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花咲く病!
それから数日間、真由はセバスチャンによって回復魔法の基礎をみっちりと教え込まれた。
真由としては『強制教育』でお手軽簡単に教えてもらいたかったのだが、セバスチャンはこの要求を拒否した。
「あれは本来禁術なのです。あの場は非常事態でしたので致し方なく使わせていただきましたが、私があの術を使えること自体、口外無用で願います」
「ふうん、魔法って、何でも好きなように使っていいってわけじゃないのね」
「はい、そういった魔法使用時のルールも含め、すべて私めがサポートいたしますゆえ、マユさまは何も気にすることなく、ユーリウス様の回復につとめてください」
こうして真由は、とりあえず初級の回復魔法と蘇生魔法を教わった。あとは道中、実践の中で経験を積めばよいだろうということで、追い出されるようにして旅に出た。
いや、実際に追いだされたのかもしれない……旅立ちの朝、ユーリウスを見送ってくれた屋敷の人間は、誰もがどこかよそよそしかった。真由は、そこに違和感を覚えた。
ユーリウスほどのお坊ちゃまともなると、魔王討伐の旅ですら馬車で――それも立派な箱馬車と荷馬車の二台立てでの旅である。
真由は箱馬車のビロウド張りの座席に座らされた。隣にはセバスチャンが座っている。
向かいの座席はユーリウスが身を横たえやすいように肘あてを外し、ベッドのようなしつらえになっていた。そこの身を横たえるユーリウスは、小さくせき込んでいる。
車内にいるのはこの三人だけである。
真由は少し腹を立てて、隣に座るセバスチャンに言った。
「ねえ、魔王を倒しに行こうっていうのに、メンバーが少なすぎない?」
セバスチャンは膝に小さなハンカチをしいて焼き栗をむいていたのだが、その栗を真由に差し出しながら静かに答えた。
「仕方ありませんよ、敵が魔王ではどれほどの大軍を差し向けてもかなうわけがない、被害を最小限に食い止めようというのが、国王陛下及びユーレリオ家の御意向なのでしょう」
「え、ちょっと待って、その言い方だと、ユーリウスがいけにえにされてるみたいじゃない」
「実際、いけにえでしょう、それがわかっているからこそ、見送りの者たちもユーリウスさまと目を合わせようとしなかったです」
「ああ、それでなんだか追い出されたみたいな気がしたのね」
「そうですか、マユさまもお気づきでしたか」
「かわいそうなユーリウス……」
当のユーリウスは、目を閉じて眠っているようだ。咳はおさまっているが、寝息の中にゼイゼイと喘鳴が混じる。
眉をハの字にして、時折大きくため息をつく切ない寝顔は、力強さとは無縁な細い体、意思の強さなどみじんも感じられない儚い表情、それに苦しそうに乱れた呼吸……確かに勇者よりはいけにえの役の方がしっくりくる。
「ねえ、ユーリウスは死んじゃうの?」
真由が悲しそうな声で聞くと、セバスチャンは剥きかけていた栗を膝に置いて顔を上げた。意思の強そうな黒い瞳は真っ直ぐにユーリウスを見つめている。
彼の声は一切揺らぎのない、強いものだった。
「いいえ、死にません。死なせません。私がお側にいる限りは」
その一言だけで真由は理解した……彼はユーリウス推しなのだと。そして真由は同担歓迎でもある。
「その気持ち、わかる〜」
「わかっていただけますか!」
「うん、めっちゃわかるわー、推しのそばに寄り添ってあげたい、そして、願わくば幸せであるように自分の全てをかけて守り抜いてあげたいっ!」
「私、別にユーリウス様を押したりはしていませんが?」
「あ、うん、物理的に押すわけじゃなくってね……」
「えー、これは私の見解なのですが……マユさまがおっしゃっている『推し』というのは、『好き』と同意なのですか?」
「好き……とは少し違うかな、いや、好きの一種、みたいな……? うーん、まあ、ちょっと複雑だけど、好意ではあるのよね」
「なんとなく理解いたしました。恋愛的な好き嫌いではなく、母親が我が子に向けるような無償の愛なのですね」
「すごいわね、セバスチャンさん、まさにそんな感じの愛情なのよ」
「ああ、それならば私にとってもユーリウスさまは『推し』です。私の持てるものならば何を代償にしてもお守りして差し上げたい、そんな、私にとって唯一無二の大事なお方なのです」
「やばい、それって尊い……」
「と、とうと……い? また難しい言葉が出てきましたね」
「あー、気にしないで、いいのいいの、つまりね、主人を思うセバスチャンさんの気持ちがとても素晴らしいわ、っていうだけのことだから」
「む、そうですか? 執事としては当然のことかと」
会話の声が大きかったのだろうか、ユーリウスが「んー」と呻いて寝返りを打った。
真由とセバスチャンは慌てて口を押さえて声を潜める。
「ともかく、同担仲間ってことでね」
「同担?」
「推しがおんなじってこと」
「つまりマユさまも、私と同じように、ユーリウス様を大事にしてくださるということですね」
「そういうこと」
セバスチャンが安心したようにため息をつく。
「大変心強く思います。今までは私一人でユーリウス様をお守りしておりましたので」
「他の人は誰もユーリウスさんを守ってくれなかったの?」
「そうですね、薄情なことではありますが、誰もユーリウス様を『推し』にはしてくれなかったのです」
「誰も?」
「ええ、誰も。御実母様ですら体の弱いユーリウス様を持て余し、疎ましく思っていらっしゃるご様子でした」
「ひどい!」
真由の頭の後ろには御者台に繋がる小さな窓があるのだが、それがスパーンと開いてしゃがれた声が聞こえた。
「お嬢ちゃん、あんまりそいつに騙されるなよ、別に奥様はユーリウス様に特別冷たかったってわけじゃない、むしろ3歳まで生きられないだろうと言われたユーリウス様のために専属の回復士を何人も雇いなさって、ここまで大事に大事にユーリウス様をお育てなすったんだ」
真由からは御者台に座っている男の、仕立てのいいコートの尻しか見えない。だが声の調子から、男はかなり歳を取ったベテラン御者だろうと思われた。
年若いセバスチャンよりもよほどユーレリオ家の内情に詳しいに違いない。
しかし立場は執事であるセバスチャンの方が上である。
「お前こそ適当なことを言うなよ、屋敷の人間は誰一人として、ろくにユーリウス様と口さえきかなかったじゃないか」
ギラギラとした鋭い目つき、荒れた口調に荒っぽい声音、セバスチャンは完全に素にもどっている。
しかし御者の方も顔が見えないことを幸いに、口撃を緩めるつもりはないようだ。
「あんたはユーリウス様が大好きすぎるからわからないだろうけどさ、今にも死にそうな病人がずっと家の中にいるってのは気が滅入るもんだぜ。あの家はそのくらーい気持ちに二十年以上も耐えてきたんだから、そりゃあ、その気持ちの元になってるユーリウス様に近寄りたくないってのは、これ当然の人情でしょう」
「だからってユーリウス様を一人で魔王の元へ向かわせてどうするんだよ、これ、完全に生贄じゃないか!」
「それだって、ユーリウス様の運命ってやつだろ。ユーリウス様はさ、この日のために今日まで生きてきたんだろうよ」
「それはつまり、ユーリウス様に生贄として死ねってことか!」
「国を守るために魔王と戦って死ぬんだ、勇者としちゃあ最高の死に様じゃないか」
「俺はユーリを死なせるためにそばに仕えているわけじゃない!」
真由がふはっと鼻の穴を開く。
「え、ええ。もしかして普段はあだ名で呼び合う仲なの?」
御者台の方からは、呆れた声。
「食いつくところはそこじゃないでしょう。俺はそのバトラーの言うことを鵜呑みにするなよってお嬢ちゃんに警告したわけよ」
ここからでは表情は見えないが、御者の声音は特に高ぶるでも沈むでもなく、どこか淡々としている。彼が親切心から『警告』してくれたのか、それとも腹に一物抱えているのかを判断する材料は何もない。
それでも真由は、この御者の言葉の中に嘘が含まれていないことを信じた。
確かにセバスチャンはユーリウスに肩入れしている。だから家族のユーリウスに対する仕打ちが冷たく見えることもあるし、ユーリウスが旅に出されたことを不当だと感じることもあるのだろう。
それに対してこの御者は第三者的な目でユーレリオ家の内情を見ている。だから食い違いが起きる。
「でも、わかるわ、めっちゃわかりみ。推しのために親身になりすぎて腹が立ったり、世界が冷酷に見えたりするの、それも愛よね」
「お嬢ちゃん、何を言っているんだ、アタマ大丈夫か?」
「おじさん、親切に警告してくれたことは感謝します、ありがとう。でも、私もすでにセバスチャンさんと同じ沼に落ちた女……だから、何を聞いてもユーリウスさんのそばを離れるつもりはないんです」
「一緒に魔王に食い殺されることになっても、か?」
「むしろ我が身は食われても推しだけは守ってみせる! その覚悟はできています」
「そうかよ、じゃあ、勝手にしな」
小窓は乱暴に閉じられた。
馬車の中は無言……セバスチャンはまだ興奮しているのかとじられた窓の向こうを睨みつけているし、ユーリウスの方は相変わらず眠っている。
だから、真由が口を開いた。
「あの、セバスチャンさん……」
「なんですか?」
「あ、もう執事モードに戻っちゃったんですね、残念」
「それが何か?」
「そんな怖い顔しないでくださいよー、ちょっと場を和ませようとしただけです」
「気を使ってくださったのですね、ありがとうございます。しかし、私は……」
「セバスチャンさん、まだ、顔、怖い」
「あ、失礼いたしました」
自分の気持ちを落ち着けるためだろう、セバスチャンが大きく呼吸を吸って、そして吐き出す。それを見た真由はにっこりと笑った。
「ねえ、セバスチャンさん、私は……私だけはあなたとユーリウスさんを応援します」
「応援……ですか?」
「応援です! 誰も見ていない時はあだ名で呼び合う、でも人前ではあくまでも主従関係、それって最の高ではないですか! しかもセバスチャンさんは主人のためなら命を捨ててもいい勢い、これ、もう最高すぎるでしょ、なんなの、このカプ!」
「落ち着いてください、マユさま、落ち着いて、私にもわかるように説明してくださいませんか?」
「んー、そうね、つまり、セバスチャンさんとユーリウスさんを引き離そうとする者は、それがたとえ神であろうと私が許さない! みたいな」
「なるほど、つまり、神をも倒してくださると」
「あ、いや、それは物の例え」
「例え……つまり、神と対峙することも辞さないほどユーリウス様を『推し』てくださると」
「そういうこと」
「なるほど、ならば私も同じ気持ち……これが『同担』なのですね」
「そうそう、それが同担なのよ!」
どうやらセバスチャンは『推し』と『同担』の概念を理解したようだ。自分が『カプ』の一端とされていることには気付いていないようだが……。
そもそもが真由は腐女子の傾向がある。推しと自分の甘い恋を夢見るよりは、推しと推しとがイチャイチャしているのを壁の隙間から覗いてみていたい……そういう傾向がある。
「ねねね、やっぱりユーリウスさんも人がいない時はセバスチャンさんのこと、あだ名で呼ぶの?」
「ええ、『セバス』と略して呼んでくださることはあります」
「良いっ!」
対するセバスチャンは、よもや自分が大事な主人とあるまじき仲であると妄想されているとは思うよしもなく。
「ならば、マユさまも遠慮なく『セバス』とお呼びください。私はどのように呼ばれしても構いませんよ」
「そういうことじゃないのよぉ!」
「むむっ、マユさまは時々、とても難しいことをおっしゃいますね」
「私のことは道端の石ころだと思って。セバスチャンさんとユーリウスさんが幸せでいてくれるなら、それが私の幸せなの」
「いえいえ、そういうわけにはまいりません。私には貴方さまをこちらに召喚した責任がありますゆえ」
「それは別にいいの。だって、そのおかげで人生最高の推しに出会えたんだもの……」
そう言いながらユーリウスの寝顔に目を移した真由は、思いがけない光景に我が目を疑った。
「花が咲いてる?」
ユーリウスの額に、ハイビスカスに似た大輪の花が一輪、咲いている。
「これ、これ、漫画とかでよく見るあれ? イケメンの背後にブワァって花が見える、あれ?」
どうやらそうではないらしい。花はユーリウスの額にしっかりと根を張っているように見える。
その花を見たセバスチャンは慌てて席を立った。揺れる馬車の中で立ち上がるのは難しいことであろうに、セバスチャンは少しよろけだだけで見事に体勢を整え、ユーリウスの傍に跪いた。
「これは、花咲病!」




