異世界生物怪奇譚17:シャチ
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から昇るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
あれは南方の古大陸へ行った時の話。
毎年同じくらいの季節なのだが、綿花の交易を中心とした大量の隊商が一気に移動する時期がある。
そこそこ距離が遠いのと、海や乾燥地帯を渡ったり、盗賊や魔物などの道中の危険も多い。
そのため、複数の商人が連携し、大規模な隊商が組まれるのが通例となっていた。
報酬は良いものの、拘束期間が長く危険も多いため、今までは参加するのを避けていた。
数年前なんて、嵐に干ばつ、蛮族連合の襲撃にシャチの襲来などで、戻って来れたのは半分くらいだったとかなんとか。
なので、気乗りはしていなかったのだが、知り合いの商人から声を掛けられた。
「ヤメェダさん、古大陸いっしょに行きましょうよ。東の楽団も来るみたいですし、今年はなかなか面白いと思いますよ。」
うーん、楽団はちょっと気になる。
というのも、隊商の規模が半端じゃなく大きく、移動する栄えた街になっている。
様々な商店や金融サービスがあり、世界各国から集まる食べ物や娯楽の祭典といった感じ。
本題は交易なのだが、一種のお祭り的なイベントでもあった。
そうして、旅の荷物をまとめたり、馬車を借りたり、保険を掛けたり。
あと、普段は自分自身が護衛みたいなものなので、あまり追加で人を雇ったりはしないのだが、今回はある人に声を掛けていた。
ワタリガニの時に知り合った獣人のおじさんで、名前はポールと言うらしい。
他の街でもたまに会う事があり、その度に酒を奢ってもらったりとそれなりに交友があった。
今までなかなかお礼をする機会がなかったが、今回ちょうど良かったので、依頼料に色を付けてお願いすることにした。
準備も終わり、南へと向かって馬車を向ける。
傍らにはポールがいるのだが、これがとにかくデカい。
私より頭二個分くらい背が高いし、体重も150、いや200キロくらいあるかもしれない。
若い頃は大斧を手に戦場を駆けまわったり、巨大なモンスターを狩りに行ったりしていたそうだが、年を取って衰えてきたので、のんびり護衛でもすることにしたんだとか。
本人は衰えたといっているが、一人でワタリガニを引きずり回すし、街道が大岩で塞がれていた時なんかは素手で打ち砕くくらいの怪力ぶりだった。
「カニの時はおろおろしてたのに、ずいぶん肝が据わったじゃねぇか。大きく育ってくれて、おじさんは嬉しいよ。」
なんて、昔話でからかわれながら、街道を進んでいくと隊商の列が見えてきた。
まだまだ大きな集団と合流するポイントには遠いのだが、既に馬車の列は数十台の大行列になっていた。
そして、南に進んでいくごとにそれは大きくなっていき、半島の港に着いたころには数千人規模になり、行列の端の方は見えないくらいになっていた。
たまたまだったが、ポールを連れてきたのは大成功だった。
長く、世界中を旅をしているからか、ものすごく顔が効く。
他の地方からの隊が合流するごとに挨拶をするのだが、だいたい知り合いのようで。
こうやって旅をしていく中で、他の商人との取引もそれなりにあるのだが、ポールが名刺代わりになって、初めて取引する時の面倒な挨拶やらやり取りがかなり楽になっていた。
お礼をするつもりだったが、また助けられちゃってるなぁと思いながら、巨大な帆船に次々と乗り込んでいく。
船は天候が良ければ4日、悪くても一週間くらいで古大陸へ着くらしい。
船上では特にすることも無くて、暇になるかと思っていたが、朝から晩まで次から次にイベントが行われていた。
曲芸師や吟遊詩人が芸を披露したかと思えば、次はどこかの商人がオークションを始め、それが終わると楽団が演奏をしたり、劇が始まったり。
力比べみたいなイベントもあったのだが、ポールは参加させて貰えてなかった。まぁ、そりゃそうなんだけど。
ふと、催しの間に海を眺めると、船団に平行してイルカの群れが泳いでいた。
時折、水面から顔を出し、なにかこちらに話しかけているようで。
・・・あのクソイルカか。
私は見なかったことにして、船室に戻っていった。
そうして、船上でのしばしの休息を楽しんでいると、予定通り4日で古大陸の港へと着いていた。
港の周りは少し緑が茂っていたが、その奥には遥か彼方まで岩の転がる砂漠が広がっていた。
ある意味、ここからが本番。
小さな隊商ではないので、迷子になったり物資が足りなかったり、というような事は心配しなくて良いが、それでも寒暖差は激しく、様々な危険がある地帯には変わりない。
私が緊張した面持ちで、船を降りて行くとそれを察したのか、ポールが笑いながら話しかけてくる。
「おー、久しぶりに来たがあんまり変わらんなぁ。焼いたら美味いから、シャチでも来てくれると良いんだがなぁ。」
どーんと、任せてくれって事だろう。こういう気配りも含めて、ポールには頭が上がらない。
しかし、シャチ?今から行くのは砂漠なのだが?
ここから目的地のアルサムールまでは、この砂漠を横断して2週間といったところ。
とはいえ、ずっと砂漠というわけではなく、途中に大きめの街があったり、オアシスがあったりするし、長年の交易で道もそれなりに整備されている。
実際に砂漠に入っていっても、遠目で見ていたよりは道は平坦で、岩に馬車が足を取られたりもしない。
順調に3日ほど進んだ頃、それは起こった。
隊列の後ろの方で叫ぶ声が聞こえ、辺りがざわざわとしだした。
ポールが馬車の上に上り、後ろの様子を伺う。
「おい、ヤメェダ。やったぞシャチだ。今夜はごちそうだぜ?」
そう言い残すと、大斧を片手に馬車を飛び降り、後ろへと弾丸のように駆けていった。
置いていかれて状況が掴めないが、近くにいた知り合いの商人に馬車を預けると、私もポールを追って隊列の後方へと走り出した。
だんだん声が大きい方に近づいていくと、横転した馬車や、散乱する荷物、下半身がない馬が転がっていたり。
そうして、人込みのところまで辿り着くと、砂浜に打ち上げられたかのように、地面にシャチが何頭か転がっていた。
声のする方へ視線を移すと、ポールが大斧を構えて立っている。
警戒を解いていないところを見ると、まだ他にもシャチがいるんだろうか?
そう思っていると、地面から生えた背びれが2つポールへと迫っていく。
あと10メートル、というところまで来た時、地面から巨大なシャチの身体が飛び出す。
ポールは軽やかに跳躍すると、その脳天へ大斧を振り下ろす。
シャチは一撃で絶命したのか、血を吹き出しながら、地面で一度ピクリと痙攣すると動かなくなった。
さらに時間差で飛んできたもう一頭を躱すと、地面に潜ったヒレに向かって走り、地面に腕を差し込む。
そして力任せにそれを引っこ抜くと、ラケットでも振るかのように地面に叩きつけた。
そして、ポールは辺りキョロキョロと見まわし、地面に耳を当てる。
それが終わると、大斧を掲げ大声で叫んだ。
「おっしゃー!終わったぞぉ!今夜は宴だぁ!」
周りから歓声が上がり、大きな包丁やらノコギリを持った料理人たちが、ポールに狩られたシャチに集まってくる。
誰かが伝えたのか、前に進んでいた集団も戻ってきて、急遽キャンプの設営が始まる。
シャチは手際よく次々と切り分けられ、あちこちで焼いたり煮炊きのために火が起こされ煙が上がり出す。
半時も経つと、砂漠のど真ん中だというのに、シャチの肉フェス会場が出来上がっていた。
シャチによる被害は幸いにもそんなに大きくなかったようで、馬が3頭、馬車が一台全損、五台は修理が必要、護衛が何名か軽いケガを負った程度。
さすがポール。というか、何トンもあるシャチを片手で振り回しておいて、衰えたとか、全盛期はどれだけ化け物だったのか・・・
改めてポールに礼を言うと、肩を組まれ、いや掴まれて臨時の屋台を回っていった。
あっちは香辛料たっぷりで串焼き、こっちはシンプルにステーキ、その隣は薄めに切って甘めのタレですき焼き風。
他にもチャーシューのような感じだったり、ハンバーグにしてあったり。
世界各国の肉料理を楽しみながら酒を飲んでいると、ポールが何かを思い出したようで、口を拭うと話し出した。
「そういえば、西の方に行った時にヤメェダを探してるって女がいたなぁ。そんときゃ、北に行くって話を聞いた後だったから、すれ違いになっちまってるかもなぁ。」
どんな人か尋ねると、ポールは額に拳を当て少し唸っていたが、思い出したのかぽつぽつと答える。
「そうだなぁ。やたらとひょろひょろっと背が高い猫背の女だ。目にくっきりと隈があるのが目立ってたなぁ。ありゃ、ヤメェダの何かの知り合いか?」
全く覚えがない。そんな人に会ったら、たぶん忘れないと思うんだが、記憶の片隅にもそんな人物は思い浮かばなかった。
気にはなったが、バーイリンへはしばらく戻れないし、誰かも目的もわからない。
もやもやとした疑問は残ったが、どうすることも出来ないので、宴の続きを楽しむこととした。
その後はポールに吐くまで飲まされ、翌日は二日酔いで地面より灰色の顔で過ごすことになった。




