異世界生物怪奇譚23:アヒル
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から昇るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
ホップの収穫から、街がビールの濁流に飲み込まれて数日経ち、アルコール臭かった川も、いつもの様子に戻ってきていたある日。
普段は家で料理を作って食べる事が多いのだが、月に数回は近所の食堂にみんなで夕飯を食べに行っていた。
夕飯とは言っても遅い時間ではないので、帰りは沈みかけの淡い夕陽を眺めて帰る。
ふと、橙色に照らされた川を見ると、アヒルの親子が泳いでいた。
白い親鳥に連れられ、黄色いヒナたちと、一羽の灰色のヒナが。
「あれは"みにくいアヒルの子"かな。」と、私がつぶやくとサエグサが答えた。
「そうかもね。大きくなったら、綺麗な白鳥になるのかな?」
そんな話をしていると、エルザが不思議そうに首を傾げる。
「"みにくいアヒルの子"ってなんですかぁ?白鳥さん?」
あぁ、そうか。ナイラーヘイムルにはそういう童話はないのか。
簡単にあらすじを話そうとすると、サエグサが割ってきて語り出した。
日頃から、ストーリーを考え、本を書いてるだけあって、サエグサの語る"みにくいアヒルの子"は、感情豊かにドラマチックに語られ、あたかも叙事詩かのような壮大さだった。
時折、汚い方向に脚色が入るので、ツッコミと修正は必要だったが。
「そうなんですねぇ!綺麗な白鳥さん。楽しみだなぁ!」
「せやな!ちゃんと大きくなってくれるとええなぁ。」
賑やかにエルザとナギが灰色のヒナの成長を願う中、ツバキはヒナの行方を穏やかに眺めていた。
アヒルを見つけてから、二週間ほど経った頃。
また、食堂へ行った夕日の帰り道で、川を眺めているとアヒルの親子が泳いでいた。
気付いたナギが声をあげる。
「あっ!アヒルや!だいぶ大きくなってるやん!」
成長が早いもので、まだまだ親鳥に比べれば小柄で黄色いが、最初に見つけた時に比べればずいぶんと大きくなっていた。
群れの後ろについていく、灰色のヒナもかなり成長していて、大きさだけなら親鳥に近いくらいの大きさかもしれない。
ヒナたちの成長をしんみりと見守りながら、邸宅への帰り道を歩いていく。
サエグサがアヒル×白鳥なのか、白鳥×アヒルなのか、というクソみたいな話をしていなければ、もっと良かったのだが。
さらにそこから二週間ほど。
アヒルのヒナたちはすっかり大きくなり、どっちが親鳥なのかわからないほどに成長していた。
その白い列の後ろには灰色のヒナが続いていく。
だが、おかしい。見た目はヒナのフォルムなのに、親鳥の倍くらいある。
その様子を見て、エルザは喜んでいた。
「白鳥さん大きくなりましたねぇ。良かったですぅ。」
いや、大きくはなったけど、なんか違う。
あれは、白鳥じゃないかもしれない。
そして、それから少し経ち、変わらず生活を続けていると、商会から依頼が入ってきた。
"巨大な"ヒナをなんとかしてほしいと。
まさか、あの白鳥(仮)か?しかし、この前見た時の感じだと、大きいとは言え"巨大"と形容するほどではなかったと思うが。
そうして、ツバキを連れて現場を見に行った。
以前に見かけたところよりは、上流に移動していたようで、そこは川幅は狭く、水深も浅い。
そんな小川にそれはいた。
頭頂高は3メートルほどあるだろうか。浅い川の川底には足が着いていて、もはや泳がずに歩いている。
羽が生え変わってきているのか、色は斑になっていて、それがまた奇妙な姿で。
どうするか。
ツバキも居るし、多少大きいとは言え駆除するのは難しくはない。
しかし、成長を見守ってきたこともあり、それは忍びなかった。
悩んでいると、ツバキが心配そうに提案してきた。
「ヤマダ。湖に引っ越ししてもらったらどうかな?せっかく、ここまで大きくなったのに・・・」
確かに、それは私も同じ思いだった。
いくら仕事とは言え、白鳥(仮)を駆除すれば、ナギとエルザも悲しむだろう。
ただ、これをどうやって近くの湖まで連れていくか。
ロープで縛るか、気絶させて馬車に乗せていくか、なんて物騒な方法を考えているとあることに気がついた。
あんなにデカいのに、律儀に親鳥(たぶん他人)に付いていく。
うまく行くかは賭けだったが、それは成功した。
親鳥(養父?)の首に細い紐を掛け、犬の散歩でもするように引っ張っていくと、ゾロゾロと群れが付いてくる。
最後尾には白鳥(仮)もちゃんと付いてきていた。
アヒルの足なのでずいぶんと時間は掛かったが、なんとか湖まで辿り着き、アヒルたちは水に入っていった。
湖の奥に入ると、水深が足りたのか白鳥(仮)も足を引っ込めて水の上に浮いてくれて。
そこからは何日かおきに白鳥(仮)の様子を見に行っていた。
最後まで成長を見守りたいというのと、どこかへ逃げだしたら困るというのもあって。
アヒルも湖を気に入ってくれたのか、そこに定着し、白鳥(仮)はどんどんと育っていった。
全長はもう、7~8メートルくらいあるだろうか。隣のアヒルが豆粒のように見える。
ずんぐりむっくりしていた身体はどんどんスリムになっていき、首はスラリと伸び、顔も凛々しくなっていた。
色はくすんだ灰色だったのが、徐々に赤くなっていき、いつの間にか鮮やかな赤とオレンジに染まっていた。
「おー!大きくなったなぁ!ピーちゃん、あんな小さかったのになぁ。」
ナギはそれに勝手に名前を付けていた。
「そうですねぇ。マルちゃんが元気に育ってくれて、良かったですぅ。」
エルザはエルザで、違う名前を付けていた。
そうして眺めていると、白鳥(仮)が大きく羽を広げ、羽ばたき始めた。
水面に大きく波が起き、アヒルたちが流されていく。
身体が重く、なかなか飛び立てないのか、バタバタと羽ばたきを繰り返す。
「ピーちゃん!ファイトー!頑張れー!」
「マルちゃん~!頑張ってくださぁい!」
だから!どっちかの名前で統一してくれ!
そうこうしていると、ようやく水面から身体が浮き出した。
完全に空中に身体を持ち上げると、しばらく湖面を波立たせホバリングを続ける。
そして、ひと際強く羽を空に打ち付けると、勢いよく湖を一周した。
全身は燃えるように真っ赤に輝き、羽の端には火の粉が舞う。
辺りをグルっと見回すと、長い尾羽をなびかせ、巨大なカボチャの葉を超え、蒼天へと旅立っていった。
あ、カボチャ・・・
まだ生えてるじゃん。どうしよう・・・




