それを振り払われたのよ。バランスを崩して……咄嗟に彼に手を伸ばしてしまったの。それで旦那様も一緒に落ちて……」


「左様でございましたか……。旦那様の意識は戻っていらっしゃらないですな」


それは、ユーレの中に入っているからな! 俺だって戻れるものなら戻りたい! なんだってこんな事に……。


「今日は何処に行くか知っている?」


「旦那様はおそらくカジノでしょう」


「そう。まだ続けているのね……」


「目覚めるまで此処に放り出したままでも良いのではないでしょうか」


「セバスがそんな事を言ってはダメよ……。わたくしもさすがにまだ起き上がれないし、申し訳ないけれど、皆でわたくしと旦那様をお部屋に連れて行ってもらえないかしら」


「旦那様など此処に放置しても罰は当たりませんよ!」


セバス、随分酷いな。俺はこのグーテルダ男爵の当主だぞ⁉︎ 雇われている身で、どれだけ愚かな事を!


「そんなわけにもいかないわ。あと、お医者様をお願い」


「そちらはもう手配しましたよ、奥様」


別の角度から声が聞こえる。この声は家政婦のエレン。俺が幼い頃からずっと母上についていて、母上亡き後は家政婦としてグーテルダ家を仕切ってくれている。第二の母みたいな人だ。


「エレン。ありがとう」


「いいえ。全く、この坊ちゃんと来たら、こんなに良い奥様を蔑ろにして。これは罰が当たったんですよ!」


「エレンまで、そんな風に言わないのよ。悪いけど、運んでもらっていいかしら」


エレンまで酷い事を言うのか。全く揃いも揃ってなんて酷い使用人達だ。それにしても、なんだって俺じゃなくて、こんな冷たい妻を労わるのか。この女はセバスやエレンが言うような人の良い女じゃないぞ!


そんな事を思いながらもセバスが俺の身体を抱えて。ユーレの身体はエレンや他のメイド達が抱えて2階の寝室へと連れて行く。夫妻の寝室じゃなく、俺の身体は俺の部屋。ユーレの身体プラス俺はユーレの部屋に。


ユーレの身体を横たえたエレン達が「医者が来るまで安静に」と眠るよう促す。微かに頷いたユーレを見て皆が下がった。だが、ユーレは目を閉じる事も無い。

どういうわけだかユーレの身体の中に入っている俺は、ただ入っているだけで、俺がユーレの身体を動かせないし、ユーレの意識を乗っとる事も出来ない。ただ、こうして考える事は可能だ。


ユーレは休むように言われていたくせに無理に起き上がる。身体がその度に痛みで悲鳴を上げた。


「今日は……何日だったかしら」


呟きながらユーレはベッドサイドのローテーブルに手を伸ばす。それは日記のようだ。

というか、ユーレの部屋はこんなに質素なのか? 何故だ? 此処の所毎月の出費が嵩んでいる事は、チラリと帳簿を見たから知っている。ユーレが浪費している事を怒らない代わりに、俺も好きな事をしようとカジノに通い、好きな事をしているのだが。


ベッドサイドのローテーブルにしろ、このベッドのリネンにしろ、使い古した物のようだ。着ているドレスが新品なのか? 宝石を買い漁っているのか? 化粧品か?


(ああ、今日は7の日ね。明日はお義父様の所に顔を出す日だわ……)


サッとユーレが見渡した部屋に物思いになっていたら、いつの間にかユーレは日記を捲っていたようだった。日付の確認だろう。今日の前日の日記が目に入って唖然とした。


“今日もお義父様の弟であるフォノ様がいらしてお金をせびって来た。これでもう何度目かしら……”


なんだって⁉︎ 俺は知らないぞ、そんな事!


(明日はお義父様のご容態を確認して、旦那様にもう一度聞いてもらわなくては……。どのくらいで目覚めるのか解らないけれど、お義父様はもう3ヶ月も余命が無い、とお伝えしないと旦那様が後悔する事になるわ)


何っ! 父上はそんなに悪かったのか⁉︎ なら、何故誰も言わないんだ! ユーレももっと早く話すべきではないか!


(今度こそ……聞いて、もらえるかしら)


……あ。俺、が、聞く態度を取らないから、なのか。


そこにコツコツとノックが聞こえて来た。


「はい」


「奥様、お医者様がいらっしゃいました」


「お通しして」


入って来たのは、若い女性の医者だった。ユーレの身体を診て脈を測っている。


「奥様、頭を打ったかもしれませんから、今夜は誰かについてもらって下さい。急に頭痛がするかもしれないですし、吐き気が襲うかもしれません」


「そう。分かったわ。それと旦那様の容態も確認して欲しいのだけど」


「容態は確認したわ。正直、明日目覚めるかもしれないし、1年経っても眠り続けているかもね。解らないわ」


「そうなの……」


「別に目覚めなくてもいいじゃないの、あんなクズ」


「サーヤ。そんな事を言わないで?」


「私は医者よ! 患者の事は大事! でもね、一方で私の大切な従姉妹をこんな目に遭わせたクズは許す気は無いわよ! ユーレってば、また痩せたじゃないの! これ以上痩せたら病気になるわ!」


どうやらこの女医はユーレの従姉妹らしい。そういえば、亡き母上を訪問してくれていた医者がユーレの父上で、その縁で俺達は婚約し、結婚したんだった。あの頃のユーレは素直で愛らしく微笑んで可愛かったというのに、今はどうだ。会えば小言しか言わないし、いつも陰気臭い顔で俺を蔑んだような笑みを浮かべているんだ。だから俺はこの家に寄り付きたくないというのに。全く、どいつもこいつも俺が悪い男のように言うんだ。


「サーヤ、私は大丈夫よ。前にも話したけれど、今はお義父様と最後まで一緒に居たいのよ」


「そうは言っても……。あのクズは、実の父の容態も知らず、妻がどんなに苦労しているのかも解らず、娘にすら嫌われているというのに、何も知らないのだもの」


「カーナはこのグーテルダ家の跡取り娘なのだけど。お父様である旦那様の事をあまり良く思っていないのよね」


「あまり良くどころか、あれは嫌っているじゃない。私、前グーテルダ男爵の往診に行ってカーナに時々会うたびに父親の文句を聞かされているわよ」


「それは……ごめんなさい」


(カーナにはあとでやんわりと窘めておくべきかしらね。あんな人でもカーナの父なのに)


「謝る必要なんて無いわよ。あのクズが全て悪いわ」


吐き捨てる女の医者。俺がカーナに嫌われている、だと? 何を馬鹿な事を。


「取り敢えず、あなたは少しやすみなさい。前グーテルダ男爵の事や、この家の問題事に、カーナの婿相手探しに……愛人問題、でしょう」


ギクッ。

あ、愛人だなんて何を言っているのやら。


「何故その事を……」


「カーナが話してくれたのよ。お母様は何も言わないけれど、落ち込んでるからどうしたのかセバスに尋ねたら、渋い顔で教えてくれたって」


「まぁ……セバスってば、カーナに教えてしまったの⁉︎」


「セバスを責めてはダメよ? 悪いのは、あんなクズ。全く、ユーレに何をさせているのか……。セバスも相当腹に据えかねているのよ。それでもカーナには知られたくない、というあなたの気持ちを尊重していた。だけど、カーナから次期グーテルダ男爵当主としての命令と聞けば、使用人のセバスには逆らえないわ。カーナは賢いわよね」


「確かに賢いけれど。15歳のカーナに聞かせるような事では無かったわ。親なのに、私ってばダメね」


「違うわよ。何度も言うけど、悪いのは、あのクズ。解ったら休んで。私が付きっきりでも良いのよ?」


「忙しいサーヤに付きっきりは悪いわ」


「そう思うのなら、早く休みなさいな」


(サーヤにこう言われては仕方ないわね。取り敢えず今日は予定は無いし、明日はお義父様の所に行かなくては。10の日のためにお金を準備してもらうよう、セバスに言わなくてはならないわ……)


ユーレの意識が沈んで行くに従い、俺の意識も沈んでいく。……カーナに愛人の事を知られた。娘に知られるなんて……。

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