異世界生物怪奇譚7:アコヤガイ
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から登るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
これはヤシマからバーイリンまで帰る時の話。
ナギのおかげもあって、荷はずいぶんと高く売れ、しばらく遊んで暮らせるほどの金額になっていた。
このままヤシマに定住しようか、と幾度も考えたが、残念ながらバーイリンへ戻らねばならない。
保険の解約、小切手の支払、商会への報告、旅の間ほったらかしだった我が家。
それに、狸汁やら珍しい物を仕入れることが出来れば、これもまた大きな利益になるだろう。
幸いな事に、売るだけではなく仕入れでもナギは顔が効いた。
座に加入していなければ、入れない市場に顔パスで入れてもらい、免税で売買が出来る。なにこの特権商人。
普通は高額な取引では、手形や小切手でのやり取りが当たり前だが、今回は大量の現金が懐でスタンバイしている。
ちょっとした買い物のために両替をしようとしても、ナギが隣にいるだけでタダみたいな手数料で割ってくれる。
隣で歩いてるナギのおかげなのだが、なんだか私も偉くなったような気がして、意気揚々と市場を物色していた。
私の仕入れのために来たはずだったが、2~3軒ごとにナギが遊びだす。
「おっ!それええなぁ!おっちゃん、これ一個包んでくれる?」
こっちの店で買い食いしだしたかと思うと、
「このお兄やん?うちが帰ってくるときに助けてくれた、命の恩人やで!安したってなぁ。」
そこら辺の商人に私を紹介し、
「最近開店したんか?看板が寂しいなぁ。うちが落書きしたろか?」
なんか新しい店の店主を弄っていた。
気さくな地元の名士のお嬢様という感じで、なるほどこれは人気になるなと。
お父さんはあんなに怖いのに。
そしていくつかの店を回っていると、ひと際目を惹くものがあった。
これは・・・真珠だろうか?
色は柔らかい白を基調としたものが多いが、赤青黄色、紫や黒だったり、変わった色のものもある。
特にショッキングピンクやライムグリーンのものは、わずかに発光していて、さながらゲーミング真珠とでも呼んだ方が良さそうな。
ナギを呼び止め、店の店主に許可を貰い、真珠を直接手に取り拝見させていただく。
表面は磨き上げられてつるんとしているが、層がある鈍い光り方は真珠で間違いないだろう。
色味でわかりづらかったが、他の色の真珠もほんのり発光していた。
そして、直接手に取ってわかったことがある。
やたらと魔力が濃い。
狸汁は液体で揮発性もあり、例えるならガソリンだったが、こっちは石炭。
素養がなければわからなかっただろうが、そこらの魔物が生成する魔石なんて目じゃないくらいの密度だった。
そういえば、バーイリンでも一度真珠を見た事があったが、一粒で家が何軒か買える金額なのはこれが原因か。
一通り確認した後、早速商談を始めた。
色が派手なゲーミング真珠は欲しい。あと、良いものばかり過ぎると売りづらいので、小さく地味なものもいくつか選ぶ。
金額は・・・車が何台か買えそうなお値段だったが、それでもバーイリンで買うより遥かに安い。十分の一以下だろう。
現地価格とナギの顔が効いて価格か。
普通だったらここから価格交渉なのだが、いくつかの粒を入れ替え、切りのいい金額に調整するくらいで即決し財布を軽くした。
あとは、細々とした他の商品やらを物色し、重い物はバーイリンの商会へ直接送ってもらうように依頼した。
何を送るかって?それは、もちろん味噌と醤油だ。
少しはカバンに入れていくが、樽ごとは持って行けない。帰りの道中は我慢しながら使わないと・・・
そうして、重かった財布もある程度ダイエットに成功し、市場を後にした。
帰り道に町の居酒屋で、少し早めの晩御飯をいただく。
まだ、日が高い時間から飲めるなんて、なんて良いご身分になってしまったんだろうか。
良い物も仕入れられ、美味しい酒と料理に舌鼓を打ちながら、上機嫌でナギと話をした。
「良い物が仕入れられて良かったよ。ありがとうナギ。特にあの真珠は素晴らしいねぇ。」
ナギもまた上機嫌で、ニコニコしながら答えた。
「そやろそやろ?うちも一個買おうかなと思ったんやけど、おとんにまた怒られるからなぁ。」
まぁ、いくら貴族でも、あんなものはポンポン買うようなもんじゃない。
そして、気になっていたことを聞く。
「真珠のあの魔力はなんなの?ここら辺の海は魔素が濃いとか?」
そう問いかけると、意味がわからないという表情でナギが返した。
「なに言うてんのお兄やん。アコヤガイが海におるわけないやん。」
私が思っていた、"アコヤガイ"とは違うようで。
そこから、詳しくナギに聞いていく。
海で養殖したりしているわけではなく、鍾乳洞に棲んでいるのを採るんだとか。
濃い魔素が結晶化し、壁にジャキジャキ生えている、絵に書いたような高難度ダンジョン。
もちろん、そこら辺のものとは格が違う化け物が闊歩し、耐性がなければ魔素酔いするような魔窟。
そんな環境で育ってるせいで、真珠がちょっとした神器くらいの魔力密度になっているらしい。
せっかくなので、その鍾乳洞を少し見てみたい。
出来るのかわからなかったが、ナギにお願いしてみた。
しかし、いつもとは違い、ナギの反応は鈍かった。
「うーん・・・そんな遠くないし、ええっちゃええけど・・・」
歯切れが悪そうに、続ける。
「うちが居っても、危ないからなぁ。お兄やんに怪我させるわけにもいかんし。お供を連れていくなら、まぁええけど。」
どうやら、あの超人的な戦闘力のナギでも危険なところらしい。
それを聞いた私は、やっぱり止めようかなんて考えていると、
「ツバキがお役目から戻ってきてたし、ちょうどええか。明日朝に門の前で集合な。」
あ、もう行く事になってしまった。
今までいろいろ危ないこともあったが、今度こそ神様との二次面接になるかもしれない。
そして翌朝。
宿場町の入口の門の脇にナギと、小柄な少女が立っていた。
ナギが大きいのもあるが、それを差し引いても背は低く、身体の線も細いせいで、ナギの半分くらいに見える。
「おはよう!お兄やん!この子がツバキな。こう見えて、うちが束になっても勝てんくらい強いんやで。」
そう紹介されたツバキは、ショートカットの黒い髪の真ん中に、不機嫌そうな顔を浮かべていた。腰には、その小さい背丈くらいありそうな、やたらと大きな太刀を一振り下げている。
「・・・よろしく。」
あんまり歓迎されているようには見えなかった。
まぁ・・・朝が苦手なのかもね。そう思うようにして、鍾乳洞へと向かった。
鍾乳洞までは思っていたより、ずいぶんと近かった。
街道をしばらく進み、脇道へ入り、川を一本渡り、日が昇り切らないころには入口へと着いていた。
「金目のもんとか、要らんもんは持ってきてへんよな?」
中に入る前にナギが声を掛けてきた。昨日の時点で注意されていたのだが、命以外は保証してくれないらしい。
もちろん、それに逆らうほど愚かではないので、言いつけをちゃんと守り、装備は最低限。金品や荷物は宿に預けてきた。
そうして、ツバキを先頭に洞窟へと入っていく。
入る直前に顔がチラッと見えたが、不機嫌そうな顔は変わっていなかった。朝が弱いわけではないらしい。普通に嫌われてるのかも。
火は焚かずに、明かりの魔法を撒きながら、奥へ奥へと入っていく。
入口から数十メートルは普通の洞窟だったが、鍾乳石が見えだすと景色が一変した。
乳白色の鍾乳石に合間合間に、紫に鈍く光る大きな魔石が混ざる。
水晶のように完全に結晶化した魔石。ヴェリンの大空洞でも珍しいレベルの代物が、あちらこちらにゴロゴロしている。
この結晶だけでも、売ったら大金になるなぁ。なんて考えていると、洞窟の壁面の異変に気付く。
こぶし大の小さい何か。岩のようにしか見えないが、岩は動かないので、これがアコヤガイだろう。
気になって、そちらの方向へ一歩踏み出そうとした瞬間。
「アカン!」
左腕を掴まれ、後ろへ引っ張られる。
声の主はツバキだった。不用意に近づこうとしたのに気付いて、止めてくれたらしい。
油断していたことに反省しながら、さっき掴まれた腕をさすっていた。
すごく痛い。後で腫れてきそう。
あと、ツバキの顔はもちろん怖かった。
一悶着ありつつ、さらに鍾乳洞の奥へ歩を進める。
奥へとは言っても、何百メートルも進んでるわけではないのだが。
分かれ道があり、左の道に入って20メートルくらい進んだところで、奥から足音が聞こえてきた。
ツバキが立ち止まり、ジリジリと警戒しながら後退を始める。
道が少し曲がっているのもあるが、音の主の姿は見えない。
そして、何秒か、何分かわからないが、足音は近づいてきて、そろそろ姿が見えそうだと思った時。
「伏せて!」
ツバキがそう叫ぶと、ナギに抱かれて押し倒された。
あら、ラッキースケベ。なんて思った瞬間、壁面のいくつかの岩が光り出す。
光に照らされ、足音の主が見えた。ねじ曲がった角の半獣の魔物。
その魔物と目が合った瞬間、岩から黄色い光の束が放たれる。
一面真っ白になるほどの光と衝撃。
くらくらとしながら立ち上がり、洞窟の奥を見ると、魔物だったものは壁に書かれた赤い現代芸術になっていた。
そこに壁面に張り付いていた、アコヤガイがわさわさと集まり、ペンキのように飛び散ったそれを掃除していく。
キルゾーンに入ると高火力な魔術投射をしてきて、獲物を捕食する貝・・・
もう、これ以上は私の身と精神が持たなさそうだったので、洞窟に入って一時間も経っていなかったが、帰ることにした。
その、洞窟内の帰り道。
「あ、あれいいんちゃう?ツバキ採れる?」
そう言われたツバキは、しばらく辺りを慎重に見まわす。
「大丈夫そうですね。少し離れていてください。」
返事をしたかと思うと、ツバキの姿が消えた。
そこから、3秒くらいだろうか?
何が起こるかわからず、待っていると壁の岩が一つポロっと落ちる。
それが地面に付くと、何もないところから、またツバキの姿が現れた。
そのアコヤガイと思われるものを持って、こちらへと戻ってきた。
危なくないのそれ?さっきの見たでしょ?
そんな事を考えていると、アコヤガイをこちらへ差し出してきた。
「壁から剥がしたら大丈夫ですよ。近くに他のがいたら危ないですけどね。」
複数いる時は、他の貝に察知されてアレを撃たれ、壁の染みへの仲間入り。
一匹だけなら、警戒されないように剥がしてしまえば無力化出来るんだとか。
そう説明されても、ダイナマイトでも持たされているようで、生きた心地がしない。
そして、いそいそと洞窟を抜け出すと、ツバキがアコヤガイを片手に懐から短刀を抜き出した。
「あんまり大きくはないみたいですね。でも、二つ入ってるから良いほうでしょう。」
そう呟くと、短刀の先で真珠を切り離し、地面に伏せて置く。
急いで飛び退き伏せると、二人はその様子を見て笑っていた。
「お兄やんだいじょぶやで。真珠無いし、壁から魔力吸えんなら、なんもでけへんから。」
真珠を抜かれたアコヤガイは、のろのろと洞窟へ帰って行った。
そんなこんなで宿場に戻ると、私は疲れと冷や汗からサウナへと向かっていた。
ナギとツバキは家に戻るそうで。ただ、渡すものがあるから、日が暮れたら居酒屋に集合だと。
サウナで疲れを癒し、休憩室でタヌキと戯れていると、良い感じに日も暮れてきたので居酒屋へ向かう。
朝とは違いツバキの姿は無く、来たのはナギ一人だった。
まぁ、そりゃそうか、と思いながら食べて飲んでとしていると、ナギが懐から小さな巾着を取り出す。
その口を開けると、小さな球を二つ取り出した。さっきの真珠だろうか?
ただ、その表面にはびっしりと小さい字が書きこまれていた。
ナギはそれを一つ摘まんで、私へと差し出す。
「これはお守りやで。大事に肌身離さず持っててな。」
受け取ると、表面の字が消えていく。ナギが持っていたもう一つも同じように字が消えていた。
「うん。ちゃんと出来てたみたいやね。もっかい言うけど、ちゃんと持ってなあかんで?」
何か魔術的なもののようだった。
ナギが私に害があるようなことはしないだろうし、何かの加護でもあるものなんだろうか?
気にはなったが、なんだか聞くのも野暮だと思ったので、ありがたく受け取り袋に入れ懐に仕舞った。
バーイリンに戻ったら、指輪かネックレスか、アクセサリーに加工してもらおう。
そうして、ヤシマでの滞在は終わりを告げようとしていた。




