iii. 起 問題提起 お前という人間
iii. 起 問題提起 お前という人間
「いいよな、車。ドライブだって。乗ってみたいと思わないか?こんな灰色とか銀色とかに囲まれた環境じゃなくていろんな色にあふれたところを走るんだ。においもあるんだぞ。いいよなあ。」
私の部屋に自然と居座るこの人間、個人識別番号は…忘れた。我々人間には政府からコイン識別番号が交付される。記号と番号の組み合わせであったり、数字だけだったり様々である。ちなみに私の番号は£349758である。この人間…他に私には関わっている人間がいないのでお前と呼んでいるが、お前と呼んでいるこの人間はほとんど毎日この部屋に来る。そしてお前という人間が好きなのであろう、歴史の一コマを熱く語るのである。先ほどまで世界大戦の話をしていたはずなのに、どういうわけか話はすでに『車』についての話題に変わったようだ。興味がないので話をほとんど聞き流しているというのに、このお前という人間は全く気にならないようだ。そもそも聞いてなくても構わないのなら自分の部屋で一人で話していればよいものを。そんなところがまた非常に珍しいと感じる。
「毎日飽きないな。」
声に出そうと思っていなかったが、つい出てしまった。聞こえていなければいいと思ったがすぐにその淡い期待は消えた。
「飽きないってのは何がだ?毎日違う話してるだろ?」
「毎日、この部屋に来てただ自分の感じたことを話していることに変わりはない。」
…そしてそれを私が聞き流していることも毎日変わりない。
「内容が違うんだから同じことなんて何もないだろ。それにお前も毎日反応が違うから飽きないぞ。」
「反応?」
「自覚はないだろうと思ってたけどな。少し聞いてもいいかなって思ってそうな反応と全く興味ないって時の反応が違う。」
「どこがどう違うんだ?」
「それは教えない。俺の楽しみがなくなる。」
…楽しみ。楽しみと思っているから毎日来るのか。
「迷惑じゃないだろ?毎日部屋に入れてくれるってことは。」
「迷惑?あまり考えたことがなかった。争いごとになるのは避けたいと思っているだけだ。」
「ま、今はそれでもいいけどな。」
お前という人間にしては珍しくすぐに会話を切った。いつもなら反論を続けて徐々に私がただ頷くだけになっていくのに。何か考えているような、顎に手を当てて眉間にしわを寄せている。
「何か考えているのか?」
ついたまらず声をかけてしまった。自分から声をかけることはあまりしないのに。
「うん?そろそろ、長年考えていることについて話してみようか、って考えてた。」
「長年考えていること?そんな何かを考えているような人間であったのか。」
「失礼だけど、今はいい。うん。それはいいことにしよう。それよりは成果があったことを評価すべきだな。時間をかけた甲斐があった。本が読み進まないのは誤算だったけど、一定の成果はあった。そうだ、成果はあったんだ。」
お前という人間が一人で何かを確認するように話している。こういう時は黙っているに限る。
「うん、そうだな。よし、今から大事な話をしよう。」
急にお前という人間が佇まいを直した。つられて私も背筋を伸ばす。こういう時は合わせておくに限る。
「£349758」
不意に私の個人識別番号を言われた。普段誰かに言われることはないので、寧ろ知っていることに意表を突かれた。
「今まで、何を考えてきていたのか話そうと思う。」
思わず息を止めてしまう。
「俺たちは、管理されて生きている。そのことに意味があるのかを考えていた。」
言っている意味がよく理解できない。無意識に止めていた呼吸を戻していた。
「いいか。俺たちには毎日決められた時間にカプセルを飲んで、決められた量の作業をして、決められた量の休息をとる。それは管理された生き方なんだ。ここにいれば2XXX年代のように病気で死ぬことも、自殺も他殺もない。交通事故もない、部屋から出る必要がないんだからな。普通ならだれとも関わることなくただ淡々とRoutineをこなして、決まった年齢になったら死ぬだけだ。生きた証も何もない。」
言っている意味がやはり理解できない。
「俺はそんな生き方はおかしいと思っている。第4次世界大戦までは人間は楽しみや喜びを感じながら生きていたんだ。そんな生活を取り戻したい」
言っている意味が…理解できない。
「考えてみてくれないか。俺とともにくることを。」
言っていることが最後まで理解できなかった。




