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推しが死ぬ女とすぐ死ぬ推しと  作者: アザとー
ウチの推しは死なせませんから!
21/35

6

 

 ブウン、ブウンと機械のモーター音に似た低いうなりが追ってくる。後ろをちらりと振り向いた真由は、人間ほども大きさのあるスズメバチが狭い廊下を飛び交っている光景に度肝を抜かれて転げそうになった。

 しかし逆にその体の大きさが真由には幸いした。一匹一匹が羽を広げると廊下をふさぐほどであるがゆえ、上手く飛び回れないのだ。

 並んで飛ぼうとした二匹は、お互いに羽で叩きあって地面に落ちた。仲間に道をふさがれてホバリングしているハチもいる。ともかく体が大きいせいで、どのハチも飛翔能力を十二分に生かしきれないのだ。

「いまのうち!」

 真由は一足飛びに廊下を駆け抜け、自分の宿泊室に飛び込んだ。驚いたことに、すでに部屋には明かりがついて、セバスチャンもユーリウスも、そしてネロリまでもが起きていた。

 実はこの三人、真由が部屋を出る音で目を覚したのが、後を追うべきかどうか悩んでいる最中だったのだ。もっとも、当の真由がこうして逃げ帰ってきたことにより、その悩みは消えたわけだが。

 セバスチャンが「くん」と鼻を鳴らして呻いた。

「魔蜜!」

「な、なにそれ」

「キラーハニービーが作る甘い蜜です。キラービーはこれが好物で、数キロ離れていてもその香りを嗅ぎつけて襲ってくるのです」

「だからキラービーが……」

 そう言っている間にも、ドアの外では無数の羽音がワンワンとうなる。ドン、ドンとドアに体当たりする音も聞こえて来る。

「奴ら、ドアを打ち破る気ですね」

「ええっ、どうしよう、セバスチャンさん、助けてセバスチャンさん!」

 ここでセバスチャンに助けを求めるのは正しい選択だと思う。だってネロリは子供だし、ユーリウスは大人だが、すぐに死にかけるほどの虚弱体質でおそらく戦いの役には……

 ところが、ユーリウスがムスッと膨れっ面をした。

「セバスチャンばっかり、ずるいです。少しは私のことも頼ってください」

「ええっ、だって、相手はキラービーよ?」

「その程度、肩慣らしにもなりませんよ」

「ちょっと待って、キラービーって見たことある? 人間くらいあるよ?」

「知ってますよ、これでもこちらの生まれなので」

「ねえ、無理だよ、危ないよ、セバスチャンさんに任せなよ。ね、セバスチャンさんもそう思うでしょ」

 ところが、セバスチャンは涼しい顔だ。

「そうですね、キラービー程度なら、ユーリウス様お一人で十分でしょう」

 彼は部屋の隅から人の背丈ほどもある大剣をヨイショと担ぎ上げた。

「ちょちょちょ、ちょっと待って、セバスチャンさん、まさか、その剣って」

「ええ、ユーリウス様のものです」

「ええ……あの、言っちゃ悪いんだけど、それ……持ち上げることすらできないんじゃ……」

 ユーリウスがムッとした顔をする。

「私だって男ですよ」

 そういうとユーリウスは、真由を横抱きに抱き上げた。いわゆる乙女の憧れ『お姫様抱っこ』であるのだが……

「ねえ、ユーリウスさん、めっちゃ無理してない?」

「そ……そんなことはありませんよ」

「腕とかプルプルしてるし……いいから、下ろして」

「全然プルプルしてませんし、余裕ですし、下ろしませんし」

 ユーリウスは真由にそれ以上なにも言わせず、窓に向かって歩く。

「ネロリ、ここでは剣を振るには狭いので、私たちは表へ出ます。あなたは私たちが表へ出たらドアを開けて、すぐに部屋の隅に隠れなさい。動かなければ、キラービーに襲われることはないでしょう」

「はい!」

「セバス、私の剣を持ってついてきてください。援護をお願いします」

「承知いたしました」

 真由だけが喚く。

「ちょっと、待って、大群を相手にするときは狭い場所で一匹ずつ迎え撃つっていうのがセオリーじゃないの?」

「よくご存じですね」

「昔マンガで見たの、だから、表に出るよりここで戦った方が……」

「それでは私の剣閃に全員が巻き込まれてしまいますね」

「イキってる場合じゃないでしょ! ここは素直にセバスチャンさんに……」

「たまには私にもカッコつけるチャンスをくださいよ」

 甘い声でささやいて、ユーリウスは窓から飛び出した。客室は一階、窓下までは数十センチという高さではあったが、ユーリウスは一瞬よろめいた。

「ほら、ほら、無理するから!」

「む、無理なんて……していませんよ」

 同時にネロリがドアを開け放ったのだろう、一際大きく羽音が湧く。

「来ますね」

 ユーリウスは抱き寄せた真由の髪に軽く口付けを落としてから、彼女を地面に下ろした。そのすぐ隣には剣を抱えたセバスチャンが既に控えている。

「ユーリウス様!」

「セバス、君は真由さんを守れ!」

「御意!」

 するりと鞘から抜かれる大剣……真由はその剣身が血を塗ったかのように真っ赤であるのを見て震えた。

「なに、あの剣、怖い…………」

 セバスチャンが、真由を引き寄せながら言う。

「魔剣ランベントです。勇者のために打たれ、その魂を継ぐものにしか使いこなせないと伝えられる伝説の名刀……」

「そんなすごい剣なら……」

 もしかしたら剣の魔力でバフがかかるとか、そういうワンチャンがあるかも!

 真由は期待を込めてユーリウスを見たが……彼はつかをしっかりと握ったまま剣先は地面に落として、肩で息をしているところだった。

「ねえ、セバスチャンさん! あれ、大丈夫なの!」

「大丈夫ですよ、ユーリウス様ですから」

「その自信がわかんない。だって、あれ、剣を持ち上げることすらできてないじゃない!」

「マユさま、剣とは必ずしも上段から斬りつけるばかりが使い方ではないのですよ」

 キラービーたちは部屋の扉を抜け、窓から這い出し、不吉な羽音をたてて真由のまわりにあつまってくる。既に百匹は超える数、人ほどの大きさがあるスズメバチに取り囲まれているのだから、視覚的にも絶体絶命感がある。

「ああー、もうダメ……」

 真由が全てを諦めて座り込もうとしたその時、ユーリウスが動いた。

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