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推しが死ぬ女とすぐ死ぬ推しと  作者: アザとー
気づいた恋心とウヒャー!
32/35

 後に残されたユーリウスは、真由の体を軽く抱き寄せて身構える。もしも賊が踏み込んできたら真由を抱えたまま、右へも左へもいかようにも動ける態勢だ。

 しかし、いつまでまっても、馬車の外で戦闘の始まる気配はなかった。

「賊ではなかったようですね」

 ユーリウスはそっと馬車の外を窺う。真由もユーリウスに並んで馬車の窓から外をのぞいてみる。

 ものすごく困った顔をしたセバスチャンとネロリが、一人の見慣れぬ子供と向き合っているのが見えた。

 子供とはいってもただの子供ではない。背格好はネロリと同い年くらいだが、着ているものは襟に凝った刺繍を入れたきっちり縫製されたジャケットで、いかにもいいところの坊ちゃんといった風情なのだ。しかもその子供、軽く天然パーマのかかったクルクルとした栗毛色の髪をかき分けるようにして、二本のかわいらしい角が生えている。つまり魔族だ。

 真由がユーリウスに囁く。

「ねえ、助けに行かなくていいの? あれ、魔族でしょ」

「魔族だからって、すべてが危険な存在というわけではありませんよ、相手はきちんとした知性を持つ存在なのですから、普通は人間と無駄な争いなど起こさぬように行動するものですし、それに、あんなに上品そうな子供がいきなり無法を働くとは思えません」

「う~ん、確かに、着ているものもいいとこの坊ちゃん風だし、あの顔はプライドの高い優等生タイプってやつよね」

「顔を見ただけで、そんなことがわかるのですか!」

「ああ、いや、見た目のイメージってやつね」

「なるほど……」

「でも、助けに行った方がいいと思うよ、あのセバスチャンさんがあんなに困った顔をしているなんて、非常事態じゃない?」

「確かに」

 二人は馬車の外へ出た。ネロリはそれに気づいて、すぐに駆け寄ってきた。

「ユーリウス様、マユさん、助けてくださいよぅ」

「いったい、どうしたんです」

「あの子が急に馬車の前に飛び出してきたから、危ないよって言ったんですけど、なんだか偉そうなんです」

 ネロリに指さされた二本角の少年は、少しムッとした様子で言った。

「これ、小姓、人を指さすではない」

 見た目通り、声変わり前の鈴振るような愛くるしいボーイソプラノ……であるというのに、この少年、話し方が少し大人びている。

「そこな男、お主が噂の『勇者』であるか?」

 ユーリウスは少し気おされて、小さな声で答えた。

「ええ、そうですが……あなたは?」

「これは失礼、私は王属特務省『アル・マーズ』所属、特務捜査官のレス=ミアーゴというものです」

 ユーリウスが驚きの声をあげる。

「ミアーゴだって?」

 ユーリウスが驚くのも当然、『ミアーゴ』といえば魔王に連なる姓――つまり魔王の血縁者であることを示す姓なのだ。

 少年の方はそうした反応に慣れているようで、特に驚くこともなくスラスラと名乗りを上げた。

「確かに私は魔王の息子ですが、かの王の十五人いる子の内でも末弟ですから、こうして軍属として実戦経験を積まされているのです。ですから、かしこまる必要はありませんよ」

「その、魔王の息子がなぜ、私に会いに?」

「ああ、あなたに会いに来たわけではありません。そこで執事面しているその……」

 と、少年が視線をやったとたん、セバスチャンが肩を大きく震わせた。それで何かを察したのか、少年は少し考えてからこう言った。

「そこで執事面をしている彼、古い友人でしてね、ちょっとした任務のついでに人間の国の情勢でも聞いておこうと、こちらへ寄らせてもらったわけですよ」

「もしかして、スパイ!」

「いやいや、そんな大げさな話じゃありません、正確に言うならば世間話というやつですね、ちょっと一杯やりながら、お互いの身辺含めた近況を語り合うってだけです」

 これを気いていたセバスチャンが、なぜか心底ほっとした顔をした。

「そうそう、古い友人なんですよ」

 こういう時、意図せずして余計な質問をぶち込んでしまうのが真由という女だ。

「古くからって、どれぐらい古いの?」

 セバスチャンの顔がさっと青ざめた。少年の方は平静を装ってしれっと答える。

「八十年位前から、ですかね」

 セバスチャンが大声で突っ込んだ。

「おい! それだと俺の年が、計算が合わねえだろ!」

 少年の方もさっきまでのノーブルな雰囲気はどこへやら、ガラッと荒い口調になって応戦する。

「あぁん? こちとら人間の年とか詳しくねえんだよ!」

「それなら具体的な年数を出さずに『子供のころからの』とかさあ、もっとうまい手があっただろうよ!」

「そんなん知るかよ、俺はアタマ使うのは苦手なんだよ!」

 ユーリウスが二人の間に割って入った。

「あの~、ケンカ中、大変申し訳ないんだけど……」

 いつになくおびえたような口調と、少し伏し目がちな視線……セバスチャンはそれが自分に対する不審なのだと理解した。

「あの、ユーリウス様、これは……」

「うん、そんなにおびえないで、ゆっくりで良いから、私にもわかるように二人の関係を説明してくれないかな?」

 ユーリウスに言われて、セバスチャンは軽く天を仰いだ。

「……わかりました」

 覚悟を決めたか、セバスチャンが重々しく口を開く。

「実は私、このレスなる特務捜査官の『情報屋』なんです」

 魔族の少年――レスは、これを援護するかのように話し出した。

「そうそう、人間の国での捜査活動があるときに、道案内なんかを頼んでいるんです、だから、古い友人っていうのは嘘で……」

 セバスチャンがさらに言葉尻を引き受ける。

「彼がここへ来たのは、今回の捜査のために私の力を借りに来たのでしょう、ね?」

「えあ……?」

「ですよね?」

「ああ、そ、そのとおりだ。私は今、人間界への持ち込みが禁じられている魔具を密輸した四人組を追っている。賊は小者だが、魔具の密輸は重罪である故、私が遣わされたのだ」

 ユーリウスは特に疑うこともなく、笑顔で応える。

「なるほど」

 この鷹揚さには、むしろレスの方が慌てた様子であった。

「あなたは信じるんですか、こんな怪しい話を」

「信じます、セバスチャンが言うなら、間違いない」

「大した信頼ですね」

「それは、何年も一緒に暮らしているからこそですね。セバスチャンは他のなにを曲げても私のことを最優先に一番親身になって考えてくれる、家族以上の存在なんです」

 この言葉を聞いたセバスチャンは、感極まって目頭を押さえた。

「ユーリウス様……」

「言葉の真偽はどうでもいいんです、セバスチャンが私を裏切ったり、不利益になるようなウソなどつかないってことは、よくわかっていますからね」

 この言葉に、レスは引き気味である。

「それって、この話が嘘だとしてもセバスチャンが言うなら信じる、ってことですよね」

「いけませんか?」

「いや、いいんですけどね」

 レスはかなりドン引きだが、セバスチャンはウルウルと涙を流すほどに感激した。

「ユーリウス様、そこまで私のことを信頼してくださるなんて……このセバスチャン、ユーリウス様のためなら命さえも惜しくはない……」

 これでは場の収拾がつかない。レスがパンパンと手を打ち鳴らして声をあげる。

「はいはい、というわけで、四人組の魔族に心当たりがあったら、些細なことでもいいので情報くださ~い。特に今回、人間界では絶対に禁忌とされている『魔蜜』を持ち出しています~」

『魔蜜』という言葉を聞いて、真由が震えた。

「まさか、それって……」

 ネロリも小さく肩を震わせる。

「キラービーを呼ぶのに使われたアレ……」

 ところがユーリウスだけは、少し胸を張ってドヤ顔で応えた。

「ああ、その四人組なら、つい先日、エンカウントしましたね」

 レスが身を乗り出す。彼としては、ここで目撃情報が得られるとは思っていなかったのだ。

「どこで!」

「ここに来る前に立ち寄った街で、ですが、セバスチャンがちょっとお仕置きしただけで逃げて行っちゃいましたよ、あの人たち、本当に弱いですよね」

「いや、強くはないらしいが……お宅の執事の強さが規格外ってのもあるでしょう、何しろこの人、本当は……」

 セバスチャンが軽く咳払いをして話をさえぎる。

「ええ、おっほん、ともかくですね、確かに私とユーリウス様はあなたが負っている人物と思しき四人組を見かけてはいますがね、おっほん、大した情報は持っていないのでですね、おっほん、話だけ聞いたらさっさとそいつらを追っかけて消えてくれないですかね、おっほん」

 レスがニヤリと笑う。

「ふうん」

「な、なんですか」

「あんたたちについて行った方がおもしろ……いやいやいや、有益な情報が得られそうですね、しばらく同行させていただいてもよろしいですか?」

 そう聞かれたユーリウスは、なにも疑うことなく無邪気に答えた。

「どうぞどうぞ、人数が多い方が旅は楽しいですから」

 セバスチャンは、もうひとことふたこと文句を言いたい様子であったが、主人であるユーリウスが許可を与えたならばそれに従うしかない。

「わかりました。ただし、余計なことをユーリウス様のお耳に吹き込むようなことがあったら、斬りますよ」

 レスはなんだか、少しはしゃいでいる様だ。

「あっれあれ~? 余計なことって何ですか~?」

「くっ、この小僧……」

「楽しい旅のなりそうですね~」

 こうして新たにレスという旅の仲間を加えて、一行はさらに北上したのである。

 目指す次の目的地は連なる山脈に囲まれた肥沃なる盆地、大農村メラステアの村……


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