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推しが死ぬ女とすぐ死ぬ推しと  作者: アザとー
ウチの推しは死なせませんから!
23/35

8

 ユーリウスが最初に向かったのは、ネロリのところだった。しかしこれは、完全に空振りだった。

 ネロリは御者の仕事を継がせるためだけにもらわれた養子だ。老御者は邪険にこそしなかったが、かわいがったりもしなかった。

「あの人がどこへ行ったか、ですか、すみません……」

 彼の申し訳なさそうな顔を見れば、多くは知らないであろうことは容易に想像がつく。

 それでも同じ屋根の下で暮らしてきたネロリならばなにがしかの手がかりは持っているだろうと、ユーリウスは食い下がった。

「どんな些細なことでもいいんです。どこで魔蜜を手に入れたかとか、なにか思い当たりませんか?」

「魔蜜ですか……つまり、魔族と接触があったってことですよね……」

 ネロリは愛くるしいバラ色の頬に片手を当てて、「う~ん」と小首をかしげた。

「そういえば、この旅に出る前の晩……」

「ずいぶん前までさかのぼりますね」

「はい、でも、変わったことといえば、その日のことぐらいで」

「構いません、話してください」

「はい、この旅に出る前の晩、養父ちちのところに来客があったんです。僕はもう床に入った後でしたが、居間で父とその男が話し合う声で目が覚めたんです」

「どんな男でした?」

「それが、すっぽりとフードをかぶっていたので、男だってことしか……でも、おかしいと思ったんです、だって、薄暗い家の中なのにフードをかぶったままなんて、絶対顔を隠すためでしょう」

「素晴らしいです、ネロリ、いい観察眼ですね」

「へへっ、それで僕、二人が何を話しているのか聞こうとしたんだけど、僕が居間に入ったとたん、二人とも話すのをやめて……養父ちちは、ものすごく怖い顔で僕のことを叱ったんです、『もう寝る時間だぞ!』って」

「なるほど、つまり、あなたに聞かせたくない話をしていたと考えるのが妥当ですね」

「やっぱり、そう思います? それに……」

 言いかけて、さすがにしゃべりすぎだと思ったのだろうか、ネロリが言葉を飲み込んだ。

「どうしたんです、ネロリ、構いませんから、言ってください」

「でも、これ、僕が考えただけのことだし」

「つまり推理ですね、構いませんよ、話してください」

「うん、じゃあ、言うけど、その人が来た後から、養父ちちは、ユーリウス様やセバスチャンさんに厳しくなったような気がするんです」

「あの人は昔から、私に対しては厳しかったですよ」

「うん、それは知ってるんだけど、それとは違って、なんか、悪口がひどくなったり、意地悪になった気がするんだ」

 難しい心情を論理立てて話すには、ネロリはまだ幼い。それでも自分の感じた違和感を伝えようと必死に言葉を絞り出す。

「えっと、急にセバスチャンさんが魔族かもしれないとかね、えっと、ユーリウス様が……」

 言い淀んだところを見るに、よほどひどい言葉だったのだろう。ユーリウスはため息をついて片手をあげた。

「もういいですよ」

「あの、でも……」

「大丈夫です、おおよそのことは理解できました。言いづらいこともあったでしょうに、よく話してくれましたね、ありがとう」

 ネロリがぱっと顔を輝かせる。

「僕のいうことを信じてくれるんですか?」

「ええ」

「だって、僕みたいな子供が言ったことなのに」

「言葉の真偽に、子供も大人も関係ありませんよ」

 ネロリが「へへっ」と声を出して笑った。

「僕、ユーリウス様のこと、好き」

「そうですか、私も好きですよ。ネロリはいつも明るくて、見ていてとても好ましいですね」

「そうだ、養父ちちを探すんですよね、僕も手伝います!」

 パッと走り出したネロリは、しかし足を止めて、ユーリウスの方を振り向いた。

「あの、ユーリウス様、気を付けてくださいね!」

「何がです?」

養父ちちが昔からユーリウス様に冷たいのは知っていたけど、最近はなんか、それとは違う。平気でユーリウス様のことを傷つけそうな気がするんだ、だから、気を付けてください」

「わかりました、あなたも危ないことはしないように」

「はーい」

 小さな背中が無邪気に走ってゆく。それを見送りながら、ユーリウスはキリッと表情を引き締めた。

「なるほど、誰か、御者頭によからぬことを吹き込んだ輩がいるのですね」

 ネロリの話から得られた情報はさほど多くはないが、重要なことがひとつだけわかった。

 もとより御者頭はユーリウスを目の敵にしてはいたが、職務を放棄して主人ユーリウスにたてつこうとするほど悪質ではなかった。それがこの旅に出てからは、明らかに敵意を剥き出して歯向かってくるような気配がある。

 おそらく旅の前夜に老馭者のもとを訪ねたという男が、老御者の反逆心を煽るように仕向けたに違いない。魔蜜が渡されたのもその時であろう。

「つまり、キラービーを使って旅の途上で私を亡き者にするはずだった、と……」

 そう考えれば色々と辻褄が合う。問題は『誰が』裏で手を引いているのか。

 真由には知らせていないが、ユーリウスには敵が多い。

 まずは実の弟ーー体も壮健で器量を持つ彼は、自分が次男であるばかりにユーリウスに『勇者』の称号を奪われたことを恨んでいる。それも昨日今日始まった恨みではなく、おそらく物心ついた頃から周囲に「ユーリウス様さえいなければあなたが『勇者』ですのに」と吹き込まれて育ち上がった根深くて暗い恨みだ。

 彼ならば兄であるユーリウスを亡き者にし、家督ごと『勇者』の称号を奪おうと考えてもおかしくはない。

 次いでこの国の国王も、ユーリウスに旅団の一つもつけてくれないことから分かるように、この病弱な男が国内最高の名誉職である『勇者』の称号を冠していることが気にくわない。おそらく単身魔王のもとに乗り込んだ『現勇者』が殺されたら、新しく弟を『新勇者』に立てて、兵を率いて魔王城に攻め込もうと、そういう肚づもりであろう。

 それに魔王側も……届けられたのは簡素な手紙のみ、魔王がどういった腹積りで勇者であるユーリウスを呼び寄せたのか、未だその理由は謎なのである。魔王側の誰かが勇者を亡き者にしようと謀っているとしてもおかしくはない。

「とりあえず……セバスチャンと合流した方が良さそうですね」

 ユーリウスはおそらく彼がいるであろうフロントへと足を向けた。

 フロントでは、セバスチャンがその美貌を最大限に活かしてフロント係のお姉さんを誘惑……もとい、情報収集を行っている最中だった。

「ねえ、宿帳を見せてくださいよ、ちょっと見せてくれるだけでいいんです」

 フロント越しにお姉さんを見つめるセバスチャンは、無造作に髪を掻き崩したワイルドモードだ。いつもは一番上までぴっちり止めている執事服のボタンを大きく開けて、細身なのにぴっちりと張り付くような美しい胸筋に飾られた胸元を惜しげもなく見せているのが、とてつもなくセクシーだ。

「俺とお姉さんだけの秘密ってことで、誰にも言わないからさぁ」

「ダメです、絶対ダメです。宿帳っていうのはお客様の個人情報ですから、お見せするわけにはいきません」

 口ではそんなことを言いつつも、お姉さんの視線はセバスチャンの程よく分厚い胸元に釘付けだ。

「着痩せするタイプなんですね……」

「あれ、おねーさん、もしかしてこういうの好き? 良かったら触ってみる?」

「え、は……で、でも……」

「遠慮しないで……あ、でも、先に宿帳を見せてくれないかな……」

「ですからそれは、お客様の個人情報……」

「そっか、それは残念〜」

 セバスチャンはこれみよがしに髪をかきあげ、セクシーな流し目をお姉さんに送った。

「はうっ! 個人……情報……」

 お姉さんはもはや陥落寸前だ。

 セバスチャンはここぞとばかり、お姉さんに顔を近づけて小声で囁く。

「大丈夫だって、二人きりになれる場所でさ、こっそり、俺にだけ見せてよ、宿帳」

「はぅうん」

 お姉さんがうっかり宿帳に手を伸ばしたその時、ユーリウスがドタドタと駆けつけた。

「せっ、セバス!! 何をしているんだ!」

 セバスチャンはすっと姿勢を正し、手櫛でざっくりと髪を整えた。

「なにって、色仕掛けですが?」

「女性に対してそういう下世話なことをしてはいけません!」

「別に本気でこの女を口説こうとしているわけじゃないですけど?」

「だから、です! 愛もなく女性を口説くなんて破廉恥なことは、相手に対して失礼だし、不誠実だとは思いませんか」

 ユーリウスはカウンターの中でポカンとしているお姉さんの手を取って、誠心誠意真心込めた言葉で謝罪した。

「私の供のものが失礼をいたしました。深く謝罪いたします」

 グイグイ色気で推してくるダークなイケメンから一転、まるで光を思わせる清廉なイケメンの誠実な言葉攻撃により、お姉さんは完全に陥落した。

「あの、宿帳、ご覧になりたいんですよね」

「いいんですか!」

「はい、ただし、ナイショにしてくださいね」

「ありがとうございます!」

 なんの曇りもないユーリウスの笑顔が眩しくて、お姉さんは思わず顔を伏せた。

「では、これ、宿帳です。本当に見るだけにしてくださいよ」

 お姉さんが差し出した宿帳を受け取ったのはセバスチャンの方だ。まだ執事服の前をはだけたままなのだから、お姉さんの眼前に美しい胸筋がちらつく。

「はうぁっ!」

 奇声を上げて膝から崩れ落ちるお姉さんのことは無視して、セバスチャンが宿帳の表紙に手を置いた。

 ユーリウスがその手元を興味津々で覗き込む。

「なにをするんです?」

「記憶を読む魔法の応用編だ。ものには必ず触れた者の残留思念ってのが残る。それをたどろうってことだ」

 羊皮紙でできた表紙を何度かなぞって、セバスチャンは深くうなづいた。

「やっぱり、あの御者頭の思念が残っている」

 ユーリウスが身を乗り出す。

「そ、それは、どこまでのことがわかるんです?」

「んな難しいことまではわかんねえよ、だが、少なくともこの宿帳に触れた時、あいつの標的はマユじゃなくてユーリウス、お前だった」

「つまり、あの魔蜜は本来なら私に投げ付けられるはずのものだったのですね」

「そういうこと。つまりあいつはあんたの命を狙っているわけよ」

「で、その魔蜜を彼に渡した者が誰なのか、わかりますか?」

「だから、そこまで詳しいことはわかんねえって。だけど、そうだな、あいつがどこにいそうなのか、俺はわかったぜ」

「本当ですか?」

「ああ、なんなら、今からそこに行ってみようと思うんだが……お前、体調は?」

 セバスチャンはいつだってユーリウスの体調を最優先に考える。それはユーリウス自身のためでもあるが、今は……

「できればマユは連れて行きたくない、足手まといになるからな。お前の体調がいいなら、あいつはここに置いていく」

「そういうことならば、大丈夫です。今夜は咳も出ていないし、呼吸も苦しくない」

「よし、決まりだな、俺は馬の準備をしてくる。お前はマユやネロリに気づかれないように最低限の装備だけ整えて、宿の前に来い」

「わかりました」

 二人はそれぞれ準備のために二手に分かれた。しかし、真由を連れて行かないと決めたこの判断によってよもや窮地に陥ることになろうとは、この時の二人はまだ、知る由もなかった。

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