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それから四半刻後、ふたりは街道沿いの酒場の前で馬を止めた。もう夜半をだいぶ回った頃ではあるが客はいるらしく、鎧戸の隙間からランプの明かりがチロチロとこぼれて見えた。
「お気をつけください、あの御者頭めがなにを考えているのか、そこまでは私にも読めませんでしたから」
セバスチャンはひらりと馬から飛び降りる。その背中にはユーリウスのための魔剣ランベントが背負われている。
ユーリウスの方も、ひらりと馬から飛び降りた。この男、虚弱である他は運動神経もバランス感覚もバッチリである。どこにも引っかかることなく見事な着地を決める。
「あなたこそ気をつけてくださいよ、セバスチャン。あなたは私を守ろうと無理をする傾向がある」
「別に無理をしているつもりはないんですけどね」
セバスチャンは鎧戸の隙間から店の中を覗き込む。しかし細い隙間からは中の様子はわからない。しかし、男が二人、ヒソヒソと囁き合う声が聞こえた。
「……で……だから……」
何を話しているのかもわからないほど途切れ途切れに聞こえるのは老御者の声。その相手をする声はさらに小さく、言葉の節すら曖昧だ。
「やはり、ここにきていましたか」
セバスチャンが宿帳から読み取ったイメージは、この酒場と、そしてフードで顔を覆った長身の男の姿だった。その長身の男は同じ宿に泊まってはいないようだ、ならばこの酒場で落ち合うつもりに違いないと、セバスチャンはそう考えたのだ。
そして彼の思惑通り、老御者はここにきた。だとすれば話し相手は『フードをかぶった男』に違いない。
「こそこそするのも面倒ですね、ユーリウス様、踏み込みましょう」
セバスチャンは大剣を鞘から抜き放ち、その切っ先を地面に、柄はユーリウスに向けた。
ユーリウスの方は心得たもので、差し出された柄に、当然のように手を伸ばす。
「セバス、少し下がっていなさい」
ゆらりとふた足ほどユーリウスがよろけると、剣は右に左に二閃して、分厚い鎧戸の上を走った。
剣技の確かさを表すに『熱したナイフでバターを切るような』という言葉がある。まさにそれだ。硬い木材で堅牢に組まれているはずの鎧戸はあっさりと切り裂かれて地面に落ちた。
店内にいた老御者と、その向かいに座っていたフードを被った男とは、飲みかけの酒が入ったタンブラーを片手にポカンと口を開けてユーリウスを見ている。
ユーリウスは切っ先を床に下ろし、にっこりと微笑んだ。
「おや、酒宴ですか、私も混ぜてくださいよ」
セバスチャンはユーリウスの肩越しに店内を覗き込んで「ふふん」と笑う。
「なんとも物騒な酒宴ですね」
店内にいる男の数は五人、老御者以外はカウンターの中にいるバーテンに至るまでがフードや仮面や、なんらかの顔を隠すものをつけている。そして彼らの手元にあるのは枯れ木のようになるまで干した動物の足や、大小様々な壺や、細かな細工を施した腕輪や足輪や、その他雑多な、およそ実用性のかけらもないようなガラクタばかりだ。
しかしセバスチャンは、そうした物品が何に使うものであるのかを即座に見抜いた。
「ユーリウスさま、どれもこの国で禁じられている危険な呪いに使うための触媒です」
「なるほど、つまり我が国の平穏を乱しかねない重大な犯罪でありますね。これは勇者の称号をいただく身としては見逃せません」
老馭者はやっと正気を取り戻し、口の端に垂れたエールの泡を拭きながら立ち上がった。
何も慌てることもなく、むしろ太々しい態度が気になるところ。
「どう見逃せないっていうんだ、たった二人っきりで、この人数に勝とうっていうのか?」
「むしろ逆に、この人数で私に勝てるとでも?」
「そりゃあ、普通の四対二ならあんたの楽勝だろうさ、だけど、このお方たちを普通の人間だと思わない方がいい」
老御者が片手をあげると、店にいた男たちがザッとフードを脱ぎ、仮面を外した。その顔には、例えば額に、例えば耳の横に象牙色のツノが生えている。
「みたか、この方達はなあ、魔族なんだよ!」
老御者はとくいげに「がっはっはっ!」と笑う。その背後に立つ四人の魔族たちもポージングを決め、ここぞとばかりに己の肉体を誇示している。
だが、ユーリウスもセバスチャンも少しも慌てる様子などない。むしろ少ししらけた顔で「あー」と唸った。
「やっぱりそうですかー」
「うん、そうだと思ったんですよねー」
二人のこの態度に、むしろ慌てたのは老御者の方だ。
「な、なんだと!」
セバスチャンがうっすらと笑いを浮かべて一歩前に出た。
「魔蜜を持っていたあたりからおかしいなとは思ったんですよ。薬や食料品であれば魔族領との交易品も、貴重ではあるが幾らかは出回っている。しかし魔蜜は、その取り扱いの難しさゆえに人間領には持ち込まれない品であるはずだ、じゃあ、誰がどこからそれを持ち込んだのよ、ってことになるんですよ」
ザックリと髪をかき乱して、ワイルドモードだ。
「つまり、あんたが魔族と付き合いがあったと、そう考えるのがいちばんしっくりくるわけよ、オーケー?」
老馭者は歯噛みして地団駄を踏む。
「それがわかったからなんだっていうんだよ! お前たち二人は、ここで死ぬんだ!」
「へえ、そんなショボい魔族、たった四人で?」
「ショボいだと!」
「ショボいじゃねえか、人間に擬態もできないなんてよぉ」
これには四人の魔族たちもムッと表情を曇らせた。
「てめえ、俺たちが弱いと?」
「実際、弱いだろ、そんなフードや仮面でツノを隠さなきゃならないなんてさ」
「あほか、そんなツノを隠す魔法なんか使えるのはごく限られた……それこそ王に連なる血統のやつぐらいなもんだろ」
「へえ、そうなんだー」
「ヤロー、舐めた態度とってんじゃねえぞ!」
四人の魔族たちが一斉にセバスチャンに飛びかかる。いずれも長身で筋骨隆々としたパワーファイタータイプ、それが四人。
しかしセバスチャンは少しも慌てることなく、グッと腰を落とした。
「なあ、あんたら、異世界には『柔よく剛を制す』って言葉があってな……」
先頭切って飛び込んだ男は、セバスチャンに手首を掴まれた瞬間、自分の体がふわっと浮き上がるのを感じた。飛び込んでゆく勢いを殺すことなくそのつからのベクトルをねじ曲げられたのだ。
ズドンと音を立てて、男は背中から床に叩きつけられた。
「くはっ!」
「はい次!」
二人目の男は無理やり体を捻ってセバスチャンの間合いから逃れようとした。しかしその体制の崩れをセバスチャンが見逃すわけがないのだ。
ぐん、と一歩踏み込んで相手の懐に入ったセバスチャンは両手で彼の襟元をとらえた。足元は軸足を後ろから絡めるように突き崩し、大きく跳ねあげる。
軸を崩された巨体はぐらりと傾いて床に叩きつけられた。
「ま、お前らごとき魔法を使う必要もねえな」
三人目と四人目は、自分がどう投げられたのかすらわかっていないに違いない。なにしろ腕を掴まれてちょっと状態のバランスが崩れたその次の瞬間には床に転がされていたのだから。
「さて、まだやるか?」
セバスチャンはにこやかに四人を見下ろす。
床に転がされた四人の魔族はすでに戦意喪失ーーそれはそうだ、片手でひょいと捻り潰すつもりだったただの人間風情に易々と投げ飛ばされたのだから。
セバスチャンはあくまでもにこやかに笑っているというのに……彼らにとってはそれがドS特有の獲物をいたぶる喜びに震える含みのある笑いであるかのように感じられた。
「お、お前、何者だ!」
魔族たちは震えながら聞くが、セバスチャンの方は相変わらず余裕の笑み。
「お前らこそ何者だよ、誰に言われて動いている?」
「い、言うわけがないだろ」
「ほーん、じゃあ、もう少し痛い目にあってもらおうかね、そうしたら、さぞかし素直になるんだろうよ」
「人間風情が、俺たちを痛い目に合わせると? 笑わせやがる」
「そうだな、痛い目に合わせるのは無理かもな……なにしろ俺ぁ、手加減ってのが苦手でねえ」
セバスチャンがゴキゴキと指の節を鳴らす。物凄い威圧感だ。
四人の魔族は少し涙目になった。
「い、言えねえんだよ、言ったら、俺ら殺されちまう!」
「それはつまり、『言えない』けれど、お前らに指示を出している何者かがいるってことだな」
「ああ、ああ、そうだ。しかも俺らは人間領の、こんな街まで使いに出されるような下っ端だ、叩いたってろくな情報は出てこねえよ!」
「ま、そうだろうな、お前らはもういい、二度と俺の前に現れないと誓うなら、今回だけは見逃してやろう」
「あ、ありがてえ、誓う、誓うよ! 二度とあんたたちの前には現れねえ」
「じゃあ、行け」
四人の魔族たちはクモの子を散らすように店から逃げ出していった。後に残されたのはワイルドモードのままで目つき鋭いセバスチャンと、ことの次第をあっけにとられて見守っていた老御者と、それに大剣を杖代わりにガクガク膝を震わせながら立つユーリウスだけだ。
「さて、邪魔者は消えた、話を聞かせてもらおうじゃねえか」
セバスチャンは魔道具が転がる酒場の中を見渡した。
「こんな物騒なものを集めてどうするつもりだったのか、ゆっくりとな」
老御者は観念したのか、床にどっしりと腰を落とした。
「ちっ、煮るでも焼くでも好きにしやがれ」
「煮たり焼いたりしちまったら話が聞けねえじゃねえか」
「何が聞きたいんだよ」
「そうだな、まずはなんでユーリウス様をそんな邪険に扱うのか、かな」
「わかんねえのかよ、そいつが生まれてきたせいで、サーシャがどれほど苦労したのかを!」
サーシャというのはユーリウスの母だ。
「わかんねえなら話してやるよ、そこにいる病弱坊ちゃんがどれほど世の中にとって迷惑な存在かってことをな!」
老御者は訥々と話し始めた。自分がかつて若かった頃の話をーー




