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異世界生物怪奇譚  作者: 入舟三叉


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異世界生物怪奇譚2:タヌキ

ここは異世界、ナイラーヘイムル。

日は東から登るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。

そんな世界。の少し変わった生き物のお話。


これは、この世界へ来て数年たったある日の話。

ごくごく稀にではあるが、大きな街では日本人っぽい人種を見かけていた。

ナイラーヘイムルで言う、中国っぽい文化の五華人は割と見てはいたのだが、ちょっと顔つきや服装が違うヤツがたまに居る。

まぁ、そこら辺を歩いている見知らぬ人に、お前は日本人か、と聞くわけにもいかないので、今まではスルーしていた。

そんな時、好機が訪れた。


両替で割られた銀貨を待っていると、その女が立ち止まった。

身長は170cmにちょっと足りないくらいだろうか。

長い髪を後ろで結わえ、簪を指していた。

紺のゆったり目の着物に薄紅色の帯を締め、帯留めには翡翠が光っている。

腰には本差、脇差と二刀携え、袖の裾から見える腕は、女性にしては太く力強そうであった。

少し、険のある顔だったので、恐る恐る声を掛けた。

「あのぉ、日本から来られましたか?」

話しかけられた女は、さっきの冷たい表情はどこへやら。

ニコニコしながら、捲し立てて答えた。

「ニホン?ニホンってどこぉ?ウチはヤシマから来たんよ。ヤシマ知らん?」

関西弁だった。ついでにちょっとギャルだった。

ナイラーヘイムルに関西があるのか知らんが。


ヤシマは日本の古い呼び名の一つである。

これは日本的なものが期待出来ると思い、なんとかその女から情報を引き出すべく、話す時間を貰おうとあれこれお願いをしていた。

今の人が端から見れば、ナンパかキャッチセールスみたいに見えたかもしれない。

最初は難色を示していたが、礼に甘い物をごちそうすると言うと、「そんなん、はよ!言うてよぉ!」と言いながら腕まで組んできた。

あれ?なんか、成功したのか失敗したのか。

そうして、カップルというより連行されているような感じで、引きずられるように喫茶店へと入っていった。

席に着くなり、目をキラキラさせながら、身を乗り出してくる。

「奢ってくれる言うたやんな?好きなん何でも頼んでええんやろ?」

男に二言は無いが、さっき両替した銀貨が無くなりそうな勢いだった。

焼き菓子にジャムにフルーツ、ポット入りのお茶にと、テーブルにところ狭しと積まれていく。


「甘い!美味しい!サイコー!で、なんの話やったっけ?」

あ、向こうから切り出してくれた。本題は忘れてなかったらしい。

地理、歴史、文化、技術、宗教、食生活などなど、私が覚えていた限りの江戸時代くらいの日本の事を聞いていった。

微妙に違和感はあるが、彼女の話を総合すると概ね期待してた事と大きく相違してはいなかった。

距離は早くて3~4カ月くらいの道のりで、入国は制限されているそうだが、それもなんとかなるとかなんとか。

で、この女性(ナギさんと言うらしい)は有名な武家だそうで。

腕試しと見分を広めるためにフラフラと西の果てまで旅してきたが、路銀も尽きてきてそろそろ帰るそうな。

私にとっては渡りに船だった。

遠路はるばるの旅になるし、土地勘も無ければ、一人で旅するには危険なので、是非と同行をお願いした。


「えぇっ!?私は良いとこのお嬢様やのにぃ。身の危険を感じるわぁ」

よよよ、と科を作ったが、袖の端から目を覗かせて。

「まぁ、お兄さんがウチを手籠めに出来そうにないし、まぁええか。ぎょーさんおごってもらったし、路銀貸してくれたら手形も都合つけたるわ。」

どうやら、ずいぶん懐はさみしかったようで。

そうして、私はヤシマで売るためのものを仕入れ、3日ほど掛けて保存食やらギルドの通行証やら旅の荷づくりをしていた。

その間ナギは、酒場で腕相撲をしたり、通りで大道芸をしたり、近所の子供と遊んだり・・・

良いところのお嬢さん・・・とは?


そんなこんなで準備は整い、極東への旅が始まった。

街道を歩き、馬車に乗り、船に揺られ、山を登って、森を抜け。

長い旅路であれば、山賊や海賊だったり、動物や魔物やら危険も多いのだが・・・

全く、そんなことはなかった。

ナギが強すぎた。

私も異世界に転生してきてから、冒険者や交易商としてそれなりに旅をして、剣も魔法も自信はあったのだが、そんなレベルではなかった。

両手じゃ足りないくらいの野盗を相手に、時代劇さながらの殺陣を披露したかと思えば、数メートルはある飛竜を一刀で切り伏せる。

女だてらに数千キロを無傷で旅をしているだけあって、そんじょそこらの騎士様なんかじゃ及ばないほどの腕前だった。


道中で私が腹を壊して、数日熱を出して寝込んだトラブルはあったが、概ね順調に季節が変わる頃にはヤシマへと辿り着いていた。

(同じものを食べてたはずなのに、私だけ・・・?)

本来であれば、何度かやり取りをして金を収めねばならないそうなのだが、本当に良いところのお嬢様だったらしく、鶴の一声であっさり入国が許された。

出島では異国情緒溢れる建物が多かったが、そこを抜け市街に入ると見慣れた光景が広がってきた。

見慣れたとは言っても、時代劇や日光江戸村で見た街並みなのだが。


そして、通りに入ると以前聞きなれていた言葉が聞こえてくる。

発音やイントネーションは少し違うが、紛れもない日本語だった。

さっそく、持参していた香辛料や宝石を売ろうと、いくつかの店で交渉していく。

「お兄やん、どこでなろたん?カタコトやけど、喋れてるやん。」

私がヤシマの言葉を喋れたのが不思議だったのか、ナギは珍しく困惑した表情で、頬に指を当て首をかしげていた。

そうして、荷の一部を現金に換え、宿場でご飯を頂くのだが・・・

味噌!醤油!干物!米!

ナイラーヘイムルへ来て、数年ぶりの和食である。

若干、目頭を熱くさせながら、パクパクと食べていると、ナギが声を掛けてきた。

「お兄やんの口にあったようでよかったわぁ。ウチの家までは、まだあと二週間くらい掛かるから、もうちょっとやで。」

そうか、地理が同じであれば、長崎から関西まではそのくらい掛かるのか。

ふと、薄れてきていた日本地図を頭の奥から引っ張りだしながら、ふむふむと唸りながら飯をかき込んでいた。


そこから陸路で関西まで歩いて行ったのだが、まぁ野盗は多いわ、獣は強いわ。

大陸に比べれば、遥かにハードモードな環境で、これで無事なら大陸なんてチュートリアルだなぁと。

そんなこんなで関西まで辿り着いたのだが、なんかおかしい。

市街に入ると人が増えるのだが、何故か人と同じくらい・・・

タヌキがいる。


そして、そのタヌキはエサを貰ったり、撫でられたり、なぜか店に入って行ったり・・・

「ナギ。この・・・タヌキは・・・なんなの?」

私がその様子に困惑して、問いかけるとナギは一瞬きょとんとして答えた。

「おタヌキ様がどないしたん?あっちじゃ見やんかったけど、こっちだと普通やで。」

どうやら、タヌキが街を闊歩しているのは普通のようだった。生類憐みの令でも出されて、タヌキ保護が叫ばれているんだろうか。


しばらく歩いていると、ナギの実家が近づいてきたようで、先に話を付けてくるから、日が暮れるまで街で暇を潰しておけと言われた。

サウナ的な施設が多いから、汗と旅の疲れでも癒してこいと。

嬉しいことだが、私の記憶ではサウナは無かったはず・・・と違和感はあったが、勧められたし行かない理由はなかった。


かなりサウナは多いようで、八百屋や万屋なんかよりもたくさんあった。

その中から比較的大きく、表も綺麗だった店の暖簾をくぐる。

「いらっしゃい。大人一人だね?」

そう言われ、銅銭を何枚か番台に置いて中に入った。

ぱっと見、銭湯っぽい感じだ。これもまた懐かしい。


服を脱ぎ、荷物を籠にまとめて棚に押し込むと、てぬぐいを手に奥へ進んでいった。

いくつかの扉があったので、とりあえず真ん中の扉を開く。

・・・!?・・・・・・???

なんだろう。タヌキしかいない。

タヌキが洗い場で身体を洗い、サウナ室に入り、出てきて水風呂に浸かっている・・・

その様子に呆けていると、後ろから声が掛かった。

「お客人!そっちはおタヌキ様の方ですぜ。人間はあっち!」

そうやって、引っ張り出されると、左の扉の方へ押し込まれた。

あ、人間がいる。


こっちは普通の銭湯だった。サウナ付きの。

洗い場があって、大きな湯舟があって、サウナと水風呂があって。

まぁ、入ってるのも普通の人間で(多少異人種や亜人もいるが)、大陸でもある一般的な公衆浴場的な感じ。

材質が石造りではなく、ヒノキやスギのような木材なのは、土地柄ということなのだろうか。

サウナには大陸とは若干色味が違う、レンガや石造りの部分もあったが。

困惑ともやもや感はありつつも、じっくりとサウナを楽しみ、浴室を後にした。


そして、休憩室のようなものも完備されており、冷たい飲み物まで売っている。

大陸の方では、冷たい飲み物なんて貴族が行くような店にしかなかったのに、どうやって用意してるんだろうか。

キンキンに冷えた、微炭酸のどぶろくを飲みながら、休憩室の脇に目をやると。

タヌキだ。

床に座って、小さい湯飲みで何か飲んでる。


もう、あんまり驚かなくなってきた。

タヌキが居ても普通。タヌキイズベーシック。

慣れてきたのか、現実逃避してきたのか、タヌキに脳を汚染されてきていた。

若干、どぶろくのアルコールにふわふわとしながら、日が暮れてきたのでナギとの約束の場所へ向かった。

ナギのお父さん(大名的な貴族らしい)には話がついたそうで、私が仕入れてきた交易品は、良い値でまとめて買い取ってくれるそうな。

その代わり、路銀を借りた事は内緒にして欲しいとのことで。

ナギの分の路銀なんかより、交易品が売れる利の方がよっぽど大きいので、懐的には助かったと思いながら、ナギに聞いた。

「おタヌキ様って、なんでサウナ入ってるの?」

ナギは珍しく、腕を組みながら二三回頭を振って、少しづつ説明してくれた。


まず、地域によって違うが、関西だとタヌキが文化や宗教的な存在なのだそうだ。

建国神話やさまざまな伝承に繋がっていて、タヌキはとても大事にされていると。

まぁあれだ。インドの牛みたいなものかもしれない。

次にそういう関係で、高度に保護されていて、人間と同等かそれ以上に扱われていると。

エサをあげ、撫でて毛づくろいをし、歩いてくれば道を開ける。

冬が来れば家に入れ、亡くなれば葬式を上げ、墓も建てると。

そして、一番重要なのがこれ。

タヌキは非常に強い霊的な力を持っていて、高温になると高い魔力を含んだ液体を分泌する。

そのため、慰労施設兼、効率よく分泌物を集めるための施設がサウナであると。

また、その分泌物がとんでもない代物だそうで、冷却装置に使えば一滴で三日三晩氷点下近くまで冷やせるんだとか。


通称「狸汁」

秘薬に使えば尋常ならざる力を得、装置に使えば高度な燃料となる。

もちろんたくさん取れるものでもなければ、効果も強力なので、取り扱いは制限されているらしいが、これが技術や文化の根底にあるらしい。

地域が違えば、それがキツネだったり、クマだったりするようなのだが。


うん。狸汁。

鍋じゃないのかぁ。エリクサーなのかぁ・・・

狸汁。食べたかったなぁ・・・

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