後輩と昼休み
魔導決闘祭2日目。午前中の試合を終えたイズルは、今日も第二演習場を訪れる。
「お疲れ様です先輩」
「何も疲れていないけどな」
それは本当だった。対戦予定だった相手は試合前に棄権し、不戦勝だったからだ。
そんな試合がなかったイズルよりも先に月乃は来ていて、木陰にレジャーシートまで敷いて出迎えの準備は万端だった。
「先輩、こちらへどうぞ」
イズルは言われるがままに座ると差し出されたお弁当箱を受け取った。月乃が昨日持っていたものよりも大きい─―男子高校生用のサイズのお弁当箱だ。
「ありがとう」
「えへへ……早く中を見てください! 頑張って作ったんですから!」
イズルがお弁当箱を開けると野菜や卵焼きと一緒に大きめの唐揚げがたっぷり入っていた。
「凄いな」
「頑張りましたからっ!」
話せば話すほど、月乃の言葉は弾んでいく。
それは聞いている側にも嫌でも喜びが伝わるほどだ。
「おすすめのおかずはどれだ?」
「月乃です」
「いや、愛沢なんてひと言も言ってないぞ?」
「先輩は会話が下手ですか?」
「おかずの話で名前を出してくるほうがどうかしてると思うが?」
言いながらイズルは、唐揚げを口に入れた。
鶏肉の肉汁が口の中に広がり、思わず声が出た。
「うまいな」
「……えへへ」
イズルの感想を聞いて、ただでさえ嬉しさで一杯だった月乃の笑顔には幸せが溢れた。
そんな笑顔に見守られながら食べるイズルには、少し照れ臭さがあった。
「愛沢も食べろよ」
「私は先輩が食べるところを見ていたいです」
「それだと緊張して味が分からなくなる」
「それは嫌ですね」
月乃はまた幸せそうに笑うと自分のお弁当箱を開いた。
その中に入っているのは、卵焼き・ウインナー・サラダだ。
「唐揚げは入っていないんだな」
「先輩のために作りましたから」
「そうか……えっと、ありがとう」
「こちらこそ、ありがとうございます!」
月乃は自分のお弁当を食べながら、イズルの様子をチラチラと伺う。
「次は卵焼きを食べてください! 力作なんです! あ、でも先輩の好みの味とかあったら教えてくださいね! 今度はその味にしますから」
言われるがままにイズルは卵焼きを口に入れた。ほんのりとした甘さで、食べていて優しさを感じた。
「次もこの味がいいな」
「本当ですか! じゃあまた作りますね!」
月乃はそう言いながら、箸を持っていない手で小さくガッツポーズをした。
月乃とふたりで昼食を食べながらイズルは思い出していた。
事件が起こる前は、パーティメンバーと毎日食事をしていた時のことを。昼は中央庭園に集まり、夜は食堂で一緒だった。
(また誰かと食べられる日が来るとはな)
気づけばお弁当箱の中身は空になってた。
「ごちそうさま」
「お粗末様でした……えっと、どうでしたか?」
お弁当箱を受け取った月乃は、じっとイズルを見つめる。
期待するように、だけどそれと同じぐらいに不安そうで、拳を握りしめている。
そんな月乃の視線から逃げるように、イズルは目をそらしながら答えた。
「うまかったぞ」
きつく握られていた月乃の拳は緩み、不安そうだった顔には笑顔が浮かんだ。
「では毎日作ってきますね!」
「俺としては嬉しいが……毎日は大変だろ」
「私が作りたいんです!」
月乃は全力で言い終えると、弁当箱を両手で抱えて走りだした。かと思うと急に立ち止まった、イズルの方をむいて叫んだ。
「明日もですよーーー!! 約束ですよーーー!!」
また背中を向けると月乃は去っていった。
「まったく、相変わらず忙しいやつだな……」
イズルは呆れたように言うと最後に呟いた。
「明日もか─―」
明日も誰かとお昼を過ごせる。そう思うだけで、イズルは心が軽くなるのを感じた。
月乃がいなくなった後の静寂さえも心地よく感じた。この静寂を、もっと噛み締めていたいと思った。
だが、その時間は長くは続かなかった。
「ひたっているところ失礼するよ」
話しかけてきたのは生徒会長・海崎メグリだった。彼女はイズルのそばに近づくと、まだ敷いたままのレジャーシートに座る。
「こんなところに珍しいですね」
「私だってまたには息抜きをしたくなることもある」
生徒会長・海崎メグリ。魔導決闘祭を勝ち進みながら、大会の合間に生徒会長としての仕事もこなす。
校舎から離れている第二演習場に来る余裕など、本来はないはずだ。
「さっきまで誰かいたのかい?」
「えっと、はい……」
「そうか。 そいつはよかったな」
メグリはそう言うと笑みを浮かべた。
「正直心配していたんだよ、君が孤立していることを」
生徒会長・海崎メグリは生徒にとって憧れの存在だ。その言葉ひとつで周囲を動かせるほどの絶大な信頼があり、それはもう信仰とも呼べるほどだ。
だからイズルは不思議だった。
「前から気になっていたんですが、どうして俺なんかを気にするんですか?」
他の生徒が会長を信仰するように、イズルも遠い存在だと思っていた。
圧倒的な実力者で、本来ならば自分が関われるような相手ではないと。
「有望な若者を見つけたら育てたくなるものだろ?」
「俺に力はありませんよ」
「君がそう思うのならそうなのだろう」
メグリはそれ以上何も言わなかった。
第二演習場は、校舎から離れていることもあって、人の声が聞こえない。
ただ静かに時間だけが流れ、穏やかなひとときがやってくる。
それは─―魔導決闘祭なんて大イベントをやっていることを忘れるぐらいに。
息抜きをしに来た――その言葉が本当だとイズルが感じ始めた時だった。
「時にイズル、君は相手を脅して不戦敗にさせたことに心当たりはあるかい?」
メグリの雰囲気は、さっきまでの穏やかな笑顔とは一変していた。
そこにいるのは紛れもない─―生徒会長の姿だ。
だがイズルには、後ろめたいことなどなにもない。だから思っていることを素直に答えた。
「ないですね。 そんなめんどうなことをするくらいなら、試合で勝ったらいいじゃないですか」
「それもそうだな」
メグリは静かに頷いた。その答えに、どこか安堵しているようにも見えた。
「会長は俺を疑っているんですか?」
「200%そうではないという根拠がない限り、疑うべきと思っているよ。 君に限らず、誰に対してもだけどね」
「会長らしいですね」
「まあ、でも……」
言いながら、メグリの表情が崩れていく。
そこにいるのはもう生徒会長ではなく――後輩の成長を見守る先輩で、暖かく穏やかな笑みを浮かべている。
「ボク個人としては、君がそんなことをしない人物であってほしいと思っているよ」
「それはどうしてですか? 俺は炎帝ですよ?」
イズルが自ら炎帝と口にすることは珍しかった。
それはイズルにとって、忌むべき呼び名――パーティメンバーを燃やしてしまった罪の証だ。
「理由は単純だ─―その方が楽しそうじゃないか」
重苦しく聞いたイズルに、メグリはいたずらっぽく笑った。
「意味が分かりません」
「君はそれでいい─―今はまだ」
メグリは立ち上がった。午後の試合の開始が迫ってきたからだ。
「明日でベスト16が決まる。 そこで勝てば準々決勝─―さらに勝てば準決勝。 いよいよ君と戦えるな」
「俺は勝ちますよ」
「そうでなくては困る。 もちろんボクも負けないけどね。 海崎メグリが生徒会長である限りは」
メグリは歩き出した。穏やかな風に吹かれ、腰まであるポニーテールが揺れた。
その背筋はまっすぐ伸びていて、歩いているだけでも堂々としている。
「会長に迷いはあるんだろうか」
その背中を見ながらイズルは思った。
イズルの心を縛るのは、パーティメンバーを燃やしてしまったという過去。
その過去から抜け出すためには、魔導決闘祭で優勝するしかなかった。




