異世界生物怪奇譚29:モルモット
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から昇るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
バーイリンを出発してから、足掛け三ヶ月。
ようやく新大陸にある、魔王の住まう首都へと辿り着いていた。
人の多さで言うならば、バーイリンや他の王都の方が多いのだが、街並みは高度に整備されていた。
他の街なら、大通りは綺麗でも路地に入ればゴミや汚物に塗れているものなのだが、綺麗に石畳が敷かれ、掃除も行き届いている。
ヤシマの街も清潔だったが、路面が舗装され、街灯もある分、こちらの方が上かもしれない。
そんな整った街を進み、現地の商会を探す。
大した量ではないのだが、持ってきた交易品を売らないといけないし、情報を仕入れるには商会が一番だ。
ということで、適当にそこら辺の露店で、買い物をして商会の場所を聞き出した。
大きな商会が四つほどあるそうだが、この通りの奥の角にある商会が一番大きいらしい。
僅かな支払いを済ませ、奥へと進んでいくと、その建物が見えてきた。
白塗りの壁に、貴族の家でも滅多に見ないようなガラスの窓が嵌っていた。
入口にはブリキの看板が掛かっていて、この街の文明レベルの高さと豊かさが伝わってくる。
戸を叩き、中に入るとローカウンターがあり、受付の女性が座っている。
角が生えているので、角付きなのだが、他で見るようなガッシリした筋骨隆々な姿ではなく、普通の人間と同じくらい華奢で。
勝手にそういうものかと思い込んでいたが、獣人だって全てがポールみたいな体格なわけではないし、体格が良いものばかりが他所へ出稼ぎにいくんだろう。
受付の女性に要件を伝えると、席に掛けて待つように伝えられる。
ちなみに商会に入ったのは、私とポールとナギだけ。エルザとサエグサは邪魔になりそうだったので、ツバキをお守りに置いて外に待たせていた。
それなりに待たされるかと思っていたが、一分も経たずに品の良い老紳士が出てくる。
「ヤメェダ様、それにポール様ですね。お噂はかねがね伺っております。」
ポールはどこに行っても有名人だが、私もどこからかはわからないが名を知られているようだった。
簡単に挨拶を済ませると、さっそく懐から袋を二つ取り出し、差し出す。
一つは宝飾品、もう一つは黒胡椒。ベタすぎるが、持ち運びが楽で、どこでも良い値で売れるものと言ったらこの二つだ。
老紳士は簡単に品を確認すると、スラスラと紙に数字を書いていく。
「これくらいでいかがでしょうか?」
提示された金額は想定していたより、二回りくらい高かった。
それに、大金を扱うにしては、あまりにもあっさりとし過ぎている。
不審に思い、それとなく探りを入れてみた。
「いやはや、私の浅い考えなどお見通しですな!今後も良いお付き合いをさせていただきたいと思いまして、その手数料でございます。」
かしこまった態度は崩さず、朗らかに笑い飛ばし、では、と続けてくる。
「古大陸での活躍、またヤシマの真珠の話は、海を渡ったこちらでも吟遊詩人が歌うほど。商いに身を置く者としては羨ましい限りでございます。もしや、そちらの女性はナギ様でございますか?」
狙いは見えてきた。
私をダシにヤシマとの交易をしたいんだろう。ロマンと利で動く、根っからの商人らしい。
だが、既存の航路を使うなら、往復で一年近く掛かってしまい、利が出るどころの話ではない。
どうするつもりなのかと聞くと、老紳士は嬉しそうに語り出した。
「まだ、しばらく先の話ではございますが、西回りの航路が出来上がりつつあります。それが出来上がった時、ヤシマは東の端ではなく、西への入口となります。その時、一番乗りしたいと、どの商人も思うでしょう。」
さらに、と老紳士は続ける。
「明日、王が出席される園遊会が開かれます。是非、お三方も来てくださいませんか?」
老紳士が身を乗り出してくると、ナギが机をバシンと叩く。
「おい、おっさん。それはお互い身の丈にあわんのちゃうんか?ウチの一存で決められることでもなければ、おっさんが決められる話でもないやろ。」
空気が凍り付いた。ナギを宥めようとすると、老紳士が頭を下げる。
「おっしゃる通りです。国交を決める話に聞こえてしまったのであれば、申し訳ございません。未来の話をし過ぎてしまいましたが、今の段階でお願いしたいのは、"私"がお三方を園遊会へ招いたという事実を残せられれば良いのです。その後どうなるかは、王や元老院が決めることでしょう。」
それを聞いたナギは珍しく、考え込んでいた。
ポールは日頃とは全く違うナギの姿に、目を丸くしていた。
「なぁ、お兄やん。これ、行っても大丈夫なやつなんか?どう思う?」
急に選択肢を振られて、私も考え込んでしまった。
しばし逡巡し、ゆっくりと切り出した。
ポールもナギも公式な出席となると影響が強い。なので、あくまでも招かれたのは私だけで、ポールとナギは従者として同席する。
公式な名簿にはポールとナギの名前は残さない。
妥協点として提示してみると、老紳士は深く頷いた。
「そうですね。突然の幸運に気が急いていたようです。無礼な申し出となり、申し訳ございませんでした。」
改めて老紳士が頭を下げると、私たちは商会を後にした。
「ほな、また明日な。おっちゃん。」
ナギもこう言っていたから、とりあえず大丈夫だろう。よく分からんけど。
そして、退屈そうに待っていた、外の三人と合流すると宿へと歩いていった。
普段とは違う緊張で、私の足は重かったが。
大通りの露店では、色とりどりの野菜や肉、日用品や細工物だったり、こういう光景はどこでも似たようなもので。
ただ、少し珍しいものがあった。
小さな木の檻に、大きめのハムスターみたいな動物が入っている。
それを見つけたエルザが、小走りにその檻へ近づいていった。
「ヤメェダさまぁ!ネズミさん!かわいいですぅ!」
あ、かわいいけど、たぶんそれはペットじゃなくて食用・・・、と言おうと思うと檻の中のそれは喋りだした。
「旅人さんかな?ボクはネズミじゃなくて、モルモットだよ。」
喋るやつか。ある意味、一番危険なやつだ。
驚いているエルザを前に、モルモットは続けた。
「ボクは君たちに食べられるために、ここで売られているんだよ。それが役目だからね。」
うわぁ、こういう系統のヤツかとゲンナリしていると、エルザは可哀そうだと憐れんでいた。
「可哀そうではないよ。確かに、ボクに自由はないかもしれない。でも、外で暮らしている仲間たちは、雨風に打たれ、ピューマに襲われて死んでしまうかもしれない。それに比べたら、暖かい部屋で、何不自由なく暮らせただけで幸せさ。」
こいつが犬なら、配られたカードで勝負するしかないとか言いそうだ。
これ以上、話を聞いていると精神衛生上良くないので、手を伸ばしてバタバタするエルザを引きはがして、改めて宿へと向かった。
街並みと同じように、宿はとても綺麗で廊下にも照明が付いている。
荷物を降ろして、しばらくくつろいでいると、ドアを叩かれ食堂へ呼ばれる。
こういうところは、国が違っても、高い宿でも安い宿でもあまり変わらない。
食堂へ行き、テーブルに着くと次々に食事が運ばれてきた。
豆や芋が入った、温野菜サラダみたいなものに、少し厚めに焼かれたトルティーヤ。
そして、細い骨が付いた、肉入りのスープ。
テーブルの端では、ナギとサエグサが給仕を呼び止めて、料理の説明を聞いていた。
あまり、大通りでの出来事を思い出さないようにしながら、それにスプーンを入れようとすると。
「モルモットかぁ。実験動物を食べるだなんて、なかなか出来ない経験だねぇ。」
サエグサが要らん事をつぶやく。
「おっ!美味しそうやなぁ。あんま食べるところ無いんかと思ってたけど、意外と食べ応えありそうやん。」
ナギも続けて、追い打ちを掛けてきた。
だんだん、エルザの目に涙が浮かんでくる。
やめてあげて!食べられなくなっちゃうでしょ!
涙目でプルプルしてるエルザを慰め、料理を交換したりして、なんとか夕食の時間は終わった。
部屋に戻り、ベッドに横たわり、明日の事を考える。
魔王はどんな人物なんだろうなぁ。園遊会って何するんだろ?
そんな事を思いながら、夜は更けていった。




