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推しが死ぬ女とすぐ死ぬ推しと  作者: アザとー
気づいた恋心とウヒャー!
31/35

1

 老御者はどこまで逃げたのか、どれほど探しても見つからなかった。

 となると誰が御者台に座るのか、新しい御者をどこかで雇おうかという話もでたのだが……ネロリが頑としてこれを許さなかった。

「確かに荷物は減るけれど、馬車を大型のものにしてくれたら、僕が御者台に座りますよ」

 屋敷から連れてきた御者頭ですら信頼できる人物ではなかったのだから、ここで素性のしれない者を雇い入れるリスクを回避したいということを、子供のネロリでもさすがに考えたのだろう。

「僕が子供だから心配なのかもしれないですけど、大丈夫、養父は意地悪でしたが馬の扱い方だけはまじめに教えてくれたんです。だから僕、できます!」

 曇りのないキラキラした目でこういわれては、納得するしかない。町で不要な馬車と荷物を売り払い、代わりに長旅用の頑丈な四頭だての馬車を買って、一行は旅を続けることにした。

 自信満々に言うだけあって、ネロリの手綱さばきは見事なものだった。馬車は大きいけれど、若くて目が良いから道に刻まれたわだちをよけて進めることができる。だから馬車はほとんど揺れることもなくて、馬足は快適であった。

 もっとも馬車の中は、二台分の荷物を一台の馬車に詰め込んだのだからぎゅうぎゅうだ。衣類も身の回りの荷物も最低限に減らしたが、それでも旅に必要な荷物は多く、ユーリウスの寝床を確保したほかは衣類の詰まった行李やら道中食を詰め込んだ木箱で足の踏み場もない。

 真由は手近な行李に腰かけて、毛氈の寝床で眠るユーリウスの横顔を見つめていた。

 最近の自分が少しおかしいことを、真由は強く自覚している。

 今だって、ただユーリウスが綺麗な呼吸音を立てながら静かに眠るその姿を見守っているだけで、涙が出そうになるほど切ないのだ。

「いやいやいやいや、こういう気持ちは普通だから。他の推しにも、こういう気持ちになることはあったわけだし」

 真由のひとりごとを、少し離れて木箱に座っているセバスチャンは聞き逃さなかった。

「こんな気持ちって? どんな気持ちですか?」

 真由が小さな声で答える。

「生きて元気でいてくれるだけで幸せだな、とか、寝顔がむっちゃくちゃ可愛いなとか……」

「ふうん、それって、ユーリウス様のことを好きだってことなのでは?」

 その言葉の気恥ずかしさに、真由が奇声を上げる。

「ウヒャー!」

 あの日ーー回復呪文を口移しで含ませたあの日から、真由にはウヒャー癖がついた。何しろ回復術の一環だとはいえ、つまりはキスをした相手なのだから、意識するなという方が難しい。

 おまけにユーリウスは顔も言動もイケメンで、事あるごとに真由の心を惑わせる。

 あの日も、夜の闇の中に飛び出した真由を心配して真っ先に追いかけてきたのはユーリウスだった。彼は星を見上げて座っている真由を見つけると、その隣にそっと腰を下ろした。

「どうです、星空は、あなたの世界と変わりないですか?」

 真由をこれ以上辱めないように、キスのキの字にも触れず、あくまでもさりげない世間話の口調で。

 真由はキスの一つや二つで大袈裟に騒いだ自分が恥ずかしくなった。

「そうね、私がいたところでは、こんなにたくさんの星は見えなかったかな」

 さりげなく、あくまでもさりげなく答えれば、ユーリウスが驚いた顔をする。

「星が見えない? 星の数が少ないのですか?」

「ああ、そうじゃないのよ。地上から照らす電気の光が眩しくって、星の光をかき消しちゃうの。実際には空一杯に星があるけど、見えないだけ」

「星の光を消すほどの光? それはどんな魔法ですか?」

「魔法じゃなくってね……」

 まずは科学という概念すらない相手に、夜を明るく照らす電気の光の説明をするのは難しい。真由は説明をかなり端折ろうとした。

「まあ、なんていうの、電気を使った魔法、みたいな?」

 しかしユーリウスは食い下がる。

「それはどんな色なんです? どのぐらい明るいんです? あなたのいた場所の夜の風景は、どんなものだったんです?」

「あーまあ、それを話すと長くなるから、また今度ね」

「はい、また今度で構いません。ゆっくり聞かせてください、あなたがいた世界の話を」

 ユーリウスはごく自然な動作で真由の片手をすいと掬い上げ、その甲に唇を押し当てた。

「知りたいんです、あなたがどんなところで育ったのか……」

 顔の綺麗な男に手を掴まれ、あまつさえ囁き声の振動が手の甲に伝わるような行為をされては気恥ずかしい事この上ない。真由は思わず奇声を上げた。

「ウヒャー!」

 真由のウヒャー癖が始まったのはこの時からだ。

 例えば馬車に乗ろうとすれば、ユーリウスがさりげなく手を貸してくれる。

「足元に気をつけてくださいね(ニコッ)」

「ウヒャー!」

 またある時はなんの前触れもなく肩同士がトンとぶつかって……

「あ、すみません」

「ウヒャー!」

 寄ると触ると「ウヒャー!」なのだ。

 それでも真由は、それが恋心だとは、頑として認めない。

「びっくりしただけだから! 本当に!」

 今も真由は、セバスチャンに向かって噛みつくような勢いで言い訳をする。

「人間ってさ、ビックリすると変な声が出るじゃない? だから、そういう意味のない変な声なのよ。本当に意味なんか何にもないんだって」

「それにしては毎回、ユーリウス様と接触したタイミングで奇声を上げておいでですよね?」

「そんなことないと思うけど?」

「いえ、そんなことありますよ。昨日だって、ユーリウス様と目があった途端に『ウヒャー』していたじゃないですか」

「だから、それはビックリしただけなんだってば!」

「ふうむ、強情ですね」

 セバスチャンは顎を捻って、何かを考え込んでいる様子だった。

「そうですね……わかりました、ウヒャーに関しては深くは問いますまい。ここで大事なのは、今でもマユさまにとってユーリウス様は『推し』なのかということです」

「それは、もちろん!」

「では、その大事な『推し』の病を払い、丈夫な体にするミラクルアイテムがあるとしたら……あなたはその代償に何を差し出しますか?」

「代償? 代償がいるの? 課金アイテム?」

「いえ、課金というのはゲームのキャラに対してするものでしょう、ここはゲームの中ではないゆえ、代償というのはもっと現実的な……あなたの肉体の一部や、命とか?」

「ねえ、課金に詳しいのとか、おかしいよね?」

「そんなこと、今は大した問題じゃありません。それよりも、あなたは『推し』のためにどこまでの代償を払えるのか、それを今は聞いているのです」

「まってね、それってつまり、そのミラクルアイテムさえ手に入れればユーリウスさんは回復術がなくっても死なない体になるってことよね?」

「そういうことですね」

「それに対して、私は何を代償として差し出せるか……」

 もと重課金勢であった真由にとって、これは重大な問題だ。

 重課金勢――推しのためならば金などいくら使っても惜しくないという剛の者の呼称である。

 例えばゲームなど、一般的にソーシャルゲームと呼ばれるものはアイテムや新たな手持ちキャラを増やす手段は『ガチャ』と呼ばれるくじ引きであることが多い。当然、レア度が高いものほど当選確率は低く設定されている。おまけに完全に機械抽選によるくじ引きであるのだから、幸運にも一回で目当てのアイテムを引き当てることもあれば、一か月の稼ぎを超える金額をガチャに突っ込んでもすべてハズレということもあるわけで。

 真由はきりっと表情を引き締めて言った。

「そうね、金ならいくら突っ込んでも惜しくない……なんならこの先一生分の稼ぎを突っ込んだって悔いなどない……」

 むしろセバスチャンの方は、いかにも重課金勢らしい肝っ玉の座った言葉を聞いてドン引いた。

「課金の話をしているわけではないんですよ、ただ、何ていうの、覚悟……そう、あなたの覚悟が聞きたいだけなんです」

「え、でも、なんかレアなアイテムを手に入れようって話なんでしょ? だったら爆死覚悟でガチャを回す! それがいずれ推しを育てる資金になるのだと信じて!」

「ですから、お金の話なんかしてないんですよ、だってあなた、この世界じゃ文無しでしょう?」

「そういえばそうだったぁ!」

「いいですか、もっと現実的に考えてください、ユーリウス様を健康にするミラクルアイテムがある……」

「その前提条件がすでに現実的じゃなくない?」

「わかりました、はっきり言いましょう。あるんです、ユーリウス様を健康にするアイテムが」

「えっ、本当に?!」

「ええ、でもこれ、手に入れるには少し困難が伴うので、あなたに『推しのため』に全ての艱難辛苦を乗り越えてこのアイテムを手に入れる覚悟があるかどうか、それを問うているのです」

「そんなの!」

 言いかけて、真由は言葉を飲んだ。

(待って、ユーリウスさんが健康になっちゃったら、私、ここにいる必要なくない?)

 真由は病弱なユーリウスの回復術師として、この世界に召喚された。ユーリウスが回復術を必要としない体になったら、この世界にとどまる理由がないのである。

 今までの推しが相手なら、それでも戸惑う事なく「イエス」と答えていただろう。推しが幸せになるために自分が脇役としての立場を求められているなら、喜んで自分の役を全うし、推しの幸せを遠くから見守ることにこの上ない充足感を得ていただろう。

 しかし今、真由の心のどこかに、どろりとした得体の知れない感情が、確かに流れ込んだ。

(え、用無しになったら私、どうなるわけ?)

 真由が答えに迷っていると、ガタンと馬車が大きく揺れた。今までほとんど揺れることもなく進んでいた馬車が、突然跳ね上がるように、大きく揺れて止まったのだ。これは何かあったに違いないと、真由は顔をあげる。

 セバスチャンはすでに軽く腰を上げ、いつでも馬車の外に飛び出せるように身構えている。

 ふとみると、ユーリウスもすでに目覚めて床の上に半身を起こしていた。

 セバスチャンが叫ぶ。

「真由さん、ユーリウス様のおそばに!」

「ああ、はいはい、ユーリウスさんを守ればいいのね」

「違いますよ」

 ユーリウスの長い腕がスイッと伸びて、真由を引き寄せる。

「私があなたを守りやすいように、ですよ」

 まゆの耳元に唇を寄せてユーリウスが囁く。

「私のそばにいる限り、あなたには傷ひとつつけさせませんよ。安心して守られていてください」

「ウヒャ……」

 叫びかけた真由に向かって、セバスチャンが鋭い一言。

「ウヒャってる場合じゃありませんよ! どうやら闖入者のようです!」

 表からはネロリが何者かと言い争う声がしている。

「私が様子を見てきます。ユーリウス様とマユさまはここで待機っ!」

 セバスチャンは馬車の外へと飛び出していった。

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