異世界生物怪奇譚25:カモメ
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から昇るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
暑かった夏も終わり、少しひんやりとしてきた頃。
ずいぶんと放置してきたが、そろそろ新大陸に行ってみた方が良いかと思うようになってきていた。
しかし、新大陸に関する知識はあまりなかった。
知っていたのは、たまにあちこちで会う角付きの亜人が新大陸の住人であること。
他には、そこに"魔王"がいるらしい、ということくらい。
バーイリンでもたまに角付きを見かけることはあったので、直接聞けば早いのだが、最近は姿が見えず。
知り合いの商人や冒険者にも聞いてみたが、あまり詳しくはないようだったので、大きな教会の図書館へ向かうこととした。
街の外れにある大聖堂。緑の屋根が特徴的で、この辺りでは一番大きな図書館を持っている。
部外者だとなかなか図書館へは立ち入らせてもらえないのだが、ナギの謎の交友関係で蔵書を見せていただけることに。
そして、ナギを入館証代わりに連れていき、インクの匂いが漂う図書館へと入っていった。
当てもなく探していくわけにもいかないので、蔵書目録を見せていただき、新大陸関係の文献を探していく。
そうやって、目録のページを捲っていると。
「なぁなぁ。絵草紙ってどの辺りかなぁ?」
ナギが覗き込んできた。
おそらく、ナギが求めている本はここには一冊たりともないのだが、暇そうにしていたので民話や伝承の棚を伝えた。
収穫はないだろうが、多少の暇つぶしにはなるだろう。
私は目当ての棚を見つけると、いくつか手に取り、開いて数ページ捲り、棚に戻すを繰り返していた。
十数冊それを繰り返したところで、ようやくそれらしきものが見つかる。
新大陸発見から、文化、歴史を纏めた写本が。
航路、民族や政体、気候風土や動植物も事細かに記されていた。
概ね、現実世界のアメリカ大陸と似たようなもので、違うと言えば魔王の統治する国家があるくらいか。
古い文体で読み進めるのが難しかったが、奥付まで辿り着くと意外な一文に固まってしまった。
著者 "I.Yamamoto"
いや、そんなことは・・・たぶん、違う山本さんだろう。
それを読み終わると、念のためあと何冊か捲ってみた。
しかし、関係が無い話だったり、内容が重複していたりしたので、本を片付けロビーの方へ戻る。
そこには、ナギが何冊かの本を机に並べ、頬杖をついて退屈そうに待っていた。
"北方の古神話"、"美味しい秋の料理レシピ"、"花占い:山岳の花"
暇すぎて迷走しているようだった。本を戻すのを手伝うと、むくれて駄々をこねるナギの手を引いて家へと帰った。
そこからは断片的に手に入る情報から、西方や南方の依頼をわざと受けて情報収集を続けていた。
わかっていたことではあったが、魔王に侵略されているなんてことはなく、少なくはあるが定期的に交易船が行き来しているそうで。
天候が悪くなければ、一ヶ月弱で辿り着くらしい。
ただ、海流の関係で魔王の王都がある南部へは直接行けないので、北部の港で降りてそこからは二ヶ月ほどの陸路なんだとか。
いろいろと調べたはいいものの、魔王の討伐なんて言われても、現実感が無いし気も乗らないので、適当に交易を兼ねた視察旅行にしよう。
そう思い、あれこれと根回しや準備を始めていた。
ツバキとナギは連れていくとして、エルザとサエグサは置いていきたい気もあったが、往復で半年以上かかるので、そんなに長期間二人を置いておくわけにも・・・
ということで、家の手入れや商会関係もあちこちに頭を下げたりして、みんなで新大陸へ行く事となった。
馬車に揺られて、西海岸まで二週間ほど。
西の山を越え、ブドウ畑を通り、小麦の平原を抜けると、青い海が見えてくる。
開けた港町に着いたが、船はまだ着いていないそうで、何日掛かるかわからないがしばらく待たないといけないらしい。
宿に荷物を降ろすと、女性陣はまだ行きだというのに土産屋を回ってくると言って、連れ立って出かけていってしまった。
私は一人残され、暇だったので海でも眺めようと、海岸の方へと歩いていった。
クァゥ、クァゥ、クァゥ。
砂浜の方にはカモメがたくさん飛んでいて、沖からの風でふわふわと漂っていた。
しばらく眺めていると、何羽かが集まって編隊飛行をしたり、バレルロールを披露したり、急降下したかと思えば水面スレスレを飛んでみたり。
なかなか面白いじゃないかと思い、それをゆっくりと腰かけて眺めていた。
だんだんと日が傾き出し、空がオレンジ色に染まり出すと、何羽かがまとまって集団でバレルロールを始めた。
見事なものだなぁと見ていると、それとは別の数羽が急降下からの低空飛行を始めた。
今日の締めでもやってるのかなぁ、と思っていると、その数羽がそのままの勢いでこちらに迫ってくる。
危ないと思い、急いで立ち上がると、目の前でスタッと着地した。
なにがなんだかわからず、混乱して身構えていると、次から次に群れのカモメが集まってきて、私を取り囲んでくる。
輪の左側には急降下してきた5羽のカモメがいて、右側には別の5羽が固まっている。
他のカモメたちは、それらと私を取り囲むように、輪を描いて首を上げてピーピーと甲高い声で鳴いていた。
もしかして・・・
なんとなくカモメの意図がわかった私は、右側のカモメを指差した。
そうすると、左側のカモメはうなだれて輪から出て行き、指された右側のカモメは大きく甲高い声で鳴き出した。
あぁ・・・やっぱりそういうことなのね。
しばらくすると落ち着いたのか、輪は解散し、カモメたちは潮風に乗って何処かへと飛んで行った。
宿に戻ると、女性陣は部屋に戻っていて、ナギが何かの飾りを手に持っている。
私の姿に気が付くと、それを後ろ手に隠し、明後日の方向を向いて口笛を吹き始めた。
そうして、小一時間ナギに説教をしていると、部屋の戸が叩かれた。
夕食の準備が整ったので、食堂に来るようにと。
食卓に着くと、献立は港町らしく、海鮮たっぷりのブイヤベースみたいなスープがどーんと出てくる。
この辺りだと、白身魚とエビが良く採れるのか、皿からはみ出るくらいの魚介が詰まっていた。
北方とも南方とも違う味わいで、ハーブがしっかり効いていて、香味野菜も多い。
お飲み物はキリっと辛口の白ワインが添えられていて、これが濃厚な海鮮スープに良く合う。
ツバキがそれを水のように飲み干す横で、エルザがベロンベロンになり、サエグサは限度を超えてしまったのか顔を青くして気持ち悪そうにしていた。
そして翌日。
まだ、船は着いていなかったので、私はまた砂浜へ行っていた。
今日もまた、カモメが風に乗り曲芸飛行を繰り広げている。
それを眺めながら、砂浜に飛行パターンを枝で書いていると、一羽のカモメが降りてきた。
私が砂浜に書いたそれを、そのカモメはしばし眺めると、ピーと高く鳴く。
その声を聞いたのか、さらに何羽かのカモメが降りてきて、同じように砂浜に書かれたものを見ている。
一通り見て満足したのか、飛び立ちまた編隊飛行を始めた。
もしかして。
そう思い、砂浜に新たにいくつかのパターンを書いてみた。
しばらくすると、またカモメたちが空から降りてきて、それを見終わると空へ戻っていく。
そして、私が書いたパターンをなぞるように飛び始めた。
やはりそうだ。パターンを書けば、それを覚えて飛ぶんだ。
仕組みがわかったので、私は大きく複雑なパターンを書き出した。
フリーハンドで書くのも難しかったので、途中で宿屋にロープを取りに行き、長さを測ったり、杭を打ってコンパスのように円を書いたり。
時間は掛かったが、数十羽が交差する、複雑なマスゲームのようなパターンが砂浜には描かれていた。
カモメたちはそれを見ると、空に上がって真似をしようとするのだが、複雑だからかなかなか上手くいかない。
空中でぶつかってしまったり、間が空いたり、同じルートを何羽も通ってしまったり。
ちょこちょこ何羽か降りてきて、パターンを確認しにくるのだが、あまり上達していないようだった。
その様子にだんだんやきもきしてきたので、口笛を吹いた。
カモメたちはそれを聞いて、ゾロゾロと空から降りてくる。
そして、私はカモメたちにパターンを枝で指したり、身振り手振りで演技指導をしていた。
ある程度伝え終わると、空を指差し、それを見てカモメが飛び立つ。
まだまだ、上手とは言えないが、さっきよりもスムーズに動くようになってきた。
そこから数日。
船がなかなか来ないことを良い事に、私はカモメの編隊飛行に熱中していた。
「そう!良いよ!下から、グッと上に。OK良いね!」
「違う違う。そこは左から、内に入ってグルっと回って!」
「お前ならやれるって。大丈夫。もう一回、続きからやってみよう!」
2、3日経ったころには、遠くからでもどれがどのカモメなのか見分けがつくようになっていた。
羽の端が少し黒いピー助は、面倒見が良いリーダーで率先してみんなを引っ張ってくれたし、くちばしの黄色が濃いチュンは最初は下手だったのにずいぶんと上達して・・・
十日ほど経った頃、新大陸からの船が着いて、カモメへ別れを告げることになった。
口笛で呼び寄せると、身振り手振りでお別れを伝える。
うなだれるようにしているものや、大きくピーピー鳴いているものもいたが、残念だが私は旅立たないといけない。
そして、カモメの鳴き声に後ろ髪を引かれながら、新大陸行きの船へ私は乗り込んでいった。
錨が上がり、帆が開かれ、船は港を離れていく。
甲板で少しずつ遠くなっていく、港を眺めていると、カモメの群れが飛んできた。
ピー助、チュン、みんな。見送りに来てくれたのか。
そうして眺めていると、カモメたちが編隊飛行を始める。
次々に空に幾何学模様を描いて、技を決めていく。
そしてクライマックス。一点に全羽が飛び込んで、花火のように開くところ。
練習だと、結局最後まで成功させられなかった。
今までの練習を振り返って、感傷に浸っていると、カモメたちは円を描いたところから、一糸乱れず一点へ集中していく。
そして、空には白い大輪の花が咲いていた。




