12
真由はかわいい(ユーリウス視点による)。自分が悪いことをしてしまったと思っているのか、少し泣きそうな顔で肩をすくめている様子が、とてつもなく庇護欲をそそる。
ユーリウスは思わず頬をほころばせた。
「顔をあげてください、真由さん」
「でも……」
「いいから、別に私は、怒っていませんから」
「本当に?」
「ええ、本当ですとも」
おずおずと顔をあげた真由は、まだ眉をハの字に下げて泣き出しそうな顔をしている。ユーリウスの胸がツキンと痛むほどに高鳴った。
「くっ、そんなかわいらしい顔もできるのですね」
「へ? かわいい? 誰が?」
「あなたですよ、真由さん、本当にかわいらしい……」
「え、ええっ、えええええっ」
「なぜそんなに驚くんです?」
「だって、私、オトコの人からかわいいなんて言われたことがなくて……」
「それは、あなたの周りの男が見る目がなかっただけでしょう、あなたはとてもキュートですよ」
「ええっと、あの……その……」
「そんな戸惑わなくても大丈夫ですよ、淑女はこういう時、にっこりと笑って『ありがとう』とだけ答えておけばいいんです」
「あ……ありがとう?」
「どういたしまして」
ユーリウスは満面の笑顔で、今にも真由の手を取らんとしている。セバスチャンはややあきれ顔で言葉を挟んだ。
「マユさまを口説くのは後にして、早く薬を飲んでくださいませんか、これ以上出発を引き延ばしては、あの御者頭に、なんと言われることかわかりませんよ」
「ああ、そうだったね。真由さん、すまないけれど、薬を飲むための水をもらってきてください」
ユーリウスに言われて、真由はテントを飛び出していった。なんだかいたたまれないような、むずがゆい気分だったし、真由にとってはその場を逃げ出すためのいい口実であったからだ。
しかし、華奢な背中がテントの入り口布を跳ね上げて去ってゆくのを見送るユーリウスの方は、その瞳から少しうるんだような熱情を消すことはない。
「本当に、可愛らしい……」
うっとりとうわの空でつぶやくユーリウスに向かって、セバスチャンが言った。
「珍しいですね、ユーリがたった一人の女性に、そんなにご執心とは」
「別に執心などしていないよ、私は女性を愛したりなどしない」
「じゃあ、男性を愛するつもりですか?」
「そういうことではなくて……」
「もちろん、冗談です。私もユーリウス様の夜伽のお相手は致しかねます」
「私だって、セバス相手にそういう行為は致しかねる、だ」
「じゃあ、マユさまがお相手ならばどうです?」
「真由さん相手に夜伽って……」
「もちろん、エッチなことですね」
ユーリウスが真っ赤になる。
「え、エッチ……」
セバスチャンの方はしれっとしたものだ。
「おや、そのお顔は、まんざらでもなさそうですね」
セバスチャンはニヤリと笑ってユーリウスの前にどっかりと座り込んだ。
「まあ、いいんじゃねえの、ユーリもお年頃、そういうことには興味があって当然だろうさ」
ユーリウスの方は耳の裏まで真っ赤になって、両手をギュッと握りしめる。
「ち、違いますから、彼女を慰みモノにしたいとか、そういうのじゃありませんから!」
「わかってるって、ユーリはそういう女の愛し方はしないだろうさ、でも、抱きたいんだろ?」
「抱きたいとか! そういう下世話な感情じゃありませんよ、単に、彼女のことを考えると、胸の辺りが肋間神経痛かと間違うほどに痛むだけです」
「恋だな」
「はい、恋です。それは十分に自覚しています」
「でも、ま、お相手にはその気はなさそうだがな」
「いいんです、初めから叶わぬ恋だと承知の上ですから」
セバスチャンが深く深く、ため息をつく。
「あのなあ、なんで初めっから諦めてんだよ」
「だって彼女、男性同士が愛し合うのがお好きなのでしょう?」
「あれはな、異世界の『腐文化』ってやつでな、恋愛小説とか読むときの『観賞用の恋』なら男性同士がいいってだけだ」
「どうしてそんな異世界の文化を知っているんです?」
「それは秘密だ。まあ……せっかくの初恋、簡単に諦める必要はないんじゃないか?」
しかし、ユーリウスは暗く表情を曇らせて低い声音を出した。
「それだけじゃありませんよ、私のこの体では、たとえ愛する人と結ばれることがあっても絶対に愛しい人を置いて逝くことになるでしょう、だから、私は誰も愛さないと決めたんです」
「はぁん、殊勝な心がけだな、そりゃ」
セバスチャンはスッと立ち上がった。
「なあ、じゃあ、もしもその虚弱が治るとしたら、どうだ? その恋も諦めなくていい、そういうことになるだろ」
「この年まで治らなかった体質が、そんな簡単に治るわけがないでしょう」
「ま、たしかに簡単ではないけどな、手がないわけじゃない」
「本当に?」
「ああ、本当だ」
「いったい、どうすれば良いのです?」
「まあ待て、その前に聞かせろ、その虚弱体質がたしかにスッキリ治るわけだが、それなりの危険があるわけだ、つまり命がけってわけだな。それでも、健康な体を欲するか?」
「どうせ待っていてもいずれは死を迎える身、ならばこの命を賭けることも惜しくはありません」
「いい覚悟だ、が、せっかく健康になっても、魔王のところになんてのこのこ出かけていったら、あっさり殺されるだろうな、どうする?」
「どう……」
そう言われては即答することなどユーリウスにはできない。なにしろユーリウスは生贄として魔王に差し出される身の上である。
この二百年、人間の国に不干渉であった魔王が手紙など寄越したということは、対応如何によっては不干渉の誓いを破る準備があるということだろう。つまり、侵略ーー。
しかし要求はただ一つ、現勇者であるユーリウスの身柄だけだった。たったそれだけで魔王の腹が収まるのなら安いものだと、だからユーリウスはろくな供もつけられることなく魔王城へと向かっているのだ。
もしここでユーリウスが逃げ出したりしたら……機嫌を損ねた魔王は人間に対していかな攻撃を加えることか、それを思えば簡単に逃げ出すことなどできない。
黙り込んだユーリウスを見て、セバスチャンは「ふん」と鼻を鳴らした。
「今すぐ決める必要はねえよ、ゆっくり考えな」
「ま、待ってくれ、本当に健康になれるのかい」
「なれる。俺は嘘はつかない」
「健康……か……」
「魔王ぶっ飛ばしてでも生き延びたいと思えるようになったら、いつでも言ってくれよ」
ユーリウスは、それでも返事をすることができずにいた、返事すらできず、ただ……ぼんやりと花の中に座っているのだった。




