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推しが死ぬ女とすぐ死ぬ推しと  作者: アザとー
ウチの推しは死なせませんから!
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2

 道の両側にははるか山の裾まで続くのではないかと思うほど遠くまで麦畑が広がり、麦秋のみのりに色づいた収穫間近い麦が通り過ぎる風にザワザワと揺れる様は、黄金色の昼日に煌く湖を思わせた。

 麦の畑が遠くに見える山を高く見せている。

「あの山の向こうが魔族領ですよ」

 セバスチャンが指をさす。その山は山脈の中でも一際高く、頂に根雪を被って佇んでいた。

「『高潔なる貴婦人』と呼ばれる山です。まさに高貴な家の貴婦人が如く男を魅了しながらも難攻不落、あの山を越えることは並大抵のことじゃありません」

 真由がキョトンとした顔をする。

「でも、セバスチャンさんは、あの山を超えたんでしょ、魔法かなんかで、ビューンって」

「さすが、魔法のない世界の方は表現が独特ですね。魔法はそんなに万能ではありませんよ」

「そうなの?」

「ええ、魔法を操るには魔力の保有量という体質的な素養と、魔法に対する完全理解が必要になります。だからマユさまには簡単な回復術しかお教えしていませんでしょう?」

「そういえば、攻撃魔法とか教えてくれないよね」

「そんなにたくさんの魔法を覚えていただくには、時間が足りませんからね」

「つまんないの」

 真由は窓の外を見る。麦畑の中に立ち働く農夫たちが見えた。

 男は麻のシャツに皮のチョッキ、女は地味な色に染めたワンピースに白い前掛けをつけて、まさに真由が思い描く『ファンタジー世界の村人』そのままの出で立ちだ。これはもう、真由のテンションもあがるというもの。

「ねえ、すごい、マジすごい! ゲームの中にいるみたい!」

 真由がきゃあきゃあと声を上げて喜ぶ姿は、ユーリウスにとって何よりも眩しい。つい絆されて、彼は笑みをこぼした。

「楽しそうでよかったです。もしかしたらあなたが元の世界に戻りたがるのではないかと、少し心配だったんです」

「どうして? 結構こっちでの暮らしも楽しいよ」

「でも、あなたの世界ではデンキというものがあって、水車も風車もみんなデンキで動くのでしょう? 夜もデンキで明るい灯火が燃やされて、まるで御伽噺のような国なのでしょう? そんな世界から来ては、この世界は少し退屈ではありませんか?」

「え、ユーリウスさん、私の世界に詳しいの?」

「はい、セバスチャンがいろいろ教えてくれました」

 セバスチャンが小声でユーリウスを叱り付ける。

「ユーリウス様、それは内緒だって言ったでしょう!」

「えっ、あっ!」

 二人はびくっと肩を震わせて、御者台との連絡用窓を見上げる。どうやら老御者のことを気にしているらしいが、彼が相変わらずぶつぶつと繰り言を言う声が続いているのだから、どうやらこちらの会話は聞こえてはいないらしい。

「ほんと、勘弁してくださいよ、ユーリウス様! 私が人の心を読む術が使えることが皆に知れたら、流石にやばいですからね!」

「ご、ごめんよ、悪気はなかったんだよ」

「そんなことは分かっています、あなたは邪心などない、だが、油断はたっぷりある」

「本当にごめん、次は油断しないように気をつけるから」

 真由は察しの良い女だ。二人の会話からセバスチャンの魔法については深く突っ込まない方が良さそうだということを判断した。

「ふうん、面白いじゃない……めちゃくちゃ高能力なのに能力を隠している攻め……」

 言いかけて、彼女はふっと口を閉ざした。本人たちの前で妄想を垂れ流すことが憚られたからだ。代わりに窓の外へ目をやって、心の中に妄想を浮かべる。なんでも魔法で解決できるセバスチャンが、大事な主人のために戦う妄想を。

「うふふ、面白い、面白いじゃない……」

 ニヤニヤ、ニヤニヤと笑いながら窓の外を眺める真由を、ユーリウスは優しく微笑みながら見守っていた。

「楽しそうで何よりです」

 ユーリウスは真由の笑顔が好きだ。たとえ裏でどんな妄想をしていようとそれが漏れ出さない限り、表面上は楽しげに口の端を上げた陽気な表情であるのだから、ユーリウスにとって真由は『いつもニコニコ楽しそうに笑っている女性』に見えるわけだ。

 セバスチャンはそれを心得ているからこそ、ユーリウスの耳にそっと囁き声を吹き込んだ。

「この笑顔を、いつまでも見守っていたいとは思いませんか?」

「ああ、それができたらどれほど幸せだろうか」

「私はあなたの体を健康にする秘法を知っている、だから、あなたさえ望むならば、この笑顔を生涯、隣に置いて暮らすことも可能なのですよ」

「そうだね……でも……」

 ユーリウスは自分の立場をよく心得ている男だ。だからこそ自分のわがままを押し通すことを良しとはしない。

「私がそれを望んだら、この国の民はどうなるのだろうか、それを思うとやっぱり、私は死ぬべきだと思うんだよ」

 セバスチャンは身を乗り出し、ユーリウスの手を取った。

「ユーリウス様、あなたはもっとわがままを言ってもいい、人間なんてそもそも誰もがわがままな生き物です。なのに、あなただけが我慢ばかりしなくちゃいけないなんて、不公平だと私は思います」

 ユーリウスは戸惑って、曖昧に笑う。

「はは、そうかな……ははは」

 つまり真由の目の前では美青年二人、ガッツリ顔を見つめ合って手を取り合っているわけで……

「ふはっ!」

「ど、どうしたんですか、真由さん!」

「いいえ、お構いなく、そのまま、そのまま!」

「え、このままですか?」

「ああー、でも、もっと近づいてほしいかもー」

 ユーリウスがくすりと笑う。

「真由さんは、本当にいつでも楽しそうで良いですね」

「えー、すいませんね、いつでも楽しそうで!」

「別に嫌味で言ったわけじゃありませんよ、本当に楽しそうで、みているこちらまで幸せな気持ちになる」

「え。そ、そう?」

「はい!」

 ユーリウスだって、できることならばこの笑顔をずっとそばで見ていたいと思っている。いつか心を許し合って、笑顔以外の表情を見せてくれる日があれば、それもまた幸せだと……つまり、望んで許されるのならば、真由と夫婦となって末長く共に暮らしたいと願っているのだが……

「そんなこと、望んでも許されるわけがありませんよね」

「え、なに? 何が許されないんですか?」

 ユーリウスは答えなかった。

 馬車はガタガタとわだちを踏んで村の中心地へと入る。今夜はここで宿を取ることになるだろう。

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