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泉とはいっても、岩の間を割るようにして溢れる小さなものではなく、ちょっとした池ほどもある大きなものだ。
こんこんとわく清水は旅路においては貴重なものであり、ほとりの一部はいずみに立ち寄る旅人たちがキャンプを張りやすいようにと切り開かれて平らにならされている。
馬車を止めるとすぐに、御者は御者台から飛び降りてキャンプを張り始めた。後続の荷馬車を操っていた御者は年若い小太りの男だが、これが年嵩の方の御者についてくるくるとよく動くのが好ましかった。
どうやらユーレリオ家の使用人はよく教育されているらしい。
だが、ユーリウスに対する態度は……ここで真由はユーリウスに対する使用人たちの態度の一端を見た。
若い方の御者は普段は目にすることもないユーリウス『坊ちゃん』が珍しいのだろうか、好奇心剥き出しで箱馬車の中を覗き込む。年嵩の方の御者はその度にたっぷりと嫌味を込めた冷たい声音で制するのだ。
「おい、お偉い方々はさぞかしお疲れだ、構うんじゃないよ」
さらには荷馬車からキャンプ用の帆布をドサリと大きな音を立てて投げたり、わざとドスドスと足音を立てたり、やることがいちいち嫌味っぽい。
真由はいたたまれない気分になって馬車から降りた。
「あの、私も何かお手伝いします」
しかし老御者は、真由の好意にも嫌味を返す。
「いえいえ。お偉い方はおやすみくださーい、どうせ役にも立ちゃしねえんだし」
若い方の御者が申し訳なさそうな顔でペコリとお辞儀したことだけが救いだが……そんなことで真由の気持ちは収まらない。
「ちょっと、何あれ!」
真由をなだめようと、セバスチャンは馬車を降りた。
「ひどいと思いませんか? 屋敷の人間、みんなユーリウス様にはあんな態度ですよ!」
いや、煽るためだったようだ。
「私は屋敷に来て五年目、新参のうちですから軽んじられるのも当然ですが、ユーリウス様はいずれ屋敷の主人となる方ですよ、それをあの扱いってどうなのよってことです!」
怒り心頭のセバスチャンを宥めるべく、ユーリウスが馬車の窓から顔を出した。
「そんなに怒らないで、セバスチャン、私が何もできないほど体が弱いのは本当のことだから」
「しかし! だからと言ってマユさまのご好意まではねつける事はないでしょう」
「だけどね、女性である真由さんでは、力のいるキャンプ設営では役に立たない、これも事実でしょう?」
「しかし……しかしですね……」
「だから、もし嫌でなければ真由さんは薪を集めてきてくれないかな、きっと料理に必要だろうから。セバスチャン、君は真由さんが迷わないようについて行ってあげてくれないかな?」
「私は構いませんが……それではユーリウスさまがお一人になってしまう」
「どうせここで寝ているだけだし、私のことは心配ないよ。さ、行っておくれ」
真由とセバスチャンは言われた通り、あたりを歩き回って、薪になりそうな乾いた枝を拾って歩いた。現代育ちの真由にとっては、これは楽な作業ではなかった。
何しろ靴が硬い。真由は着の身着のままで召喚された故、靴を履いていなかった。旅をするのにそれでは不便だろうと丈夫な革のブーツが用意されたのだが、これが、まだ革がこなれていないのでゴワゴワする。
「セバスチャンさん、ごめん、もっとゆっくり歩いて」
時々立ち止まって革靴を揉む真由を気遣って、薪はほとんどセバスチャンが集めてくれた。せっかく手伝いを申し出たのに、真由はほとんど役にたっていないわけで。
「セバスチャンさん、ごめんね、私、全然役に立たなくて」
「そんなことはありませんよ、ちゃんと薪拾いをしてくださったじゃないですか」
「何本も拾ってないよ、セバスチャンさんなんか、こんなに拾ってくれたのに」
「こういうものは量ではなく心です。自ら仕事を求める、そのお心が尊いのです」
セバスチャンは山のように積み上げた薪を指して、さらに続けた。
「さて、マユ様にはもう一仕事をお願いいたしましょう。ここへあの御者たちを呼んできて、薪を渡してあげてください」
「セバスチャンさんは?」
「私はユーリウス様のご様子を見て参ります。できればこの薪は、全てマユさまがお集めになったことにして下さい」
「え、それって、ちょっと気がひけるんだけど」
「気になさる必要はございません。最初から、ユーリウス様はそのおつもりでしょうから」
「えっ、意味わかんない」
真由としては友人との会話などでよく使うお決まりの返しだったのだが、セバスチャンは真由が本当に会話の意味を理解していない深刻な状況だと受け取ったらしい、腕を組んで解説を始めた。
「よろしいですか、ユーリウス様はご自分が使用人たちから心良く思われていないことをごしょうちです。しかし、異世界から召喚された貴方までもが嫌われて過ごすことはないと、気を遣われたのでしょう」
「つまり、この薪をきっかけに御者のおじさんたちと仲良くなれってこと?」
「そういうことですね」
「でも私、あのおじさんとは仲良くなれない気がする。若い方の御者さんは嫌いじゃないけど」
「マユさま、意外に正直と言いましょうか、ズバリと言いますか……」
「なによ、だってあのおじさん、偉そうだし、やな奴だもん!」
「それでも、ユーリウス様はマユさまがいたずらに嫌な思いなどしませぬように、心を砕いておいでです。そんなユーリウス様のお気持ちも少しはくんでは下さいませぬか?」
「んー、まあ……うん……」
真由はしぶしぶ頷く。
実際には、あの意地悪そうな御者がそう簡単に心開いてくれるとは思えないのだが、ユーリウスが心を砕いてくれたと聞かされてはむげにできない。
「わかった、出来るだけ仲良くする」
真由がぶーっと頬を膨らませながらも言うと、セバスチャンはにっこりと微笑んだ。
「ええ、そうしてください、ユーリウス様のお心遣いを無駄にしないためにも」
セバスチャンは馬車に向かって踵を返した。
さてこのあとは、真由は自分一人であの御者たちを呼びにいかなくてはならない。
いや、二人を呼びに行くことだけならさして難しいことではない。そのあとで、あの気難しそうな老御者と会話をしなくてはならないということがとても苦痛である。
それでも真由はセバスチャンとの約束を果たす為、そしてユーリウスの優しい気持ちに応えるべく御者たちを呼びに向かった。




