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ネロリが最初にやったことは、レスと真由の間に割り込むことだった。
「レスさん、僕ら子供は子供同士、あっちでお話しませんか?」
つまりレスを引き離して真由とユーリウスを二人っきりにする作戦だ。
しかしレスは、見た目は子供でも中身はネロリと桁一つ違うほど年のいった『大人』であるのだから、これを拒んだ。
「あのねえ、ションベン臭いガキ……それも男と話して何が楽しいんです? それならまだ、ちょっと変わり者ではあっても、見てくれのいい女と話している方がいくぶん楽しいのですが」
これを傍で聞いていたユーリウスは、ムッとした顔になった。
「その変わり者って真由さんのことですか? 確かに真由さんは美人だし、華やかさの中にも愛くるしさがあって『見てくれ』はいいですよ、でも変わり者……なのは否定しませんが性格だって慈愛に満ちていて、周りへの細やかな気配りを忘れない女性らしさに満ち溢れていて、かつ、一緒にいるだけで周りを笑顔にしてくれるような明るい女性で……真由さんの良さは『見てくれ』だけじゃないんですよ!」
この突然の褒め褒めラッシュを至近距離で聞かされた真由は、ボシュッっと湯気があがりそうな勢いで赤面する。
「ウヒャー!」
真由はそのまま走り出した。
「待ってください、真由さん、どうしたんです!」
虚弱なユーリウスは少しよろけながら、その後を追って走り出す。
それを見たレスは少しあきれ顔だ。
「なんなんです、あれ」
ネロリがしれっと答える。
「計画通りです!」
レスは察しのいい男だ。だから、この『計画』の内容と、首謀者がセバスチャンであることをすぐに見抜いた。
「なるほど、つまりあの女をウヒャらせればいいんですね、協力しますよ」
こうして強力な協力者を得て、『二人っきり大作戦』はさらに加速した。それは早速、人家がいくらか寄り集まった『集落』についた途端に始まった。
「あなたはずいぶんと疲れているようですね、どこかの庇を借りて体を休めるがいいでしょう」
ユーリウスに向かってこう言ったのはレスであった。彼はさらに付け加えて言った。
「そこの女、あなたはこの男についていてやるといいです。しかしそれでは私の仕事がすすまないので、この二人には聞き込みを手伝ってもらいますよ」
こうしてセバスチャンたちは、ユーリウスと真由を二人きりにすることに成功したわけだ。
この地方の農家は造りが大きく、庭は広い。その広い庭には鶏が放されていて、ミミズでも探しているのか盛んに地面をつついて回っている。その庭先に竹を編んだ簡単なベンチを置いてもらって、真由とユーリウスは並んで座っていた。
「私は役立たずですね……」
落ち込むユーリウスを真由が慰める。
「別にユーリウスさんは役立たずじゃないよ、え~と、適材適所っていうじゃない、つまりユーリウスさんの得意なことで役に立てばいいんだよ?」
「得意なことなんてありませんよ、虚弱だし、すぐ死にかけるし……私はいつだって、誰かの足手まといなんです」
「足手まといだなんて、そんなことないよ!」
「慰めはやめてください、ますますみじめな気分になります」
「慰めなんかじゃないよ!」
「じゃあ、私の得意なことって何ですか、言ってみてくださいよ!」
少し声を荒げるユーリウスに向かって、真由は「どうどう」と両手を広げた。
「任せて、私、推しを褒めることに関してはプロだから」
「いくらプロだって、褒めるところのない人間をほめることなんて……」
「黙れ」
真由はユーリウスの頬を両手で挟んで、その美しい顔をグイッと引き寄せる。
「私の推しをけなすことは、たとえそれが推し自身であっても許さない」
ユーリウスはその勢いに気おされて黙る。真由はそのまま、つらつらと語り始めた。
「まず、ウチの推しは顔がいい、一も二もなく顔がいい、神がくれた天然の造形美、たとえていうならば美しい清流の中で育った天然ものの高級魚」
「顔しか褒めてないじゃないですか」
「うるさい、見た目大事! ていうか、この見てくれの良さに反する性格の天然っぷり、そこから生まれるギャップの魅力、もう、これに勝る萌え要素はないでしょう」
「結局は見てくれだけなんですね……」
「なにいってんの、性格も最高じゃない! 坊ちゃんなのに偉ぶらないし、ネロリみたいな子供相手でもバカにしたりせずにちゃんと能力を評価してあげてるし、セバスチャンさんのことも身分を越えて大事にして、本当に心の底から信頼している……これがさあ、見てくれ通りの高慢ちき坊ちゃんだったりしたら魅力半減なわけよ、わかる?」
「え、ああ、はい……」
「まあ、そういういい子ちゃんキャラってあざとく見えるから、人によっては敬遠されがちなんだけどね、私はそういうの好きなの、いい、大事なことだからもう一度言うからね、『好き』なの!」
ユーリウスが雷にでも撃たれたかのように身を震わせる。その両頬は普段の病弱っぷりからは想像もできないほど鮮やかな血色を帯びて、耳の先もほんのり赤い。
「……好きって……」
薄刃を思わせる形良い唇が戸惑いながらつぶやくのを見て、真由は自分がたった今、とんでもない言葉を口にしたのだと気づいた。
「ウヒャー!」
「ま、待ってください、真由さん、離れないで、今の言葉、もう一度聞かせてください」
「違うの、好きだけど、それは推しとして好きってことで……いや、人間としても好きか嫌いかって聞かれたら好きなんだけどね、天然っぷりがかわいいし……」
「かわいいって、私がですか?」
「う、う、ウヒャー!」
ついにい真由は語彙力の全てを失った。
「無理! しんどい!」
「『しんどい』なんて、やっぱり、私のことが嫌いなんですね」
「違うし! その子犬みたいな目で見るのやめて! 尊すぎて死ぬ!」
「死ぬんですか! いったい、どうして!」
「ああ、違う、違わないけど違う……ウヒャー!」
「真由さん!」
ついにユーリウスが攻撃側に転じた。真由の細い手首をぐっとつかみ、彼女の目を真正面からしっかりと見据える――そう、彼女の愛情を狩る肉食獣のごときまなざしで。
「私は、自分が病弱であることをよく知っています。おまけに魔王の目的がわからない今、おそらく魔王城につけばこの命を狩られる可能性が高いことも」
言いながら、ユーリウスは真由の体を引き寄せる。
「いずれにしても私は長くは生きられない身、だからこそあなたに伝えることをためらっていた言葉がある」
真由はすっかりキャパオーバー、おろおろと目を泳がせるばかりで抵抗すらできない。
「真由さん、私は、あなたを、あ……」
ユーリウスの告白の言葉は、突然かけられた間延びした声にさえぎられて尻切れた。
「あの~、あんた、勇者様だんべか」
真由はこれを幸いとばかりにユーリウスの腕からするりと逃げ出して応える。
「はいはい、こちらのユーリウスさん、正真正銘の勇者様ですけど〜」
ユーリウスと真由に遠慮しているのか、少し離れて立っていた彼は、見るからに《ここで代々土地を耕し平和に暮らしている農夫です』といった見た目の、少しお腹周りがプヨつき始めた年頃の男であった。
「あんのぉ、お楽しみ中のところ邪魔しちまって申し訳ねぇんでごぜえやすが……」
愛の言葉を飲み込まされたユーリウスはあからさまに不機嫌だ。それでも紳士な彼は見知らぬ村人を邪険に扱ったりしない。
「はい、私に何かご用ですか?」
怒りでほんの少しだけ声が震えているのはご愛敬。
村人の方は、そんなユーリウスの怒りに気づくこともなく、慇懃な態度で頭を深く下げた。
「おねげえします、どうかこの村をお助けくだせえ」
ユーリウスは人民の希望である『勇者』の肩書を持つ男、村人のこの言葉にすっかり怒りをおさめ、きゅっと真顔になった。
「いったい、どういうことです?」




