異世界生物怪奇譚14:イルカ
ここは異世界、ナイラーヘイムル。
日は東から昇るし月は一つだが、生き物は現実世界と少し違う。
そんな世界。の少し変わった生き物のお話。
あれは、真珠を売った代金も入り、口座のゼロがいくつか増えたある時。
私は旅行に行きたかった。
世界中あちらこちらを旅したが、仕事の出張や逃避行ではなく、休暇としてバカンスを楽しみたい。
依頼は全て片づけて仕事も無いし、金はちょっと遊んだくらいじゃ使い切らないくらい持っている。
足は自然と、街の旅行斡旋所へと向かっていた。
斡旋所に到着すると、受付のお姉さんからお茶を出してもらい、席に着いた。
受付のお姉さんがスススっと引っ込んでいくと、代わりに如何にも百戦錬磨な感じのおばさんが奥からチラシを持って出てくる。
「旅行をご検討ですね!当店をお選びいただきありがとうございます。こちらのプランだと宿は最高クラス!礼拝や巡礼バッジの定番セットや、現地でのご飯もお肉が付きますし、護衛代もコミコミでこのお値段!予算が厳しい場合は、宿のランクが落ちたり、護衛代は別になりますが、こちらのプランだとかなりリーズナブルにお楽しみいただけます。」
マシンガンセールストークをBGMに、差し出された何枚かのチラシに目を通していく。
聖地。聖地。聖地。あっちの聖地とこっちの聖地。
どれもこれも行先は聖地ばっかり。
まぁ、旅行の定番と言えば聖地だし、別に信心深い人だけが行くわけじゃなく、日頃は教会に行かないような人も旅行先は大体聖地である。
しかし、聖地なんて仕事で何回も行っているし、観光客だらけであまり気が休まらない。
渋い顔をしながら決めあぐねていると、それを察したのか別のチラシを取り出してきた。
「それなら、こちらのプランはいかがでしょう?ここ2~3年でとても評価が上がっていて、ハイシーズンだとキャンセル待ちが数十件出るほどの人気です。特に北方の貴族や領主様からはリピートいただいていて、今年は新たに礼拝堂も建て替わり、宿もどんどん増えていますし、今、一番ホットな旅行先になっています。」
そう言われて、差し出されたのは南方の海岸だった。
確かに。これは良い。
お値段はそこそこ高かったが、新築の宿にシーフード。定番の礼拝や巡礼バッジ、護衛や馬車代とかもコミコミでこのお値段なら悪くはない。
私が感触の良い表情でそれを眺めていると、プランナーのおばさんは契約書類と羽ペンを両手に持ち、ニコニコとスタンバイしていた。
そこから二日後。
私は南への馬車に揺られていた。
こういうのは、大体複数名で行くものなので、一人だとずいぶん割高にはなってしまったが、財布はそのぐらいで揺らがないほどの余裕はある。
道中は特にすることもなく、適当に風景を眺めたり、暇つぶしに組み紐を編んだり、昼間から干し肉を摘みに酒を飲んだり。
そうして、10日ほど揺られ続け、ようやくそこへ辿り着いていた。
青い空。白い砂浜。透き通るターコイズブルーの海。
カラっと晴れた、南国リゾートへと辿り着いていた。
少しシーズンとはズレていて、若干暑すぎるような気もするが、これはこれで旅行に来た気分が味わえて良い。
ビーチをしばらく眺めた後、宿へと入っていった。
宿は追加料金を払って、最高クラスの宿にしてもらっていたので、これまた豪華な宿だった。
異国の調度品が置かれ、窓は広く、バルコニーも付いている。
ベッドは2台置かれていたが、使うのは私一人。
ぼっち旅、もとい一人静かに休養を取るのも、それはそれで良いものだとしよう。
誰か連れて来てたら喜んでたかな?ナギなんてベッドで飛び跳ねてそう、とか少し頭によぎったが。
荷物を降ろすと、さっそく砂浜へと出ていく。
プライベートビーチというわけではないが、宿から直接出られるように道があり、ちょっとした小屋やボートを使える係船場が整備されていた。
せっかくなのでボートを漕ぎ、穏やかな波が揺れる沖へと進む。
鮮やかな日差し、波の音、潮の香りを楽しんでいると、水面に大きな影が見えてきた。
僅かに三角形のヒレが見えている。濃い目の灰色。
イルカかな、と思っているとそれはどんどん近づいてきた。
はっきり見えるくらいの距離になると、それは器用に頭だけを水面に出し、さらに近づいて来る。
そして、目が合うくらい近づくと、それは話しかけてきた。
「こんにちは!ボクはバンドウイルカのフィンドルだよ!よろしくね!」
あー・・・また喋るやつかぁ・・・
なんて考えていると、フィンドルは続けて私に話しかけてくる。
「ボクはとっても物知りなんだ!なんでも聞いてね!」
そういうキャラか。めんどくさそう。なんて思っていると、さらにフィンドルは続ける。
「君の名前は何?良かったら教えてね!」
渋々、挨拶して名乗ると、フィンドルは頭を振りながら尋ねる。
「ヤメェダさんかぁ、とっても良い名前だね!ボクに聞きたいことはない?」
そのテンションについていけず、めんどくさかったが、適当にこの辺りで良く獲れる魚を聞いてみた。
「うーん、それは難しくてわからないなぁ。他の質問はないかな?」
腹立つコイツ。もうすでにイライラしてきていたが、近くの綺麗な名所がないか聞いてみた。
「うーん、それも難しくてわからないなぁ。他の質問はないかな?」
この野郎。じゃあ、違う方向はどうだろうと、11×13はいくつ?と聞いてみた。
「うーん、難しくてわからないよ。人に聞いてばかりじゃなくて、自分で考えて見た方が良いんじゃないかな?」
お前から振っておいてそれか。ふざけるな。
お前を消す方法、と聞いてみる。
「そんな寂しいことは言わないでよヤメェダさん。これからお互いを知れば、管鮑の交わりになれると思うよ。」
こういうところは無駄に難しい言葉を使いやがって。人をイライラさせる天才かこいつは。
もう一度、お前を消す方法と聞いてみた。
「不興を買ってしまったようだね。ごめんねヤメェダさん、また明日ね。」
明日も来るのかよ。来なくて良いんだが。
このイルカのメンタルはダイヤモンドか何かで出来ているのか?
宿に戻ると、豪華な食事が待っていた。
エビ!カレイ!タイ!色とりどりの野菜にフルーツ!
そして目玉は・・・カキ!
ナイラーヘイムルに来て、生の海鮮なんて初めてかもしれない。
ヤシマに行った時に、焼き魚やタタキ、酢締めはあったが、純粋な生で食べることはなかった。
レモンを絞り、スプーンで身を剥がし、口に放り込む。
クリーミーな身が口の中で溶け、さわやかな酸味と濃い旨味が広がる・・・
美味い!
もう、これだけでもここに来て良かった。
しばらく、お酒を片手にグルメを楽しんでいると、貸し切り状態の食堂に誰かが入ってきた。
食べ物に夢中で、なかなか気づかなかったが、振り向くと薄着の美しい女性が歩いて来る。
他に誰もいないのに、顔を近づけ耳元で囁いた。
どうやら、食後に別料金でマッサージをしてくれるらしい。
私の財布の紐も自制心もゆるゆるだったので、二つ返事でそれを承諾していた。
・・・
そして翌日。
新しくなったという礼拝堂に行き、巡礼バッジをいただいたり、近くの土産屋を回ったりする。
とはいえ、そんなに大規模というわけでもないので、昼過ぎには一通り回り切ってしまい、また砂浜へと向かっていた。
昨日はイルカに邪魔されたが、今日はゆっくり波を楽しもうと、ボートを漕ぎ沖へ出る。
しばらく、ボートでゴロゴロしたりしていると、波を切る音が聞こえてきた。
ヤツか。今日も来やがった。
こちらに近づいて来ると、声を掛けてきた。
「やぁ、ヤメェダさん!今日も良い天気だね!」
その言葉を聞いた私の心は、どんより厚い雲に覆われ灰色だった。
昨日のように質問を促してくるので、あまり期待はせずに、この辺りの特産はカキなのか聞いてみた。
「うーん、それは難しくてわからないなぁ。他の質問はないかな?」
くそっ!僅かに期待してた私が馬鹿らしかった。次は最近の景気は?と聞いてみた。
「ボクは言及できる立場にないので、専門家に聞いてみた方が良いと思うよ。」
ほんと、悪い意味で期待を裏切らないなこいつは。
続けて、海で便利な水の魔法について聞いてみた。
「うーん、難しくてわからないよ。少しは、自分で調べたりする努力をしたほうが良いんじゃないかな?」
煽り力検定があるとすれば、こいつは文句なしに一級合格出来るだろう。
昨日と同じように、お前を消す方法と問いかけた。
「ごめんね、ヤメェダさん。ボクの一意専心の謝罪で、溜飲を下げてくれると嬉しいな。」
やっぱり、こいつ煽ってきてるよね?イルカごときが舐めやがって。
イライラしながらも、さっさと宿へ帰って、今日も夕飯を楽しむ。
今日のメインはカニだった!
ワタリガニみたいに巨大なものではなく、小ぶりなソフトシェルクラブがまるごと素揚げされていて。
そこに塩と柑橘を振って食べるのだが、これまた最高に美味い。
お酒も昨日は白ワインだったが、今日はビールで良くわかっていらっしゃる。
そして、今日もまた食後の"マッサージ"を楽しみ、夜は更けていった。
・・・
翌朝。
今日が三泊四日の三日目だが、もう特にやることもない。
宿で借りた、南国リゾートセットを砂浜に設置する。
日よけの天幕の下で、緩い背もたれの椅子に腰かけ、薄めの発泡酒を片手に、持参していた本を読んでいた。
しばらくすると、うとうとと寝てしまっていたが、なにか騒がしい。
そう遠くない沖の方で、バシャバシャという大きな水音と、叫ぶ声が聞こえる。
見えづらかったが、誰かが溺れているようで、私は急いでボートに乗り込んだ。
何分も掛からずそこに着くと、浅黒い肌の少年がもがき、周りではイルカが跳ねていた。
そのイルカがこちらに話し出す。
「良いところに来てくれましたね、ヤメェダさん。」
あぁ、こいつかと思っていると、フィンドルは続けた。
「落ち着いてくださいヤメェダさん。こういう時は、救助のために人を呼んでくることをオススメします。」
アホか!お前が助けろ!
私は海へと飛び込むと、その少年をボートへと引きずりあげていた。
幸いにも水は飲んだりしていなかったようで、少しむせていたが、命に別状はないようだった。
「さすがヤメェダさんですね!ボクが認めた男だけあります!」
私は無視して、岸へとボートを漕ぎだした。
なんか、ボートの周りをイルカがうろちょろしていたが、一切気にせず陸へと辿り着く。
ボートを係船場に付けると、少年は大きく礼をして走り去って行った。
リゾートセットを片付けている間、海の方から何か聞こえていた気もするが、波の音かなにかだろう。
そして、最終日の夜も楽しんだ後、僅かな私の休暇は終わりを告げるのだった。




