異世界生物怪奇譚3:ブドウ
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から登るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
これはナギに出会う少し前。
美味しい、美味しいワインがどうやって生まれているか。
その原料である、ブドウの収穫の怪奇譚。
いつものように、あれこれと依頼をこなしたり、物を買ったり売ったり運んだりしていると、懇意にしている商館から「お願い」をされた。
どうやら、戦乱で人が駆り出されたとかで、ここから少し西にあるブドウの産地で人が足りないらしい。
普通だったら、収穫されたものを運んだり、潰して樽に詰めたりを手伝えばいいのだが、収穫の選別から人手が足りないそうで、早めに現地に入って欲しいと。
あまり気乗りはしなかったのだが、手当が良かったのと、出来上がったワインの仕入れに便宜を図ってくれるとのことで、渋々了承した。
商人なのか、便利屋なのかわからんが、冒険者とはだいたいそんなものである。
特に危険もない道中なので、適当に荷造りを済ませて、乗り合いの馬車で西へと向かった。
道中でネギが暴れていたり、豚が飛ぶ群れに遭遇したりしたが、この辺りの地方では季節の風物詩といったところか。
特にスケジュールの狂いもなく、予定通りに現地の修道館へと着いた。
「バーイリンのクラウヅさんの紹介で来ました、ヤメェダです。よろしくお願いします。」
そうやって代表の修道女に簡単に自己紹介をすると、何人かの若い修道女が荷物を取りに来てくれた。
戦乱で男手が無いとは聞いていたが、全く男性が居ないのも珍しい。
ハーレムなのか、肩身が狭い思いをするのか、イマイチ感覚が分からないが、促されるままに客間に通され、その日は眠りへとついた。
翌朝、食堂でそれなりの食事を頂くと、最初に荷を運んでくれた小柄な若い修道女が、案内してくれるという。
小一時間掛けて、そんなに広くない修道館を案内してくれると、次は本題の畑に連れていってくれるそうで。
年のころは13か14かというところだろうか?まだ、幼さが残るが、利発そうな少女だった。
名はローサと言っていた。
今回の戦乱より前に戦争孤児として、保護されていたそうで、若いが修道館内ではそこそこ先輩だとかなんだとか。
いろいろと紹介してくれながら、友達の話やら、勉強した魔術の話やら。目鼻立ちも整っていて、現代ならアイドルにでもなれそうだが、お年頃の女の子という感じであった。
そして、ところどころ段差があるところは手を引かれ、目の前に広がるのは一面のブドウ畑。
綺麗に列をなし、高さや幅も揃えられていて、管理が行き届いていることが伺える。
そして、いざ畑に入ろうかというところで、ローサが立ち止まった。
「ヤメェダさん。ご存じかもしれませんが、ブドウの言葉を聞いてはいけませんよ。」
ブドウの言葉?なんの話だろう?
ナイラーヘイムルに来て数年は経つが、そういう話は聞いたことがなかったので、ローサの言葉に困惑した。
「ブドウの言葉って何?何か呪詛でも掛けられるの?」
単純にわからなかったので、ローサに問いかけた。だが、思っていたのとは違う回答で。
「全てです。雑音として、耳を傾けてはなりません。」
先ほどの天真爛漫とは言わないまでも、年相応だった表情とは打って変わり、ローサの表情は固く緊張しているようだった。
過去に何かあったのだろうか?聞きたい気持ちと、野暮だと思う気持ちからなかなか踏み出せないでいると、手を引かれ、ついにブドウ畑に足を踏み入れた。
「この辺りは、あと3日くらいです。今は、僅かに皮が透けていますが、中が見えないようになったものから収穫していきます。」
なるほど。見て覚えろじゃなくて、ちゃんと教えてくれるのね。
この辺は、この世界にしては優しい。世界がじゃなくて、この子がなのかもしれないが。
そうして、いくつかの樹を見ていくと、何か声が聞こえてくる。
近くには私とローサしか居ないはずだが、確かに人の声が聞こえる。
「今日も良い天気ね。いつまでもあなたと一緒に居たいわ。」
「当たり前だろう。ずっと一緒だよ。」
なんだこれ?そんなに大きくないが、何か聞こえてくる。
その声の出どころを探そうと、キョロキョロ見まわしていると、ローサが近寄ってきて私の手を取った。
「いけません!これは毒なのです。聞こうとすると、悪しき者に囚われてしまいます。」
そうして、ローサは私の手を引っ張り、ブドウ畑から修道館の方へと連れていった。
そうして、少しブドウ畑から離れると、ローサは蹲って頭を抱えていた。
「あれが、そう、人を狂わせるのです・・・。ブドウが・・・。」
元々白い肌が、さらに青ざめているようで、酷くショックを受けているようだった。
さっきとは打って変わり、ローサの手を引き修道館へ戻ると、年嵩の修道女に話を聞いた。
聞くことは単刀直入に見て聞いたままである。
ブドウが喋るのか。
収穫を妨げるようなものなのか。
老いた修道女は、軽くため息を吐くと、朗らかな表情で語り出した。
「その通りでございます。ブドウの樹と実の会話に、心を病むものが多いのです。」
さらに、一呼吸置いて続ける。
「私なんかは慣れていますが、若い修道女やあなた様のような手伝いに来てくださった方には、なかなか刺激が強いようで。罪悪感から、作業が手に付かなくなったり、錯乱するものもいるのですよ。」
うん。ブドウのラブロマンス。
小説やドラマが無い環境だと、耳に毒かもしれない。
そうして二日経ち、待ちに待った収穫日。
緊張した面持ちの若い修道女たちと、部外者の私。
収穫のための籠を持って、いざ畑へ。
「今日も太陽が素敵ね。あなたの葉も輝いているわ。」
「そうだろう。私はいつも君を優しく抱いているよ。」
なんか、雑音が聞こえるが、無視してブドウの房を千切る。
「あぁ!あなた!離れたくないわ。助けて!」
「可哀そうなジュリエット!今助けてあげるよ!」
千切るたびに何か聞こえるが、ブドウとわかっていれば何の問題もない。
スルースキルを身につけた現代人を舐めてはいけない。業務を遂行するにおいて、雑音は雑音である。
そうやって、若い修道女たちが耳を塞いだり、おっかなびっくり収穫しているのを尻目に、私は次々にブドウを収穫していった。
なんか、ちょっと大きめの声がしたりもしたけど、雑音は雑音なので、無視してどんどん収穫する。
そうして、日も少し高くなったところで、本日の収穫は終わり。
籠一杯の喧しいブドウを脇に抱え、修道館に戻ってくると、いろんな感情の目を向けられる。
なんか英雄視してるような羨望の眼差しもあれば、汚物を見ているような冷めた目もあるし。
ここまで世話してくれたローサは、なんか複雑な心境みたいな表情だったが。
そして、ワインにするなら、収穫した後は潰す工程である。
もちろん、こういう時代感なので踏む。踏んで潰す。
で、想定はしていたが、ブドウが敷き詰められた大きな桶には、阿鼻叫喚の声が響き渡り、さながらホラー映画。
ローサなんかは、役割的にも踏まないといけないのだが、なかなか足が竦んでいるようで。
しかし、私はそんなものは気にしないので、裾をまくって桶に足を踏み入れる。
「ピギャー!」
「やめてぇ!痛い!」
「助けて!死んじゃう!」
まぁ、想定通りの言葉が聞こえてくるが、ブドウが喋ってるとすればそんなもんだろう。
潰されたブドウは、大きな樽に移され次の工程へと進んでいく。
私はひたすら叫ぶブドウを狩り、潰していくを二週間ほど続けたのだが・・・
ローサは最初はなかなか勇気が出なかったようだが、淡々と続けて行く私の姿を見たからか、3日くらい経ってからはいっしょに作業をしていた。
他の若い修道女は、3:7くらいで積極的に参加するのは少なかったかもしれない。
そこでちょっと問題が起こった。問題という話なのか、よくわからんが。
最初に収穫してきた時に、羨望の眼差しを送ってきていたエルザ。
年は20を過ぎたくらいで、ローサに比べると、かなり成熟したお姉さん。
前髪が長く、ちょっと陰鬱な感じにも見えるが、顔立ち自体はそれなりに綺麗な。
それに懐かれてしまった。懐くというか崇拝?
「ヤメェダ様!悪しき者も意に介さない、意志の強さ!崇高さ!孤高さ!是非、私にもご慈悲を♡」
ブドウを収穫して潰しただけで、どうしてこうなった。
そうこうしながら、本題の一つである仕入れのために、サンプリングをしていた。
今年収穫したブドウは、まだまだワインにはなってないので、過去に醸造されたワインを味見させて貰う。
美味い。めちゃくちゃ美味い。
気候風土的にも良さそうとは思っていたが、想像以上の出来で驚いた。
2~3樽味見したところで、手形を取り出し数字を書いて、握手していた。
少し肌寒くなってきたくらいで、予定の日程も終わり帰途に就くことになった。
一番、身近で世話をしてくれたローサなんかは、手紙を書いて「また来てください。」なんて涙ながらに手を握ってくれた。
他にもやんちゃでいたずらばかり仕掛けて来ていた子や、遠巻きに見ていた子たちも、出発の時には見送りにきてくれていた。
わずかな時間ではあったが、こういう田舎旅行なんてのも良いもんだなぁと、しみじみとしていた。
エルザ。お前以外は。
帰りの馬車に、何故お前が乗ってる。
呼んでない。同行も許可してない。腕を組むな。




