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異世界生物怪奇譚  作者: 入舟三叉


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異世界生物怪奇譚30:ジャガー

ここは異世界、ナイラーヘイムル。

日は東から昇るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。

そんな世界。の少し変わった生き物のお話。


日は変わって、園遊会当日。

会は昼過ぎからなのだが、いろいろと準備やら手続きやらのために、早めに商会へと顔を出す。

早めに着きすぎたのか、商会の主人はまだ来ていなかったので、お茶を出してもらってしばらく待つことになった。


ぼんやりと椅子に座って待っていると、ナギが服を摘まんで言う。

「なぁ、忘れてたんやけど、園遊会行くのにこの服はあかんやろ。従者どころか、庭いじりの使用人やで。」

そう言われ、ナギ、ポール、自分の服と眺めたが、確かにそうだった。

ナギは良い生地の着物を着ているのだが、色は地味だし、長旅でかなり痛んできている。

ポールはと言えば、ところどころ金属の鋲が埋められた革鎧なのだが、これも歴戦の傷が浮いていて、悪く言えばボロボロである。

私なんかはさらに酷く、マントとバッジのおかげで旅人っぽいが、それが無かったら、良くて町民、悪ければ農民のような恰好で。

しかし、服なんて余分に持ってきてないしなぁ、と話していると商会の主人が戸を開け入ってきた。


服が、と切り出そうとすると、

「もちろんご用意しておりますよ。さすがのヤメェダ様でも、行商に来て園遊会に出席させられるとは思ってなかったでしょう。」

商会の主人は冗談交じりに笑いながら言うと、私たちを外へと連れ出した。

そして、商会の二軒隣の服屋に入ると、5人ほどの店員が布や紐を持って待っていた。

「時間もあまり無いので、さっそく合わせていきましょうか。ヤメェダ様とポール様はこちらへ。ナギ様はそちらの女性の方へ。」

それぞれの部屋へ連れていかれると、あっという間に服を脱がされ、紐で測られたり、いくつかの布を被せられたり、洗われる犬みたいにされるがままにされていると、ほどなくしてそれは出来上がった。


私は白い腰布に、黄色いシャツ、上から柄物の短めのポンチョ。

ポールはシンプルだが、端に刺繍の入った貫頭衣で、脇からは筋骨隆々な肉体が見えている。

もっとシックな感じかと思っていたが、民族衣装っぽいのが正装なのかなぁなんて思いながら、部屋を出て入口の方へと戻る。

ナギの方はまだ終わっていないようで、姿が見えない。

ナギはどっちのスタイルになるんだろうか?貫頭衣の方だと、だいぶセクシーになっちゃうような。


そんな事を思いながら、しばらく待っていると、別の扉が開きナギが出てきた。

フリルが付いたミニスカのメイド姿で。

「こちらでも、最新の流行を取り入れた服を取り扱っているんですよ。売れ行きも好調で、月に百着近く出ています。」

商会の主人は誇らしげに語っていたが、その流行は取り入れなくていい。

偉い人が集まる会にこれは良いのか?従者といえば、従者の衣装なのではあるが。


そうこうしていると、日も高く昇っていて、園遊会の会場へと連れていかれる。

場所は宮殿の脇の庭園で、そこにはいくつものテーブルに料理が並べられ、身なりの良さそうな人たちがあちらこちらで談笑していた。

商会の主人は受付で記名を済ませると、あちらで待っているようにと、庭園の端を指差してどこかへと消えていった。

その木陰でぼんやりと待ちながら、挨拶周りでもした方が良いのかとナギに聞いてみると。

「お兄やん、大人しくしといてな。こっちから声掛けたらあかんで。」

ナギに大人しくしとけと言われるとは思ってもいなかったが、こういう場での勝手はわからないので、黙ってそれに従う。


しばらく待っていると、庭園の中央で出し物が始まるのだが、ナギはその場を動かない。

こういうものには飛びつきそうなものだが、見に行くのもダメなんだろう。

そうして、辺りの声も騒がしくなってきた頃、商会の主人が人を連れてきた。

「こちらがバーイリンの商人のヤメェダ様。隣に居るのが、ポール様とナギ様でございます。」

その連れてきた若い男に私たちを紹介すると、今度はその若い男の事を紹介してくれた。

「こちら西方侯のテクトラル様です。以前からヤメェダ様の事はご存じだったそうなのですが、王都にいらっしゃると聞いて是非お会いしたいとのことで場を設けさせていただきました。」

なんで貴族にも知られているんだ。別にそんな大したことはしてないはずなんだが。


そのテクトラル侯は、丁寧にお辞儀をすると、私の手を両手で掴む。

「お噂はかねがね!世界を股に掛ける、豪商の伝説をお聞かせください!あちらに料理もご用意させていただいてますので、ポール様とナギ様もご一緒にどうぞ!」

なにやらガッツリ食いつかれ、あれよあれよと料理の盛られたテーブルへと連れていかれる。

そして、口に入れた料理を飲み込む間もなく、次から次に旅についての質問をされ、テクトラル侯は目をキラキラとさせながらそれを聞いていた。


しかし、何かおかしい。

噂の又聞きにしては、ずいぶんと具体的に質問される。

北方に行った時の話なんて、バーイリンの商会の人間くらいしか知らなさそうなものだが。

疑問に思い、どこから知ったかを尋ねてみると、懐から一冊の本を取り出した。

「これです!これを読んだら、誰でも旅に出たくなります!講談でも人気ですし、今度歌劇もやるとか。」

そうして渡された本を持つと、目次も読まずに奥付を開く。

サエグサ。やっぱりお前のせいか。人の旅路を勝手に脚色して売るな。


しばらくすると、今度はポールとナギに興味が移ったようで、ようやく私は食事にありついていた。

緊張もあって、いまいち味がわからなかったが、香草や香辛料がふんだんに使われ、彩りも鮮やかだった。

肉は・・・骨が太めだったから、モルモットではないだろう。たぶん。

切り分けられた肉を食べながら、辺りを見回していたのだが、魔王はどこに居るんだろうか?

商会の主人に聞いてみると、身体をそちらへ向けて教えてくれた。

「あのロタンダの横の天幕にいらっしゃるのが魔王様ですね。」

そう言われた方を見ると、黄色いテントの裾は白い薄布で覆われ、ほんのりシルエットだけが映っていた。

ぜんぜん分からんじゃないか。

魔王を拝んでおきたかったのにな、と思っていると会はお開きになるようで、使用人たちが片づけを始める。


テクトラル侯はまだ話し足りなさそうだったが、別れの挨拶をしてその場を離れた。

庭園を出ようとすると、今度は別の集団に声を掛けられる。

体格の良い、壮年の角付きが五名ほど。

何の用だろうかと思っていると、先頭の偉丈夫が告げてきた。

「魔王様がお呼びです。他の従者の方もお連れのうえ、明日10時に宮殿までお越しください。」

魔王に謁見?それに、他の三人も連れて?

事情がぜんぜんわからない。魔王様もサエグサの小説を読んだとかなのか?

断れるような感じでもなかったので、申し出を承諾すると、宿へと帰っていった。


宿に着くと、とりあえずサエグサを詰めてから、園遊会に行かなかった三人の服を用意してもらいに服屋へ行く。

エルザはかわいい服に喜び、サエグサは背が高すぎてちょっとホラーな感じになっていた。

ツバキは元々メイド服をずっと着ていたので、色味が少し変わったくらいだったが。

そうして、服を合わせてもらうと、日も暮れてきていたのでまた宿へと戻り、王都での二日目の夜は更けていった。


翌日。

軽く朝食を済ませると、6人で宮殿へと向かった。

私が一番まともな恰好をしているはずなんだが、ポール+メイド4人に囲まれていると、私の方がおかしいような気もしてくる。

ほどなくして、宮殿へと着くと、謁見の間へと通された。

ちょっとした体育館くらいはある、広間で窓は大きく、白い柱が印象的なシンプルな作りだった。

奥には少し段差があり、その上に金色の屏風が立っている。

僅かに声が聞こえるので、その奥に魔王がいるのだろう。

謁見の間を奥へと進もうとすると、不意に袖を引かれた。

「お兄やん!ストップ、ストップ。この辺で待っとかなあかんて。」

ナギは小声でそういうと、片膝立ちになって頭を下げた。

ツバキも同じように頭を下げていて、私やポールもそれに倣って床に膝を付く。


私たちが全員床に膝を付くと、奥から声が響いてくる。

「この者たちと話をする間、お前たちは外で待っておれ。」

魔王がそう言うと、その従者たちは次々に謁見の間から出ていった。

思っていたより多かった従者たちが、出ていくのを眺め終わると、また奥から声が響く。

「段の上まで上がってきてくれ。礼は不要だ。」

どうしていいかわからずにいると、ナギが合図を出してくれたので、それに従って歩を進める。

わずかな階段を昇り、屏風の脇を回る。


「あ、やっぱりヤマダさんとサエグサさんかぁ。良かったぁ。」

そこには現世での同僚がいた。


北島和樹。

私やサエグサの後輩なのだが、こいつまでこっちの世界に来てしまっていたとは。

虫も殺せないような優しい男の子で、背も低く、童顔なせいで一部の女子社員からはとても人気があった。

しかし、その頭には今は五本の角が生えていた。転生して、魔族になったのかと聞いてみると。

「え?これ?取れるよ。」

取れるんかい!

なんでも、新大陸に転生したはいいものの、どうしていいか分からずうろうろしていたら、年老いた貴族に拾われたのだとか。

そして、角が無いと異種族として虐められるかもしれないと、それっぽく見える角を作ってくれたそうで。

そこから、先代の魔王が崩御して、拾ってくれた貴族も亡くなった時に中央の役人に見つかり、「五本角だ!魔王様の生まれ変わりだ!」と、気付いたら魔王として祭り上げられていたと。


魔王になってからは、現代知識を活かして、鉄を作らせたり、科学研究させたり、石油掘らせたりしてたら、サエグサの書いた話が新大陸にも回ってきて、どうアプローチしようか迷っていたそうな。

さらっと書いたけど、地味に世界征服しようとしてないか、こいつ。


いくつか現世での昔話をしていると、キタジマが本題をと切り出してきた。

「ヤマダさんたちは現世へのゲートは見つかりましたか?こちらにはあったんですが、起動させるための魔力が足りなくて。」

現世へのゲート?そんなものがあったのか。知ってたら探してたのに。

サエグサが「それ、めっちゃファンタジーじゃん。カズきゅん、ちゃんと魔王してるねぇ。」なんて、わけわからんツッコミをしているところでふと思い出す。

そういえば、カボチャ持ってきてたな。


バーイリンでうっかり作ってしまった巨大カボチャから収穫した、七色のカボチャ。

持ってくるつもりではなかったのだが、留守の間に爆発でもしたら困るなぁとカバンの中に入れていた。

「キタジマ。魔力だったら、最高級の逸品があるぞ。」

そうして、ツバキにお願いして、宿まで取りに行ってもらった。


ツバキの足なら大した時間は掛からないだろうと思っていたが、なかなか戻って来ない。

それに警報みたいなものが鳴ったり、なんだか騒がしい。

キタジマが一人だけ残していた従者を表へ向かわせると、どうやら一悶着あったようで。

当たり前と言えばそうなのだが、超危険物である七色のカボチャが検知魔法に引っかかりまくり、衛兵が総出動する事態になっていたらしい。

しばらくすると、なんか疲れた感じのツバキと従者が戻ってきていた。


そのカボチャを手渡すと、キタジマは眺めながら驚く。

「これはすごい。これなら、現世に限らず、違う時空の扉も開けそうですね!」

いや、現世で良いのよ。これ以上変な世界には行きたくない。

そうして、キタジマがこちらへと促してくると、謁見の間の奥がガチャガチャと動き、下りへの階段と変化していった。

「こういうの良いですよね。男のロマンというか。」

確かに、こういうギミックは嫌いな男なんていない。だが、どちらかというと、ナギとサエグサの方がはしゃいでいて、女の子のロマンでもあるのかもしれなかった。


その暗い階段を降りていくと、謁見の間の半分くらいの空間に辿り着いた。

壁にいくつかの魔力の照明が灯っているくらいで、装飾も調度品も何もない。

その奥には、人の背丈くらいの黒いジャガーの像がぽつんと立っている。

キタジマはそれに近づくと、なにやら呪文を唱え始めた。

それが終わると、ジャガーの像が輝き、像だったものは台座から降りると、ゆっくりこちらへ近づいて来る。

そして、あと2~3メートルまで来たところで、地面に座る。

何が起こるのかと、ドキドキして待っていると、黒いジャガーは尻尾と身体を丸めて、床で寝始めてしまった。


これにはキタジマも予想外だったのか、黒いジャガーに駆け寄って問いかける。

「ジャガー様。何が足りないのでしょうか?ゲートを開けるに十分な魔力をお持ちしたのですが・・・。」

黒いジャガーは、片目だけ開けると、めんどくさそうに返した。

「まだ、魔王が倒されておらんじゃろう。終わってから呼んでくれ。」

魔王はキタジマなんだが、倒すってどうすればいいんだ?

もちろん殺したりするわけにはいかないし、どうして良いか悩んでいると、サエグサが呟く。

「形だけやっておけばいいんじゃない?魔王が倒された、っていう既成事実があれば。」

そんなものでいいんだろうか?だが、他の案も浮かばないので、とりあえずやってみることにする。


私とキタジマで、困惑しながら視線を合わせると、私はわざとらしく「まおう、かくごー。」と言いながら、ゆっっっっくりと拳を振りかざす。

キタジマはキタジマで、「きたな、ゆうしゃめ。」なんて棒読みのセリフを吐きながら、外したままにしていた角を急いで嵌める。

コツンという音もしないくらい、私の拳がキタジマの頬に着地すると、魔王は「やぁらぁれぇたぁ~。」とゆっくり地面へ倒れ込んでいった。


そうして、黒いジャガーの方をチラチラと伺うと、黒いジャガーはのっそりと身体を起こしてきた。

「まぁ、それでいいじゃろう。魔力とやらを出さんかえ。」

さっき倒されたばかりの魔王が、黒いジャガーにカボチャを持っていく。

黒いジャガーはそのカボチャをクンクンと嗅ぐと、頭を上げて告げる。

「これだけあるならじゅうぶんじゃろう。門はすぐに開くぞ。準備はええか?」


どうやら、現世へのゲートはすぐにでも開くようだった。

サエグサとキタジマと目を合わせる。

トントン拍子に来てしまったが、これを逃すと次は無いかもしれない。

思い残すことはいくつもあったが、私たちはこの世界の住人ではない。

わずかな沈黙の後、私は黒いジャガーに門を開くようお願いしていた。


黒いジャガーが一声吠えると、七色のカボチャは宙に溶け、光の粒子となって門を形作る。

「開いたぞ。長くは持たんから早くいけ。」

後ろを振り返りながら、キタジマ、サエグサと光の門へと入っていく。

ゆっくりと別れを告げたい気持ちもあったが、ナギ、ツバキ、エルザ、ポールと目を見て手を振り、「ありがとう。」と一言だけ告げて、続いて門に入っていった。


思えば、長かったような短かったような。

現世が嫌いだったわけではないが、こちらでの生活はそれなりに充実していたように思う。

世界を旅し、いろんな人に会い、変わった生物に振り回され。

その日暮らしだった生活はいつしか安定し、邸宅に同居人もいる。

いきなり現世へ帰ることになってしまったが、ナギやツバキ、エルザは大丈夫なのだろうか?

ポールは大丈夫だろうけど、バーイリンまでちゃんと帰れるかな。

そんな事を思っていると、門の中の光はだんだんと強くなり視界が真っ白になっていく。


船酔いのような、ふわふわした感覚を味わっていると、なんだか懐が熱い。

そういえば、ナギにお守りの真珠を持たされてたんだったなぁ。ちゃんと言いつけは守って、懐に入れているよ。

しばらくすると、光は収まってきた。

地面に立っている感じはするのだが、なんだか誰かに抱かれているようで暖かい。

眩しくて目を閉じていたが、ゆっくりと目を開く。


そこにはナギの顔があった。

あれ?現世に戻るんじゃなかったんだっけ?

混乱していると、ナギが微笑んでいた。

「お兄やん。おかえり。」

周りを振り向くと、ツバキとエルザとポールも私を囲んでいた。

「ヤマダさん?家に帰るまでが旅ですよ?」

ツバキがいたずらっぽく笑う。

「こちらに居ていただかないと困りますぅ。」

エルザは泣いて縋りついてきていた。

「お前がいなくなったら、宿代は誰が払うんだよ。」

ポールがそれを眺めながら鼻を鳴らす。


魔王は倒したのに、現世へは戻れないらしい。

そうして、私のナイラーヘイムルでの旅は続いていくのだった。


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