異世界生物怪奇譚15:ヒツジ
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から昇るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
あれはこの世界に少し慣れたあたり。
いろいろな依頼をこなし、ついでに行商をしたりと、この世界での収入も増えてきて、用意されていた仮宿ではなく、ようやく自分の家を借りることが出来た。
そんなに懐の余裕はなかったので、今で言うワンルームのアパートのような最低限の物件だったが。
とはいえ、初めて一人暮らしをした時のように、自力で自分のための空間を用意出来た事に私のテンションは上がっていた。
そこからさらに家具を揃えていこうと、精力的に依頼をこなしていた。
報酬の良さに釣られて、極寒の海で死にかけたり、山奥で遭難したり、エンドレスで野盗に襲われる隊商の護衛についたり。
徐々に机や椅子、食器や照明器具などが揃い、何もなかった部屋が賑やかになってきた頃。
依頼ついでに開拓した交易の副収入だったり、生活も安定してきていたので、少し仕事のペースを落とす事にした。
何か、緩めの仕事でもないかと、商会やらギルドやらを回っていると、ちょうど良いものがあった。
父が親族の結婚式に遠方に行くから、その間の手伝いをして欲しいと。
内容はヒツジを追ったり、毛を刈る時の補助とのことで、報酬はバイトみたいなものだが、ゆっくりと仕事をするには良いだろう。
バーイリンからそう遠くないし、おまけでチーズやら毛織物やら干し肉なんかをくれるらしい。
そうして、私は高原にある小さな村へと向かった。
そこは酪農の村らしく、村の中心部には万屋みたいな商店が一つと、集会所兼役場の出張所があるくらいで、村人の家は広い高原に点在していた。
私は依頼主の家へと辿り着くと、お母さんと子供たち、そして一ダースくらいの犬に出迎えられる。
「来てくだすって、あんがとねぇ。わっがんねぇことがあったら、遠慮せずに言ってくんろ。」
なんか、東北っぽい感じのお母さんに歓迎されつつ、私は犬にもみくちゃにされる。
ずいぶんと人懐っこい犬たちで、足元と取り囲まれると、飛びつかれたり、服の裾を噛んでひっぱられたり、もふもふたちに埋め尽くされいてた。
質素なホームステイといった感じで、そう広くもない家の中を案内してもらうと、子供たちと水を汲みにいったり、夕飯の準備を手伝ったり。
豪華とは言えなかったが、肉や乳をふんだんに使ったシチューを振舞ってもらう。
匂いはクセがあるが、素朴な味付けでイモもごろごろと入っていて、これはこれでなかなか良い。
その夜は、旅の話を聞きたい子供たちになかなか寝かせてもらえなかったりしながら、のんびり過ごしていた。
そして翌日。
子供たちと犬といっしょに、ヒツジの柵を開け草原を進んでいく。
正直、私はあまりすることがなく、賢い犬たちが指示を出さずともヒツジの群れをコントロールしてくれていた。
その様子を眺めていると、群れの中に一頭だけ黒いヒツジがいるのに気が付いた。
なにか特別なヒツジなのかと気になり、そばかすがチャーミングな長女に聞くと、
「あぁ、クロちゃんなぁ。たまに黒い子がおるでよぉ。珍しいは珍しいけど、お隣さんとこにもおるし普通だで。」
そう言って、長女が指した先には、豆粒くらいにしか見えなかったが、確かに黒いヒツジが混じっていた。
そんなものかと思って、改めてそのクロちゃんに目を移すと、顔がこちらを向いていて目が合ったような気がした。
しばらく草を食べさせた後は、柵へヒツジを戻していく。
柵を開けたり、細々したことを手伝うのだが、子供たちと犬だけでも十分なような・・・
柵を閉じ、家へと戻っていく途中で、ヒツジが鳴く声が遠くで聞こえる。
二日目の夜は、昨日と同じシチューをいただきながら、また子供たちに質問攻めにされる。
末っ子の男の子は海の話に興味津々で、大きくなったら海に行って漁師になるんだと意気込んでいた。
悪い事は言わないからやめておけ。海なんて命がいくらあっても足りない。
また次の日。
同じようにヒツジの柵を開け、ヒツジを追っていく。
目立っていて視線が向いてしまうということもあるのだが、黒いヒツジが気になっていた。
何故か、視線を移すたびに目が合うような気がして。その横長の瞳孔がこちらを見ているようで。
日が暮れる前に、柵にヒツジを収めると、背にして家へ向かう。
今日もヒツジの声が聞こえていた。
そして、特に何事もなく数日が過ぎて行き、父親が帰ってきた。
大した事はしていないのだが、やたらと感謝され、重たいくらいのお土産をいただく。
短い間ではあったが、子供たちはずいぶんと懐いてくれて、外部からの話も良い刺激になったようで。
一家と犬に見送られながら、青々とした草原と山を背に帰路へと着いた。
遠くではヒツジの鳴き声が響いていた。
バーイリンへ戻って数日。
遠出はせずに、街中で商店の手伝いをしたり、細々とした依頼をこなしながら過ごしていた。
決して裕福とは言えなかったが、ちょっとした小銭くらいはあったので、酒場に出かけたり、祭りを見に行ったりとゆるやかに生活を楽しんでいた時。
時折、ヒツジの鳴き声が聞こえるような気がした。
かすかに、だが街中で聞こえることは無い、掠れたように響くあの声が。
そういう生活をしばらく続けていたのだが、どんどんヒツジの鳴き声が聞こえる事が増えてきていた。
そして、それはだんだん大きく、近づいてきているようで。
隣人や知り合いにそれとなく聞いてみたが、最近ヒツジを街中で見た事はないと。
漠然とした不安が積もっていっていたある日、それは起こった。
近所の家の屋根の張替えを手伝って、家に帰り着いた時、またヒツジの鳴き声が聞こえた。
今までより、はっきりと。
窓を開け、辺りを伺う。だが、疎らに人が歩いているくらいでヒツジの姿は見えない。
窓を閉じ、椅子に腰かけるとまたヒツジの鳴き声が聞こえてきた。
さっきより大きく。
今度は家を出て、近所をぐるっと回ってみた。
しかし、ヒツジの姿は影も見えなかった。
そして、家に戻り玄関の戸を閉じた。
その時。
また、ヒツジの鳴き声が聞こえた。
かなり近い。玄関前にいるのではないかというくらい、はっきりと大きく聞こえた。
恐る恐るゆっくりと戸を開いた。
だが、そこにヒツジの姿はなかった。辺りを見回してみたが、やはりヒツジは見えない。
戸を閉じ、鍵を掛けていると、
メェ~
その声は聞こえた。背後から。
背筋が凍り着く。
ぎこちなく、首だけで、ゆっくりと振り向くと・・・
暗い家の奥に、横長の瞳孔の目が光って浮いていた。
そして、それはゆっくりとこちらへ近づいて来る。
腰を抜かし、鍵を掛けかけていた戸に背を付け、ガタガタと震えていると・・・
特に何もなかった。
ただ、黒いヒツジが目の前にいた。
混乱しながらも、明かりを点け、そのヒツジを見ていたが別に何もしてこない。
しばらくして、恐る恐る触ってみたが、普通のヒツジだった。
良くわからなかったが、何か呪われているのではないかと思い、日も落ちてきていたが近くの教会へ走っていく。
ヒツジも走って付いてくる。
教会に着くと、めんどくさそうな不機嫌面の神父が出てきた。
呪われてるんじゃないかと、必死に訴えたが、ため息交じりに返される。
「あー、そのヒツジに気に入られたんでしょ。旅先から着いてきちゃったりすることはあるけど、そのうち帰るから。そんな事で、わざわざ営業時間後に来ないでね。」
・・・普通の事らしい。
すごくモヤモヤするが、無理やり納得して家へと帰った。
ヒツジもいっしょに。
そこから数日。
なんか家の中にいたり、仕事先まで付いてきたりしていたが、一週間も経つとヒツジはどこかへいなくなっていた。
ホラーは苦手だから、こういうのはやめて欲しいなぁ・・・
そう思いつつ、土産にもらった羊乳のチーズの残りを齧っていた。




