2
真由も、その病の名は知っている。
「それって、体から花が咲いて死んじゃう病気よね?」
「おお、マユさまの世界にもあるのですか、花咲病」
「いや、あるっていうか、創作の中にでてくるだけの病気なんだけどね」
「創作……つまり作り事でございますね。しかしこの世界ではこの通り、実際に人の体から花が咲く病として実在しているのです」
そうこういっている間にもまた一つ、ユーリウスの手の甲にポンと花が咲いた。
「うう……苦しい……」
「ああっ、ユーリウス様!」
セバスチャンが慌てている間にも新たに、また一つ……色白で儚い美青年に花が咲いている姿は、とても絵になる。不謹慎であるが、棺に入れられて花を添えられた死人によく似ているのだ。
しかも花に埋もれたユーリウスに縋りついているのは黒髪クール系美青年、これが取り乱せば取り乱すほどに葬儀を連想させて美しい。
真由は一瞬だけ、うっかり見とれてしまったが、すぐに推しの命の危機であるということを悟って、御者台につながる小窓を開けた。
「おじさん、とまってください! ユーリウスさんが大変なんです、とまって!」
馬車はすぐに止まり、御者台から降りた御者は馬車の中を覗き込んだ。声から想像した通り年配であり、その風貌は年より特有の意固地さを含んだ仏頂面だ。
「どうしたんだよ、いったい」
御者はユーリウスに花が咲いているのを見ると、ふふんと鼻先で笑った。
「なんだ、花咲病か」
「なんだじゃないですよ! 花咲病ですよ! 死んじゃうんですよ!」
「んな、おおげさな」
「大げさじゃないでしょ、花咲病よ、花咲病!」
真由はブンブン手を振り回してわめくけれど、これをセバスチャンが言葉で制した。
「やめてください、マユさま、確かに大げさです」
「え、そうなの」
「ええ、マユさまの世界での花咲病の概念がどのようなものかは存じ上げませんが、こちらの世界では花咲病はとてもありふれた病なのでございます」
「そうなの? じゃあ、死んじゃったりは……」
「普通であれば死んだりはしませんね。暖かくして薬湯を飲んでおけば、たいていは快癒します」
「風邪みたいなものなのね」
「ええ、しかし風邪が万病の元と呼ばれているのと同じく、こうした軽い病も侮ると……」
ポンッと……また一つ、大きなむくげの花がユーリウスの鼻先に咲いた。呼吸をふさがれたユーリウスが喉を掻きむしる。
「ガハッ!」
セバスチャンが慌てて花に手をかざした。
「私の炎属魔法でこれを焼き切ります! マユさまは回復魔法の準備を!」
「は、はいっ!」
二人が魔法のために詠唱の準備をしている間にも、ユーリウスの顔はみるみる血の気を失ってゆく。
彼はついに「ひゅーっ」と甲高い呼吸の音を一つ立ててそれっきり、動かなくなった。
「ええっ、し、死んじゃった?」
「まだです! まだ息がある! 早く、回復魔法を!」
「ひ、ヒール!」
ユーリウスが大きくせき込んで呼吸を取り戻した。セバスチャンは彼の体に咲いた花を手早く魔法の炎で焼き落とす。
「大丈夫ですか、ユーリウス様!」
「ああ、大丈夫、川を渡る船を待つ夢を見ただけだから」
それ、乗ってしまうと三途の川の向こうへ行ってしまう船なのでは……。
「うわああああ、ユーリウス様、その船には乗らないでくださいぃぃ」
うつくしい顔をぐしゃぐしゃにして泣くセバスチャンをしり目に、御者の男は渋い顔だ。
「ち、意外にしぶといな、くたばりゃあいいのに」
彼はノソノソと御者台へと戻っていった。
「さあ、さっさと出発するぞ、花咲病なんて、あったかくしてねてりゃあ治るって」
馬車は動き出す。
二人を安心させようというのか、ユーリウスはにっこりを笑った。
「大丈夫だよ、花咲病ぐらいじゃ死なないよ」
「ユーリウス様、さっき死にかけていたじゃないですか!」
「うん、ごめんねセバスチャン、私は君に心配をかけてばかりだね」
「いえ、その……怒っているわけじゃないです」
「次の村についたら、医者に見てもらおう、それまで死なないように頑張るよ」
青白い顔で、それでも精一杯の笑顔を作るユーリウスのいじましさ、これにセバスチャンは弱いのだ。
「そうですね、医者で薬湯をもらえば、花咲病くらい……」
そう言っているセバスチャンの目の前で、ユーリウスの肩にポンと新しい花が咲く。
「ああ、花に水分を持っていかれる~」
「ユーリウス様!」
魔法でその花を焼き払って、セバスチャンはユーリウスの肩を抱いた。
「死なせません、私がついている限り、絶対に死なせたりはしません!」
「たのもしいなあ、セバスチャンは」
そんな二人を見守る真由は……。
「眼福……」
こうして馬車は、今夜のキャンプ地である泉のほとりを目指して進むのであった。




