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推しが死ぬ女とすぐ死ぬ推しと  作者: アザとー
ウチの推しは死なせませんから!
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12


勝利を確信した老御者は急にセバスチャンに興味を失くした。いくら睨み付けようとも魔法の一発も撃てないセバスチャンなど怖くもなんともないのだ。

「お前は後でゆっくり料理してやるから、待ってろ。さて、お坊ちゃんの方は……」

「やめろ! ユーリに手を出すな!」

セバスチャンは体を大きく揺すって暴れるが、魔力をたっぷりと込めた網は離れてはくれない。

「ユーリ! ユーリっ!」

むなしく名を呼ぶセバスチャンに向かって、しかしユーリウスは静かな笑顔を見せた。

「もういいんですよ、セバス、今までありがとう」

そう語る声はゼイゼイと鳴る肺の音で途切れ、顔色は真っ青だというのに、ユーリウスは確かに微笑んでいた。

これに神経を逆なでされたのだろうか、老御者が声を荒げる。

「なぁにヘラヘラ笑ってんだよ! お前は今から死ぬの! 死んじゃうんだぞ!」

ユーリウスの方は落ち着いたものだ。

「ふふっ、慣れています」

「はあ? 死ぬのに慣れてるわけがないだろ! 今まで見たいに誰かが甘やかして回復してくれたりしない……本当に死んじまうんだぞ」

「わかっていますよ、そんなことぐらい」

「残念だったな、せめてあの回復術師のおねーちゃんでも連れてきてりゃ、死ぬことはなかったかもしれないのに」

「ふふっ、そんなこと……」

ユーリウスは最後の力を振り絞って立ち上がった。

「愛する人を危ない目にあわせるわけにはいかないでしょう。私にだって、そのくらいのプライドはあるんです」

「へえ、かっこいいじゃねえか、坊ちゃん、だが、その瀕死の体で何ができる?」

「血路を開くことくらいは」

「へえ、どうやって?」

「こうやって……」

ユーリウスは体を前へ倒し、その勢いを借りて大剣を跳ね上げる。しかし彼の手にはもう、大剣の柄を握っておくだけの握力は残されていなかった。彼の身長ほどもある大剣は、すっぽ抜けて、遠心力の勢いのまま、見当違いな方向へと飛んだ。

そしてユーリウス自身は、体験という支えを失ったことにより大きく体制を崩して、セバスチャンの鼻先へドウと倒れ込んだ。

「セバス……」

咳き込みながら弱々しく手を伸ばすユーリウス。セバスチャンはこれを見てますますもがき、絶叫した。

「ユーリっ、もうしゃべるな! 俺が……俺がなんとかするから……」

ユーリウスは苦しい呼吸の下でか細くささやく。

「セバス、今日まで、私のワガママを聞いてくれてありがとう……」

「やめろ、やめろユーリ! そんな、最期の言葉みたいな言い方をするな!」

「セバス、最後にもう一つだけ、私のワガママを聞いてください……どうか、真由さんをもとの世界へ……」

それっきりだった。一つ大きな呼吸を吐いて、ユーリウスの胸からこぼれていた喘鳴は止まった。

「ユーリっ、ユーリぃっ!」

もはやセバスチャンの呼びかけにも、ユーリウスの体はピクリとも動かない。

老御者は呼吸を止めたユーリウスの体をつま先で軽くつついて、笑った。

「あっけないな、もう少し苦しめてやりたかったのによ」

セバスチャンが歯噛みする。

「くそっ、貴様、殺してやる!」

「おお、おお、執事様が、随分とお口のお悪いこって」

じつはセバスチャンは、この老御者が自分のとどめを刺そうとする瞬間を狙っている。とどめの剣を振り下ろす瞬間、きっとこの網をめくり上げることだろう。

ならば、そのほんの一瞬のうちにユーリウスの体を抱え上げ、ここから逃げ出しさえすれば、まだ間に合うかもしれない。死後、生きていた時のぬくもりが冷え切らぬうちであれば、真由の回復術がまだ効くはずだ。

(早く、早く、網を開けろ!)

老御者は部屋の隅まで歩いて行って、ユーリウスが取り落とした剣を拾い上げた。

「ああ、いい、いいねえ、愛する主の愛剣で殺されるなんて、お前みたいな忠義者には最高の褒美だろう?」

(そうだ、いいぞ、それを俺に突き立てるために、この網を外せ)

しかしセバスチャンの願いもむなしく……老御者は網の上から大剣をセバスチャンの右手に突き立てる。

大剣は網の一部だけをやすやすと切り裂き、セバスチャンの手の甲を深くえぐった。

「ばかめ、お前の考えなんざ、お見通しなんだよ!」

老御者はさらに執拗に、グリグリと柄を揺らしてセバスチャンの手をえぐった。

「良いざまだな、ご主人さまの分も、あんたに苦しんでもらうぜ!」

老御者の高笑いを聞きながらセバスチャンが考えていたことは、謝罪だった。

(ああ、ユーリ、すまん……俺は、お前の最後の願いすらかなえてやれない……)

セバスチャンが絶望に沈み、これ以上悲しい光景を見なくて済むようにとまぶたを下そうとした、まさにその瞬間、表から馬のいななきが聞こえた。

「な、なんだ?」

老御者がわずかに身を起こしたタイミングを見計ったかのように、ドアを蹴破って栗毛の馬が飛び込んでくる。驚いた御者はセバスチャンの右手を床に縫いとめた剣を抜くことすら忘れて

とびあがった。

「何者だ!」

馬の背を見上げた彼は、そこにネロリと、ネロリの小さな体にしがみつくようにした真由が乗っているのを見て、驚いた顔をした。

「……おまえらっ?」

まずネロリが馬の背から身軽に飛び降りた。彼は真由に手を貸し、彼女のことも馬から下ろしてやった。

「つきましたよ、真由さん」

「え、ここ……」

あたりを見回した真由は、ガラクタみたいな魔具が散らばる中に倒れたユーリウスを見て、ギョッと身を竦めた。

「ユーリウスさん……?」

ぴくりとも動かない彼の顔色は土気色で、とても血の通った人間の肌色をしていない。

「まさか……死……」

真由の膝がガクガクと震えた。


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