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革袋の中に入っていたのは、とてつもなく妖しい紫色をした丸薬だった。
しかしこうした薬、見た目の怪しさと効能は比例するのか、翌朝にはユーリウスの体中に咲いていた花がすっかり枯れ落ちて、『花咲病』は快癒したのである。
これで道行を阻む要素は取り払われた――一行は森を抜け、次の目的地であるヤトゥーカの村を目指していた。
ユーリウスたちの乗る箱馬車の御者台では、あの老御者が何かボツボツと文句を垂れ流している。そのほとんどは花咲病のせいで足止めを食らったことに対する文句だったが、それが馬車の中にまで明らかに聞こえてきて、真由はひどく不快な気持であった。
「ねえ、ひとこと言ってこようか」
真由がふくれっ面でいうと、セバスチャンがこれを止めた。
「余計なことはしないが吉ですよ」
「なんでよぉ」
「あれでも一応、旅の手綱を預かる御者ですから。彼の機嫌を損ねては、馬車は進みませんので」
「そうだけどさあ、なにも聞こえるように嫌味云う必要なくない?」
二人の言葉をユーリウスは聞いているのかいないのか……ぼんやりとした表情で座席に座っている。
ふと振り向いた真由は、そんなユーリウスを気にして声をかけた。
「ねえ、ユーリウスさん、どうしたの?」
それを聞いたユーリウスは、夢から覚めたかのようにハッと顔をあげた。
「え、す、すいません」
「なんで謝っているのよ」
「よく聞いていなかったんです。何か言ったでしょう?」
「あのね、昨日からユーリウスさんがぼんやりしているから気になっているのよ。大丈夫? 具合悪い?」
「いえ、具合はいいですよ」
「じゃあ、何か悩んでる?」
真由にまっすぐに見つめられて、ユーリウスはふいと顔をそらした。
「別に、悩みなんて……」
「そう? もしも何か悩んでいるなら、言ってね、何でも相談に乗るよ」
「なんでも……ですか……」
「うん、なんでも」
「そうですね……」
ユーリウスはちらりとセバスチャンを見た。彼は素知らぬ顔で窓の外を見ている。
きっとセバスチャンはユーリウスの悩みを全て知っているに違いない。それでいてなお、こうして会話に加わらないというのは、「自分で言え」という意味なのだろう。
ユーリウスはたどたどしく言葉をつないだ。
「悩みというか……ですね、その、あの……」
「焦らないで、ゆっくりで良いよ」
「もしも……私が健康な体になったら、あなたはどうします?」
「そうね、そうしたら……私は必要なくなるってことでしょ、あっちの世界に帰るかな」
「そうか……そうでしたね」
ユーリウスは笑いだした。乱心したのではない、真由が本来何のためにこの世界に召喚されたのかを思い出したのだ。
真由はユーリウスの回復術士としてここに呼ばれた身、ならばユーリウスが回復術のいらない体となればお役御免は当たり前。
「そうですね、どうせ私はもう長くはない身、だから最期まで、一緒にいてくれますか?」
自嘲含みのユーリウスの言葉に、真由は鋭いビンタで応えた。彼女の平手をもろ右頬に食らったユーリウスが戸惑いの表情を見せる。
「なんですか……」
「なんですかじゃないよ! もう長くないとか、最期とか、どうしてそういうこと言うのよ、ばかっ!」
「ええっ、バカですか、私」
「バカだよ! なんで死んじゃうこと前提なのよ!」
「だって、しかたないでしょう、魔王はおそらく私のことを殺すつもりで自分のもとに呼びつけたのだと思います、だったらこの命は魔王の城につくまでの儚いものだということです」
「なんでよ、もしかしたら、殺されないかもしれないじゃない!」
「仮にこの窮地を脱することがあったとしても、私はこの体です、長く生きることはできないでしょう」
「なんでそういう風に決めつけちゃうのよ! もしかしたら、体が丈夫になる魔法とか、なにか魔法のアイテムとかあるかもしれないじゃない!」
ユーリウスはハッとしてセバスチャンの方を見た。彼はさっきまで表に向けていた顔を今はユーリウスに向けて、ニヤニヤと意味ありげに笑っている。
「どうするんです、ユーリウス様?」
「どうするって……」
確かにセバスチャンは健康な体になる方法があると言っていた。しかし、それを簡単に望んでしまって良いものだろうか――ユーリウスは八百万人余の国民すべての命運を背負う身であるのだから、魔王の元へ下るという『死に近い運命』から逃げ出すわけにはいかない。
「この世には、望んでもかなわないことがあるでしょう」
吐き出すように言い捨てて、ユーリウスは黙り込んだ。真由もつられて口を閉ざす。
ガタガタと揺れる馬車の中、セバスチャンは再び窓の外に目をやった。
(さて、言えるんですかねえ、死にたくないって)
虚弱体質を直す方法は確かにある。そしてセバスチャンはその方法を知っている。
だが彼は、それをいまのユーリウスに教えるつもりはない。(たった一言、助けてくれといえば俺が逆らわないことは知っているでしょうに、強情ですよね)
しかしそれがユーリウスの良いところでもある。セバスチャンはフッと小さく笑みを漏らした。
そして真由は――彼女はユーリウスの突然の言葉にパニックを起こしていた。
(ええ、なんで、なんで死ぬとか最期とか言い出したの? 確かに薄幸な病弱美青年キャラってツボだけど、違うの、死んでほしいわけじゃないのに!)
三者三様の想いを乗せて馬車は行く。目的地は広大な麦畑が広がる穀倉地帯ヤトゥーカの村……いつの間にか馬車は森を抜け、遠くに山を抱く田舎の風景の中に居た。




