iv. 承 理解できないこと
iv. 承 理解できないこと
あれから20時間経った。一人になって昨日言われたことを何度も反芻しているのにいまだに理解ができない。もうすぐ来る頃だろう、何も反応しなかった私に失望していなければ。
…来るのだろうか?
今日は作業が全く捗らなかった。おかげでまだ休息をとれていない。このまま来るのを待つべきか、来ないと判断して2時間ほど休息をとるべきか。
…来るのだろうか?
思い起こせば10年以上毎日来ていたのだ。初めて来たときは、何と言って来たのだったか。最初に渡された本だけは覚えている。初めて色彩の豊かなものを見たのだ。人工培養液から出て、自分の目で見て生きてきて数年、見ていた色は銀色、灰色が主だった。だから私にとっては強烈だったのだ、鮮やかな翠、紅、藍、金色。オレンジにピンクに、モスグリーン。初めて見る色だった。色の名前を教えてくれたのは…
「寝てるのか?それとももう来るなってことか?」
突然聞こえてきた部屋の外からの声にはっとした。頭上ではオレンジ色の明かりが灯っている。慌ててSCを操作してドアを開けた。
「拒否されているわけではないってことか?それとも単にもめ事を起こしたくないだけか?」
「考え事をしていただけだ。気づかなかった。特に意味はない。」
答えながらSCを操作してゲルのソファを出すよう指示する。これはお前と呼んでいるこの人間のお気に入りなのだ。
「珍しいな、休息をとっていないのか?」
「…っ」
なんとなく返答が詰まってしまう。何を答えればよいのか、昨日の話を理解できていない私にはわからなくなっていた。
「そう固くなるな、困らせたくて昨日の話をしたんじゃない。ただ、お前が俺に声をかけることなんてほとんどなかったからな、正直舞い上がった。」
「舞い上がる?」
「今まで10年以上、毎日通ってきた成果を勝手に感じたってだけのことだ。」
…正直に理解できていないと言っていいのか、わからない。この話も、昨日の話も。
「なあ」
「…。」
「昨日の話、理解できなかったんだろ。」
「…。」
「それはそれで構わない。すぐに理解してもらえるとは思ってない。ただ、俺も思い付きで昨日は話してしまった。だから争い事を起こしたくないお前にとって俺は面倒な存在になったか、と不安になったんだ。…でも、こうしてなんて返事をしていいのか迷っているところを見ると、まだ関りを持っていられる可能性はありそうだな。」
いつの間にか足元に落ちていた視線を上げると、思いのほか笑っている顔が目に入った。
「私は…昨日の話も今日の話も理解できていない。」
「よし、どこか(・)ら(・)わからなかった?」
「お前の個人識別番号か(・)ら(・)、わからない。管理されているという話もわからない。生きている意味があるのかどうか、という話も判断できない。それから…あとは何を言われたかも思い出せない。」
「うん、まさか個人識別番号って言われるとは思わなかった。そういえば名乗ったことがないか。でもいい、この際呼び名を決めよう、アダムとイブでどうだ。俺がアダム、お前はイブだ。」




