異世界生物怪奇譚22:ホップ
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から昇るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
それはトリュフを収穫して、バーイリンへと戻ってきた時。
一か月近い旅路を終え、ナギとエルザの待つ自宅へと帰ってきていた。
「おかえり~。」
「おかえりなさいませ。」
「おかえり。」
家に帰ってきて、誰かに迎えてもらうことは良いものだ。
ナギとエルザは問題を起こさずに、大人しく過ごしててくれただろうか。
だが、何かもう一つ声が聞こえてきた。ナギが友達でも連れてきているのか。
しかし、この声は何処かで聞いたことがあるような。
「あー!やっぱりヤマダさんだ!久しぶりぃ!」
そこにはやたらと背が高い、猫背で目に隈がある女が立っていた。
こいつか。
もう、忘れかけていた現世での記憶を掘り起こす。
三枝香織だ。
ナイラーヘイムルへ来る前の、現世の会社の同期だった。同期とは言っても、専門卒の彼女と、二浪大卒の私とは年齢は違ったが。
「いやぁ、ヤマダさんみたいな人が居るって聞いて、あちこち探してたんだけど、すれ違いになっちゃってたみたいで。ようやく会えてよかったぁ!」
ポールさんが言っていた、私を探している女とはこいつで間違いない。
そして、私の行きつけの店をメイド喫茶にしたり、薄い本を広めたヤツも間違いなくこいつだ。
デスクの周りにBLグッズをまき散らすと、思想の自由やLGBTを盾にデリケートな問題として正当化し、広報のSNSを趣味の告知で埋め尽くしたり、夏冬のイベントやその前の締め切り付近では有休も使い切って仕事に来なくなるし・・・
現世ではどれだけ尻拭いをさせられたことか。
謎の同期だから理論で、残業して仕事の穴埋めをさせられたり、書類や提出物を自宅まで取りに行ったり、クライアントや協働者に代わりに頭を下げに行ったり・・・
こいつは関わり合いになるとろくな事がない。
その、細長い背を押して、家から追い出そうとすると、ナギが止めに来た。
「何やってんのお兄やん。その・・・何があったかわからんけど、ウチはサエグサさんにもおって欲しいなぁって。」
珍しくしおらしい態度で、捨て犬を飼いたい子供のような目で見てくる。
エルザも取り込まれているようだし、ツバキも薄い本の作者だと聞かされたのか、態度で反対の意を表していた。
そうして、広すぎると思っていた邸宅のベッドルームは全て埋まってしまった。
私を除くと、遊び人のお嬢様、サディスティックなメイド、修道女(ギャンブル中毒)、社会不適合者のオタク。
どうしてこうなった・・・
同居人は1人増えたが、生活はあまり変わらなかった。
私とツバキは仕事に行き、ナギは遊びまわり、エルザが家事をして、増えたサエグサは自室で執筆活動。
そんなこんなで、しばらく暮らしていると、ある依頼が舞い込んできた。
ホップの収穫を手伝って欲しいと。そして、出来れば多く人を出して欲しいと。
日頃は私とツバキだけで仕事に出るのだが、今回はナギとエルザも連れていく事にした。
サエグサ?あいつに筆より重いものを持たせられるなら、是非やってみてほしい。
そして、小さな馬車を借り、バーイリン近郊のホップ畑へと向かって行っていた。
ハーブやベリーなんかで風味付けされているものもあるが、ビールと言えばやはりホップである。
あの独特の風味と苦みは他のものでは出せない。
この時期は麦の収穫で忙しいのだが、それと同じくらいホップの収穫も忙しかった。
集中して人手が要るので、毎年この時期は町人も含めて総出で収穫を行う。
多くはないが、騎士やら貴族の従者、中には貴族や王族自身も収穫に参加したりする。
そうして、地域一番の収穫のシーズンが始まった。
私は小麦の収穫を手伝った事はあったが、ホップは初。
エルザの住んでいた地域はあまりビールは作っていなかったし、ヤシマに住んでいたナギやツバキは言わずもがな。
初心者四人組は、地元の農家の方たちに教えてもらいながら、チマチマと収穫を手伝っていっていた。
緑の松ぼっくりのような、ホップの毬花をぷにぷにと感触を確かめながら千切っていく。
私はぼちぼちやっていたのだが、運動神経抜群なナギとツバキは慣れてくると、ものすごい勢いで籠を満たしていって。
そして、収穫していると、たまに跳ねるヤツがある。
上に積んだヤツが跳ねるなら大したことはないのだが、時間差で籠の底の方のホップが跳ねると、収穫したホップが散らばって少し面倒だったり。
おい、エルザ。跳ねるやつは当たりじゃない。そういうギャンブルじゃないから、跳ねるやつを探すな。
そうして、収穫が終わると、パンやパスタ用の小麦は風車小屋に運ばれ粉になり、ビール用は醸造蔵に運ばれ発酵が始まる。
ホップの収穫は初めてだったこともあり、収穫だけではなく醸造の手伝いまでさせていただくことになった。
毎日行くわけではないのだが、うちの一家総出で醸造の工程を見せて貰ったり、作業を手伝わせてもらったり。
そして、季節も肌寒くなってきた頃。
ようやく、発酵も終わり味見をさせていただいた。
Fooooooo!ビール!Yeah!!!
もう、出来立てのビールは最高としか言いようがない。
麦芽とホップの香りと、麦の甘味に苦みが効いて、炭酸が爽やかなのど越しとなって・・・
エルザとサエグサは酔ったのかフラフラしていたが、ツバキはもちろん、ナギも樽を空にしそうな勢いでジョッキを空けていた。
呑兵衛二人を宥めながら、ほろ酔い加減で街外れの醸造所から邸宅へと戻っていっていた。
その時。
ドカン!
さっき居た醸造所の方向から、轟音が聞こえた。
振り向くとそこには、泡立つ茶色の濁流が。
街のいろいろなものを巻き込みながら、津波のような勢いで迫ってくる。
高所に逃げないと。
急いで魔法を詠唱しようとすると、その瞬間、私の身体は宙に浮いていた。
気付いた時にはナギの肩に担がれて、近くの家の屋根の上だった。
辺りを見回すと、ツバキがエルザとサエグサを脇に抱えて屋根の上に立っていた。
いくら細身とは言え、自身の倍くらいあるサエグサを片手で抱えてる姿は少し滑稽で。
下を見ると、濁流に物や人が流されて行っていた。
物や人だけではなく、犬猫や馬なんかも流されたりしていて。
その流れが収まると、茶色い液体が残る通りに降りていった。
流れが収まったとは言っても、まだくるぶしくらいまで浸かっていて、歩くのも難儀するような状況ではあったが。
そこから手分けして、濁流に飲み込まれた人たちを救助していった。
私やエルザ、サエグサは積雪を歩くように、大きく足を上げ、ザブザブと進んでいっていたが、ナギとツバキは水の上を走るように・・・
手の届く範囲では、多少身体を打ったり、怪我をしたりしている人はいたが、命に関わるような大怪我はなかったようで。
家に帰ってからは、それぞれビールでびしゃびしゃになっていたので、順番に風呂に入って、簡単に食事を用意すると各々食堂でくつろいでいた。
小さなジョッキの二杯目を開けると、サエグサがぼそりと訊ねてきた。
「ヤマダさん。そういえば、いつになったら世界を救うんですか?こっち来た時に、神様がそんな事言ってたような。」
忘れていたわけでは無いのだが、転生者が呼ばれたのはそれを成すためらしい。
魔王を倒し、世界を救えと。




