異世界生物怪奇譚6:ライ麦
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から登るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
話はちょっと戻って、ブドウを収穫してから、ナギに出会うまでの間のお話。
そう、エルザの話である。
エルザの・・・エルザの・・・
ブドウの収穫が終わり、私はバーイリンへと戻っていた。
何故か、エルザという付属品と共に。
バーイリンへと着いた私は、早くエルザを何処かへ預けようと躍起になっていた。
修道院へ連れていったり、下級貴族や商館へ紹介したり、教会へ押し込んだり・・・
その間、隙を見てこっそり逃げて、どこに泊まるかも告げてなかったのだが・・・
気付いたら隣に居た。
もう、メリーさん以上のストーカー性能だった。GPSも無いのに、正確に追尾される。
そこから一週間も経った頃には、私の方が根負けしていた。
逃げられない・・・
全く。全く、望んだ結果ではないのだが、エルザを従者として雇うことになった。
タダでも良いと言われたのだが、それはそれで逃げるチャンスが完全に失われてしまう。
安すぎるとビジネスにならなくなるので、懐は痛かったがそれなりの金額を渡すことにしていた。
「ヤメェダさまぁ。次はどんな奇跡を起こすのですかぁ?」
「ヤメェダさまぁ。私の身も心もあなたのものですぅ。」
「ヤメェダさまぁ。もっと激しく罵ってくださいぃ。」
いや、もう無理。
それなりに気骨のある人物ならまだしも、私は一般的な現代日本人だった。
自分の都合よく、雑に扱えれば良かったんだろうが、そんな器量は私には無かった。
そうして、予定していなかった同行人を抱えることになってしまった。
それなりに余剰は持って稼いではいたので、すぐすぐに金銭的な問題には直面しないが、それでもなかなかの負担ではある。
月の賃金に、食費生活費、服やらその他雑費とか。
この時代の人を雇うというのは、生活全ての面倒を見るって意味も含まれるわけで・・・
無理やり押しかけられたのに、私自身の生活費より、エルザに対しての支出の方がよっぽど大きい。
かといって、粗末に扱えば私の品位が疑われるし、全面的に受け入れてしまえば、それこそ精神的な死が見えてくる。
頭を抱えながら、どうにか活用する方法を模索していた。
エルザは修道院に居ただけあって、読み書きは出来た。
簡単な計算も出来るし、天文や薬草の知識もいくらかある。
魔法は残念ながら使えなかったが、若いし農作業などで鍛えられているのか、腕力や体力はなかなか高い。
そう考えると、スペック的にはそんなに悪くなかった。
まぁ、性格が地雷系メンヘラというか、アグレッシブ狂信者なので全てが台無し。
それなりにいろいろな仕事を適度にこなすことは出来ていたが、良い打開策をなかなか見つけ出すことが出来ていなかった。
今までより人手が掛かるような仕事を選んだり、討伐依頼やらで収入は増やしていたが、それでもエルザを養う負担が重い。
そんな中エルザは・・・とても幸せそうだった・・・
推しの近くに居られて、金も生活の面倒も見てもらえる。そりゃ、良いよなぁ・・・
長かった髪は肩口で綺麗に切りそろえられ、そこには小さなバラの意匠の髪飾りが光っていた。
少し瘦せ気味だった頬もふっくら戻ってきて、顔はニコニコ、肌はツヤツヤ。
反面、私の精神はゴリゴリと削られていた。
全くプライベートの時間はなく、フルタイムでストーキングされ、金銭や身体的な負担も重い。
季節が一巡近く廻ったころ、ついに計画を実行に移すこととした。
「エルザ。今年はライ麦の収穫に行くよ。」
そう。ライ麦である。
中高地から北部だとメジャーなライ麦。寒冷で乾燥した土地でも育ち、"収量"が多い。
いつもの様子とは違い、エルザが控えめに答えた。
「あのぉ・・・私でも上手く収穫出来るんでしょうかぁ・・・」
いつもと違う様子に少し驚いたが、それも織り込み済みである。
「大丈夫。エルザなら上手に出来るよ。大丈夫。」
そうやって、いつもより優しく諭して、頭を撫でる。
まぁ、その夜が大変だったことは言うまでもない。
少し肌寒くなったころ、近くも遠くもないくらいの北東の集落へと足を運んだ。
そんなに大きい町ではないが、季節労働者や仕入れの商人で、普段よりは人が多く活気があった。
エルザの機嫌も上々である。そりゃそうなんだが。
到着したころには日も陰ってきていたので、その日はそのまま宿で一夜を過ごす。
翌朝、日が昇るか昇らないかの薄暗い頃に、ライ麦畑へ向かった。
ライ麦は"収量"が多い。何故か。まず、デカい。
人の背丈よりは明らかに大きくて、2~3メートルくらいある。
そして、ここからが「ライ麦」の本領である。
「エルザー!穂に鎌をゆっくり入れて!」
そう指示された、エルザがそーっと鎌を穂に当てると・・・
ライ麦の穂がチカチカと発光し、雪崩のように実を吐き出す。
そう、ライ麦は。確率で大量に収穫できる作物であった。
「おー!すごいねエルザ!大当たりだよ!」
もちろん、これは偶然ではなく、設定もとい収穫時期を選別してのものだった。
そうして、鎌を振るうごとに大量の実を吐き出すライ麦。
エルザも楽しくなってきたのか、どんどんと畑の奥に踏み入り、収穫を続けて行く。
ただ、必ずしも全てが当たりというわけではなく、たまにはハズレの穂もある。
「ヤメェダ様ぁ。これはハズレでしたぁ・・・」
しょんぼりしながら、エルザは後ろを振り返った。
だが、そこにヤメェダの姿はなかった。
そう、これがヤメェダの戦略だった。
ほぼ常時ストーキングされる。だから、ストーキングを避ける瞬間を作らなければならない。
普通の依頼や業務をやっても、こちらへの集中が途切れることがない。
だから、その集中を切らすための、なんらかの仕組みが必要だった。
そこで思いついたのがギャンブルだった。
上手くいくかは賭けだったが、想定以上にのめり込んでくれた。
あとは、ハズレが出るまでの間に出来るだけ遠くへ逃げるだけ。
若干、無責任な気もするが、賃金はちゃんと渡してるので、贅沢をしなければ2~3年は余裕で暮らせるだろう。元修道女なんだから、修道院に戻っても良いし。
上手くいったのか、エルザの追跡が切れた。
今までは長くても数時間しか振り切れなかったが、二日経っても、三日経っても姿は見えない。
もちろん、人目を避けるルートを通り、目深にフードを被って、出来る限り痕跡も残さないようにしていた。
それでも数日は、寝てもわずかな物音で目を覚まし、起きたら寝汗でぐっしょり。
交番にポスターが貼られている指名手配犯は、こういう気持ちなのかもしれない。
そこから逃亡資金を作るために両替を待っていると、少し大柄な女性がこちらへと近づいてきた。




