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ブウンと鳴るハチの羽音よりも早く、ユーリウスがゆらりと揺れた。剣閃はそれよりも遅れて、ユーリウスの動きを追うようにハチの体を薙ぎあげる。
しっぽの先から頭までを切っ先で一直線になぞりあげられたハチは、パカッと縦真っ二つにきれいに割れた。それだけではなく、その後ろにいたハチが数匹、切っ先から起きた剣風に巻き込まれて吹っ飛ぶ。
まさに一瞬、瞬きをする間に、ユーリウスの目の前を塞ぐ蜂の数匹が地面に落ちた。
斬撃はそれで終わりではない。ゆらりと揺れたまま、振り上げられた切っ先が地面に向けて振り下ろされる。
「剣を無理に振ろうとする必要はないのですよ。剣身と一体化し、その遠心力を最大限に活かす動きさえできれば、どれほど大剣であろうと小剣と何ら変わりはない」
セバスチャンが解説をしている間にも、ヒュオッと風切る音を立てた大剣はスズメバチの硬い外骨格を砕き、透き通った薄羽を切り刻む。
ユーリウスのリードで大剣が踊っているーーゆらりゆらりと優雅に揺れるユーリウスを追って、剣閃は右へひらり、左へひらりと楽しそうに泳ぐ。その度にキラービーが一匹、また一匹と地面に叩きつけられて……真由はひたすら、その優雅な戦闘に見惚れていた。
「もしかして、ユーリウスさんってめちゃくちゃ強い……?」
「何遍もそう、申し上げたはずですが?」
「でも、あの体格じゃん、剣なんて使えないと思ってたし」
あっという間に全てのキラービーを叩き落とし、ユーリウスはその切っ先を地面に落として大きく息を吸った。
「……ふう、真由さん、ご無事ですか?」
ため息混じりの気遣いの言葉。この男、どうにもしまらない。
しかし、真由は胸のあたりにキュンと射抜かれたような痛みを感じて胸元を押さえた。
「え……うそ……私、もしかしてときめいてる?」
今は腐女子としての傾向が強い真由だが、年頃の頃には普通の女子と同じくクラスメイトのイケメン君にときめいたりもしたものだ。もっとも、引っ込み思案な真由はろくにラブアプローチもできず、片思い専門だったが。
その時と同じ、息苦しくなるほどのときめきがいま、真由の胸に満ちている。
「どうしたんですか、どこか怪我でも?」
ユーリウスが綺麗な顔を近づけて囁くから、真由は「ひゃ!」と言って大きく後ろに飛び退いた。
「け、怪我なんかしていませんよ!」
「では、どこかお加減でも悪いですか?」
「お、お加減も全然バッチリでございます!」
しどろもどろになりながら、真由はセバスチャンの後ろに隠れた。
ユーリウスはこれが気に入らない。ぷうっと頬を膨らませて拗ねた声を出す。
「またそうやってセバスチャンばかり……私はそんなに頼りないですか?」
「いや、えーっと、その……」
よせばいいのに、セバスチャンが口を挟む。
「ユーリウス様、マユさまは照れておいでなのですよ」
「セバスチャンさん!」
真由が大きな声を出した。
「確かにキラービーと戦うユーリウスさんはカッコ良かったけど、でも、それは推しのアクションシーンが神作画だったみたいなそういう感動で、別に照れてるわけじゃないんだから!」
「仰っていることはよくわかりませんが、マユさまのお気持ちはよくわかりました。それ、照れ隠しですよね?」
「ち、ちがうんだってばぁ!」
ユーリウスの方は上機嫌、テレテレと体を揺すってニコニコと笑っている。
「そうですか、照れていらっしゃるのですか、ふふふ、そうですか」
「だから、照れてないってば!」
「わかりました、そういうことにしておきましょう」
「ねえ、そういうことにしておくんじゃなくて、そういうことだからね」
「はいはい、それよりも今は、魔蜜の後始末が先です。これ以上、キラービーを呼び寄せないようにね」
セバスチャンも、キリッと表情を引き締める。
「それと、あの御者頭からも話を聞かなくてはなりませんね。魔蜜など、どこで手に入れたのやら……」
「なんで? 魔蜜を手に入れるのって難しいの?」
「難しいですね。人間は非力で、キラーハニービーを養蜂することができませんからね、もしも手に入れる先があるとしたら、魔族のところでしょう」
「でも、セバスチャンさんは、魔族の薬を手に入れてきたよね?」
「あれは、だから、運良く行商人に出会ったんですって。ここから魔族領までは、普通の馬であれば3日はかかる距離ですよ」
「ふうん」
「さ、納得がいったのなら、あなたは浴室へ行って、その匂いを洗い落としてきてください。私とユーリウス様は、あの御者頭を探します」
ユーリウスも、すでにきりりと表情を引き締めている。
「あやつめをあなたに近づけたりはしません。ゆっくりと湯を楽しんできてください」
「あの、ユーリウス……」
「はい?」
「ありがとう」
頬染めてパタパタと走り去る真由を見送った後で、ユーリウスがデレッと表情を緩めた。
「ふふふ、お礼、言われちゃいました」
「ユーリウス様、お顔がだらしないです」
「今だけは許してくださいよ、この私が、生まれて初めて他人からお礼を言われた瞬間ですよ」
病弱なユーリウスは、生まれてからこれまで、ずっと感謝する側の人間だった。薬を飲ませてもらってはお礼を、床の支度をしてもらってはお礼を、常に「ありがとう」の言葉を発する側の人間だった。
それが今、生まれて初めて感謝の言葉をもらったのだから、感動もひとしおというもの。
「その気持ちはわかりますけどね、デレりとする前にすることがあるでしょう」
「おっといけない、そうだったね」
ユーリウスは気合を入れようと両頬をパシパシと叩いた。
「よし! まずはあの御者頭の身柄を確保する!」
「はい!」
老御者を探すため、二人は二手に分かれた。




