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村自体は農地が大部分を占める農村ではあるが、物流の要となる大きな街道沿いにあるために大きな宿が立っている。
その宿を中心に旅客相手の小料理屋が二軒、土産物と雑貨を売る店が二軒、その周りに敷地のやたらと広い豪農の家が十軒ほど……決して栄えているわけでもないが、さびれているわけでもない。
ユーリウスが馬車を降りると、まず、土産物屋の前に十人ほどの村人がたむろしていた。その誰もが正装らしい派手な刺繍のチョッキを着ている。
そのうちの一人が、ユーリウスを見て両手をあげた。
「勇者様、万歳!」
それに続いて、土産物屋の前にたむろしていた村人全員が両手をあげる。
「万歳! 勇者様、万歳!」
大した歓迎ぶりだ……というか、それのみにとどまらず、土産物屋の裏手から、農家の軒先から、わらわらと人が集まってくる。
「勇者様だ! 勇者様、万歳!」
その数百人ほど、人気のないこの村のどこに隠れていたのかと思うほど、わらわら、わやわやと人が湧く。その中には戸板を担いだ一団があって、彼らはユーリウスの足元にぺたりと膝をついて座った。
「勇者様、宿までご案内します、どうぞお乗りください」
こういう時に遠慮がちなのがユーリウスの良いところ。
「いえ、さすがにこのくらいは自分で歩けますから」
しかし、村人たちも譲らない。
「そんな、私たちのために魔王と戦ってくださる勇者様に土をつけるような真似はできません。どうかどうか、この戸板にお座りください」
「いえ、申し訳ないですよ」
「何が申し訳ないものですか! 本当なら神輿でも用意するべきところ、こんな汚い戸板しか用意できないワシらの方こそ、申し訳なく思っております」
「いえ、本当にありがたいのですが……」
「いやさ、ぜひに」
「いやいや」
「さあさあ」
御者台から降りた老馭者は、ニヤニヤしながらユーリウスの肩を押した。
「いいから、乗ってやったらどうですかぁ、ゆ う しゃ さ ま」
一文字ずつ鼻先に抜けるように発音したのは、たっぷりと嘲笑を塗すため。老馭者はユーリウスを小馬鹿にしているのだ。
「こいつら、かわいそうですよねえ、まさか魔王と戦う勇者が剣もろくに握れないような虚弱体質だなんて知らないもんだから、すっかり騙されちまって、あんたのことはまるっきり強くてカッコいいヒーロー扱いだ」
セバスチャンがムッとした顔で老御者を突き飛ばした。
「失礼なことを言うな、ユーリウス様は剣の腕も確かだぞ!」
「へー、そーなんだー、それにしちゃあ、剣の稽古なんかしてるところ、みたことないですけどね」
「稽古など他人に見せるものじゃないだろう。しかしユーリウス様に剣を教えた俺が保証する、こいつは、強いぞ」
「どうだかね、バトラー、あんた、この坊ちゃんに甘すぎるんだよ、どうせ剣が強いってのも、あんたが甘やかして言っているだけなんだろう」
「くーあー、ムカつく! ユーリウスは強いんだよ! マジで、そこらの雑魚モンスターくらいなら剣圧だけで蹴散らせるくらいに強いんだっつーの!」
ユーリウスが苦笑する。
「セバス、素が出ていますよ」
「え、あ、これはお恥ずかしい」
「そうですね、せっかくの村の方たちのご好意、無碍にするものではありませんね」
ユーリウスは空気を読んで、戸板に乗った。どっかりと腰を下ろしたのではなく、礼儀正しく正座をして、少し肩を縮めて申し訳なさそうに。
しかしそれでも、村人たちは沸いた。
「勇者様のお越しだ!」
「それ、最高のもてなしを!」
「わっしょい、わっしょい!」
完全に祭りのノリで運ばれていくユーリウスを真由はポカンとした顔で見ていた。そこへセバスチャンが声をかける。
「どうしました?」
「いや、ユーリウスさん、すごい歓迎されてる……」
「それだけ魔王が怖いのでしょう」
「だからってあんなお祭りみたいなこと、する?」
「そうですね、異世界からいらっしゃったあなたには、わかりにくい感覚なのですかね」
セバスチャンは真由の額に向けてスッと片手を伸ばした。
「失礼」
ピィンと硬い金属を叩いたような音が真由の耳の中で鳴る。セバスチャンはしばらく目を閉じていたが、やがて静かに目を開けた。
「あなたの記憶を少し読ませていただきました。なるほど、あなたの世界では魔王とは架空の存在なのですね」
「え、記憶って、そんな簡単に読めるの?」
「そうですね、コツさえ覚えれば難しくは……というか、続けても?」
「アッハイ」
「こちらの世界の人間にとって、魔王は遠い昔に、神に匹敵する力でもって人間を滅亡寸前まで追い詰めた脅威の象徴です。つまり悪神ですね」
「魔王ってそんなに強いの?」
「実際にはどうでしょうね、人間と魔王が剣を交えたのは数百年も前で、今の人間たちは絵本や物語でしか魔王の姿を知らないのですから、想像や伝説が積み重なって、魔王とはとてつもなく強大で無慈悲な化け物であると思われているわけですよ。つまりこちらの人間が抱く魔王に対するイメージは、あなたの世界のそれと同じく、架空のものなのです」
「あー、なんだかわからないけどすごく強い、みたいな扱いね」
「しかし、今日まで魔王は人間に対して一切コンタクトを取らず、人間と魔族は完全に分かれて平和に暮らしていたわけです。ところが、魔王側からわざわざ人間の王にあてて手紙が届いた、つまり絵本の中にだけいた化け物がいきなり実在のものとしてその存在を主張してきたのだから、人間がこれを怖がるのは当たり前でしょう」
「なんとなくわかったかも。つまり、こっちの世界の人は魔王ってのが実際にどんな人かじゃなくて、魔王っていう概念を恐れているのね」
「そういうことです」
ならばユーリウスが歓迎されるのも納得がいく。真由の世界でも魔王の対義語が勇者であるが如く、勇者の名を冠するユーリウスは『魔王に対する唯一の対抗手段』として扱われているのだろう。
「でも、それって気に食わない」
「何が気に食わないのですか?」
「みんなで勇者さま勇者さまって崇めてるけど、それって結局、ユーリウス一人に戦わせて自分たちは楽をしようってことじゃないの」
「そう……ですね」
「セバスチャンさんはそれでいいわけ?」
「いいわけないでしょ! ないけど……けど……」
セバスチャンはガックリと肩を落とした。
「でも、ユーリ自身が、それでいいと思ってしまっているから……俺はあいつに何もしてやれない……あいつが望みさえすれば、俺はなんだって叶えてやるのに……」
「やだ、セバスチャンさん、一途……」
本来なら、これは真由にとってはとてつもなく美味しいシーンだ。
美しい黒髪執事は主人に絶対的な忠心を捧げている。それも主従の枠を超えて、主人の人生の幸せを求めるほどに強く……腐女子はこうした状態を『実質セッ○ス』と呼ぶ。
そして主人は我慢強く、自分の人生すら他人のために投げ出そうというとてつもない善人である。黒髪執事はこれが気に食わない、もっと自分自身の幸せを追求してほしいと願っている。この強い思いはもはや主従を超えて、実質セック○である。
二次元カプならば両手をすり合わせて「ご馳走様でした」をいうタイミングだというのに……真由はそういう気持ちにはなれなかった。
なんだか、すごく腹立たしい。
「こんなところで私相手に愚痴ってないでさ、ピューンとひととびで魔王のところへ行って、さっさと魔王倒してあげればいいじゃん、そしたら、ユーリウスさんは魔王のところに行かなくて済むんでしょ」
「いや、さすがの俺もそこまでは……」
「できないの? なんだ、役に立たないじゃん!」
ともかく腹が立って腹が立って仕方がない。真由は靴先で地面を軽く穿った。
「まあ、私だって役に立つわけじゃないけどさ、それでもさ、私のことだって頼ってくれてもいいじゃん」
「マユさま、けっこう無茶苦茶いいますね、ユーリウス様の性格を考えたら、まだ出会って間もない、しかもか弱い女性に無理難題を押し付けるような人ではないとお分かりでしょう。ここはやはり、長年お互いに信頼を築き上げてきた私めが……」
「うるさい!」
「えっ、う、うるさいですか、私」
セバスチャンに強く八つ当たりして、真由はドスドスと足音も荒く宿屋へ向かった。よくわからない感情が胸の内でぐるぐると巡って、なんだか胃が痛いような気がした。
そのむかつきは夕食の時まで、ずっと尾を引いて真由の食欲を妨げた。




