後輩との帰り道
「おめでとうございます先輩! ベスト16入りですね!」
試合を終えたイズルに、月乃は話しかけた。
「早いな。 そっちも試合だったんじゃないのか?」
「先輩の試合を見たくて瞬殺してきました」
「瞬殺したって、自分で言うやつはじめて見たぞ」
瞬殺を自称するだけのことはあり、月乃の試合時間は短い。
イズルは何度か月乃の試合を見ようとしたが、会場に着く頃には終わっていて、戦っているところを見ることはできなかった。
「さあ先輩、一緒に帰りましょう!」
月乃は上機嫌にそう言うと校舎に向かって歩き出す。
「なんかいいことでもあったのか?」
「先輩がお弁当の肉じゃがを美味しいって言ってくれたんです!」
「何時間前のことだよ……確かにうまかったけど」
「えへへ……」
イズルの反応に月乃の頬はさらに緩んだ。
「いつものところ集合ですよ!」
しばらくすると校舎が見えてきて、月乃は駆けていった。
「忙しい奴だな」
イズルも荷物を取るために教室に入った。まだ座学が始まっていない学校のリュックはとても軽い。
「うげっ、炎帝」
たまたま来たクラスメイトはイズルを見て逃げていった。
「別に好かれたいわけじゃないが、そこまで露骨にしなくてもいいだろ……」
イズルが教室を出ると声が聞こえてきた。
「ねえ君、どの部に入るか決まってる?」
「今悩み中です」
上級生による下級生の部活勧誘だ。
(懐かしいな……)
イズルも去年はいろいろな部活に誘われた。結局、勧誘された部には入らなかったが。
「せんぱーい!」
廊下を歩いていると声が響いた。あふれんばかりの笑顔を浮かべて走ってきたのは、月乃だった。
「待ち合わせじゃなかったのか?」
「早く会いたくてきちゃいました!」
えへへと声を漏らしながら月乃はイズルの前で立ち止まった。
「あれは……部活勧誘ですか」
「そうだな。 愛沢は部活決めたのか?」
「色々誘われていますが、入る予定はないですね。 それと月乃です」
月乃はそのまま歩き出そうとして止まった。
「あーでも、先輩が所属している部活には入りたいです」
「それなら帰宅部確定だな」
厳密に言えば、イズルは部活に入っている。
だがその部活は――イズル以外の全員が現在休学中で、現在は活動をしていない。
「帰宅部で学校と寮を往復するぐらいなら、なにか部活動した方がよくないですか? たしか作れますよね?」
「前に会長にも同じこと言われたな……」
「むー、あの女。 先輩を誘惑しようとはこしゃくな」
月乃は誰もいない場所に向かってパンチを繰り出した。
「会長と話したことがあるのか?」
「ありませんよ。 ですが先輩を狙う相手はみんな敵です!」
月乃はそう言うと鋭く目を細めた。その姿はまるで、外敵を排除し要素する猫のようだ。
「狙うって……会長が俺に興味なんかあるわけないだろ」
「先輩は無防備すぎるんです」
「なわけあるか」
話が長くなりそうだと感じたイズルは、月乃の言葉を無視して歩き出す。
月乃は少し慌てたようにしながらもその隣に並んだ。
「先輩は寮に帰ったら何をするんですか?」
「そうだな……普通なら明日の試合に向けて休むとかなんだろうな」
「ではお手伝いしましょうか? 今なら膝枕つきで場所の指定は自由。 お持ち帰りも可能です。 とってもお買い得ですよ!」
お店のつもりなのだろうか。月乃は手でハートマークを作るとウインクをした。
「男子寮は女子禁制だぞ」
「では屋外をご所望ですね!! なかなかマニアックな……」
「そういうことじゃねえよ……」
待ち合わせ場所だった第二演習場をそのまま抜け、さらに先へと進んでいく。そこはイズルがよく使う帰り道だ。
寮までは遠回りになるが、そのおかげで他の生徒はあまり利用しない。
少し前まではイズル専用の帰り道だったが、最近は隣にひとり加わった。
「さっきのお弁当のお話で思ったんですが、先輩は夜ご飯はどうしているんですか? 食堂で見かけたことがありません」
「食堂は人が多いからな」
食堂では、寮で暮らす生徒のために夕飯が用意されていて、ほとんどの生徒が利用している。
イズルも以前は食堂で食べていたが、孤立してからは一度も食堂に足を運んでいない。
しかも食堂は、集まって勉強をしたり、交友を深める場所として開放されている。
人を避けたいイズルが行くにはハードルが高すぎた。
「先輩は夜は何をして過ごしているんですか?」
「特に何も」
「先輩は夜は何を食べているんですか」
「あるものをその時の気分で」
月乃は立ち止まると、不満そうに頬を膨らませた。
「もしかして先輩、私とお話したくないんですか?」
「いや、そんなことはないが」
「本当ですか?」
月乃は急に黙ると、そのまま先に歩き出す。その小さな背中を見つめながら、イズルはどうすべきか考える。
質問の答えを改めて考えてみるが、わざわざ口にするようなことも浮かばなかった。
夜の過ごし方は、部屋で魔術書を読むか、第二演習場で魔術の練習をするかの二択だった。
他の生徒がみんなで集まって勉強をしたり、魔術を教え合うのと何も変わらない。
「夕飯はそうだな……適当に素材を焼いている」
「さっきの答えとあんまり変わってないじゃないですか……」
月乃はため息交じりに言うと、頬を少し緩ませた。
「先輩がご所望なら、夜ご飯も作りますよ?」
「それはやめてくれ。 2食も世話になったら味が分からなくなる」
「それは嫌なのでやめておきます」
遠回りのはずの道も話をしながら歩くとあっという間だった。
男子寮と女子寮の分かれ道。イズルは止まることなく進んでいく。
「先輩、また明日ですよ」
「ああ」
立ち止まった月乃は、離れていく背中をじっと見つめる。
「先輩……また明日ですよ」
声が漏れた。その声はイズルに向けたものではなかった。
だが、月乃の見ていた背中は左の肩が少し下がり、返事をするかのように反対の手が上がった。
開かれたそんぼ手のひらは、「またな」と言っているようだった。
「聞こえてましたか……」
月乃は恥ずかしそうに言うと、女子寮に向かって走った。走りながら気が付いた。
「先輩に食べたいものを聞き忘れた……」
それだけじゃない。もっと聞きたいことがあったはずだ。
そう思い返しながら、月乃は寮へと入っていった。
その一方で、まっすぐ寮に向かったイズルは考えた。
普段、夜に何を食べているのか。
「肉にチーズ、それからパンか」
夜に食べているものをノートにメモした。どれも炎で火を通して食べているだけ。工夫していることがあるとすれば、好きな焼き加減になるように火力を調整していることぐらいだ。
「栄養バランスが悪いとか言われそうだな」
月乃に言ったらどんな反応をされるのか想像して、イズルは思わず笑った。
「さて、寝るか」
明日はどんな一日になるのだろうか。1ヶ月前までは不安でしかなかったことが、今は少しだけ楽しみに思えていた。




