CASE.096「おやすみユウリ、おはようゥルル」
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「これはどういうことですか?」
(ひ、ひいいいい~!!)
イシス神は凄まじい形相でブッダに詰め寄る。
その圧力のせいか、得体の知れない力によって部屋中がビキビキと軋んでいた。
何故何もしていないのに部屋中にひびが入り始めるのか。
そんな現実逃避をしながら、ブッダはなんとか彼女の機嫌を直そうと、必死に舌を回した。
「姐さん! あんたが怒る理由は十ゥ~~~分に分かるッ!」
「…………」
「だがな! コイツはあくまで一例だ! これよりもっと悲惨な奴だっている! これが序の口だと思えるくらいヤバい過去を辿ったモンは、何千何万といる!! そんなことでいちいち怒ってたら、せっかくの美貌が台無し――」
「…………」
(あぁ~ミスった。マジで勘弁してほしいぜ――うおっ!!)
するとイシス神はブッダの胸倉を掴み、そのままズギャンッ!!! と壁へ叩きつけた。
前にも言ったが、あの細腕でなんという怪力だ。
ブッダは為すがまま、ひび割れた壁にめり込む形でイシス神を見上げる。
「ぐぅ……お、落ち着いてくだせえ! 姐さん!!」
「これを見て落ち着けと? 私は慈母神イシスです。私が憤慨しているのは、日野悠離の過去だけではありません」
「へ?」
「あのクズ共……彼の両親はどうなったのです?」
「そ、それは……」
ブッダ神は頭をフル回転させ、正しい言葉を選ぼうとする。
だが次第に面倒になり、事実をそのまま口にすることにした。
「い、今もまだ地球の地で生き永らえ――ぐふゥッ!?」
「なぜですッッ!?」
さらに壁へと強く押し当てられ、バキバキと亀裂が走る。
「なぜ、かの者たちは生き永らえているのですか!? ここまでの蛮行を犯しておきながら、なぜ何の裁きも受けていないのですかッ!?!?」
「それは、彼らがまだ人生を終えてないから……彼らが死なない限り、俺らは干渉することができないんス……」
「ッッ!!」
イシス神は今度はブッダを持ち上げ、天井へと投げ飛ばした。
天井を突き破り、上空へ飛び出したブッダは、次第にその姿を空の彼方へ消していく。
そしてしばらくすると、彼は何事もなかったかのように入口から顔を出した。
「あなたは、人の思いから生まれた神でしょうに!? この理不尽を、何も思わないのですか!?」
「…………」
痛いところを突かれ、ブッダは押し黙ってしまう。
彼女の言う通り、ブッダは人生における「生・老・病・死」の苦しみに悩み、人間を救済する真理から生まれた、比較的若い神だ。
だからこそ理解できる。
人の性というものも。
そして、イシス神の怒りも。
「俺がその、人の心から生まれた神だからだよ、姐さん」
「……何ですって?」
「別に、彼らの行動を善とするわけじゃないさ。だけどな、彼らをそうさせるものこそが、彼らが人の子たる所以なんだ」
「所以……」
「人の子特有の、俺ら神には理解できない性。オーディン神のおじきは、それを“混沌”と呼んでいた。いまだ俺らが理解できぬそれこそが、彼らを人間たらしめるモンなんだ」
「だから、許していいと?」
ブッダは頭をガシガシと掻く。
「許すも何もねえんだよ! 鳥が翼を持つように、猫が柔軟な身体を持つように! イシス神……あんたが全ての子の母であらんとするように……あんたが今怒っているその理不尽こそが、人が人たる証なんだ。それを俺らが否定する余地はない」
「納得できかねます……」
「分かるさ……。一応、地球にも地球のルールがある。きっと今頃、地獄を見てるだろーよ。だから、罰も何もなしってわけじゃねえんだ」
「…………分かりました」
イシス神の圧が消えていく。
それに気付いたブッダは、心底安堵した。
主神が本気で暴れれば、いくら基底界でも被害はとてつもないことになる。
それが輪廻を司るイシスともなれば、もはや想像すらしたくない。
「分かってもらえました? 姐さんは優しすぎるんだ。俺みたいに無責任に生きてた方が、お肌のためにもなるぜ?」
「…………です」
「え?」
「あなたの見解は理解できました」
「おうおう! それは何より――」
「ですが、彼らの地獄はここからです」
するとイシスはスタスタと早足で窓へ向かい、そのまま一薙ぎでガラス窓を霧散させた。
「ちょ、何を!?」
「少し、基底界を離れます」
「離れるって……まさか——」
ブッダはダンッと床を踏み砕き、イシス神を捕まえようとする。
だが彼女の翼がはためき、その風圧によって後方の壁へ叩きつけられた。
「ぐふっ……(今日何度目の壁の味だよ、クソッ)」
彼女が広げた美しき両翼。
最大まで広げると、彼女の身の丈の2倍ほどにまで達する。
普段であれば見惚れてしまうほどの神々しさだが、今はそれどころではない。
「ダメだ、姐さんッ!!」
「あなた如きに、私がこれから為すことがお分かりで?」
「分かる! んでもってそれは絶対にダメだ!!」
ブッダは敬語すら忘れ――端からほとんどないに等しいが――声を荒げる。
「いいか、よく聞けッ!! 俺ら神々でも、地球への干渉は最大の禁忌だ!! それを犯せば、オーディン神が黙ってないぞ!!」
「……それは結構」
「こんの――」
再び駆け寄ろうとするが、彼女の翼が生み出す風圧によって、なかなか近づくことができない。
「姐さん、行くな!!」
「オーディン神も、禁忌も、私には関係ありません」
彼女はくるりと振り返り、ブッダと正面から向き合った。
「姐さん……」
「私は慈母神イシス、万物の母。慈愛を求める子には祝福を――」
彼女は一瞬だけ、女神のような微笑みを見せる。
だがそれは、瞬く間に悪魔のような血相へと変わった。
「――悪逆たる子には制裁を」
「姐さん!!」
「それ以上近づくと、あなたの肉体情報を書き換えますよ」
「は……なッ!? それは勘弁ッ」
ブッダは何故か股間を強く抑える。
それを見たイシスは大きくため息をついた。
「ハァ……せめてあなたが女であれば、私の心の断片でも理解できたでしょうに……」
そして彼女は、窓から飛び降りる。
ブッダが遅れて駆け寄った頃には既にその姿はなく、呆然と、白く輝く基底界の街並みを眺めることしかできなかった。
「ハァ…………壁、補強しねえとな……」
――――――
「もし……」
「…………」
「もしもし、坊や……」
「んむ……だれぇ?」
暗闇の中、優しい女性の声が聞こえる。
「私はイシス。あなたに祝福を与えに来ました」
「いしす、さん? しゅくふく?」
何を言っているのか分からない。
誰だろう、「いしす」って。
「しゅくふく」って、なんだろう。
そもそも、自分が誰なのかも曖昧だ。
もう長いこと、この暗黒の中を漂っている気がする。
眠い。
このまま未来永劫、眠ってしまいたいくらいに。
「あなたがユウリですね?」
「…………違うもん……」
「あら?」
「ユウリ、もういないの。悪い子だから。だからぼくは……分からないよ」
「そう……ですか」
すると、なんだか身体がぽかぽかとしてくる。
身体というものを認識することはできないが、人肌のように温かく、優しく抱き締められているような、そんな心地よい感覚だった。
「大丈夫……あなたは、ずっと良い子でしたよ」
「そうかな……でも――」
「では、頑張ってきたあなたにプレゼントをあげましょう」
今度は、目の前に光の球が現れる。
なんだか、たまに窓から見えた、暗い空に輝く光の点々のようだった。
「これは、私が創った物語」
「ものがたり?」
「そう。そして、あなたが主人公です」
「…………キレイ」
光り輝く球へ手を伸ばしてみる。
だが、そもそも手も何もないため、触れることができない。
「フフフ……焦らなくて大丈夫。あなたには、私がついていますからね」
「…………むう」
「そうですね。では、あなたに新たな名前を授けましょう。何か要望――好きなものはありますか?」
「……わ、分からないよ……。おねえさんが付けていいよ」
「あらま、いいのですか? それは大変光栄ですね……これはちゃんと考えないと…………」
しばらく沈黙が続く。
やがて、女性の声が再び響き渡った。
「ゥルル」
「? うるる?」
「そう。我ながら良き響きです、『ゥルル』。古き言葉において、母が子の眠りに添えた歌の名です」
今度は、頭の上を温かく撫でられるような感覚。
きっとこの女性は、自分を慰めてくれているのだろうと判断する。
「強く、大きく、根を張り、いつかその手で未来へ枝を伸ばせるようにと――そう願う歌です……」
「……いいね!」
「!」
「ぼく、それスキ! ゥルルがいい!!」
「そう、よかった……よかった!」
すると光の球が徐々に大きくなり、彼を包み始める。
それはまるで幻想。
時折、母の気まぐれで見せてもらった、アニメの魔法のようだった。
「では行きましょう、『ゥルル』。愛しき我が子」
「あの……」
「?」
「おねーさんは……」
その意図を察した彼女は、優しく彼に語りかける。
「私はイシス。あなたの新しき『ママ』です」
そして、彼らの物語は動き出す。
彼――赤きスライムの名は『ゥルル』。
主神たるイシスの名の下に授けられた、第二の名前。
解読班による調査の結果、1つの語源が特定された。
一説によると「ゥルル」とは、古代シュメールの『シュルギ王の息子のための子守歌』で繰り返し登場する。
これは母が息子へ歌う子守歌・唱歌を指し、その歌では「丈夫に育て」「大きく栄えよ」「樹木のように根を張り、枝を広げよ」と、子供の成長と幸福な未来が願われているとの記録がある。
だからこそ、イシス神――いや、イシスは彼に名付けたのだろう。
——「ゥルル」
母が我が子の成長を願う時に歌う、古い子守歌の名。
今度こそ、この子が眠り、目覚め、健やかに育ち、自らの未来へ枝を伸ばせるように。
――――――――――――――――――――
――報告。
地球時間不明。
日野悠離の生物学上の父親、及び母親が、独房内で無残な姿となって死亡している様子を確認。
遺体は異様に捻じれ、砕け、融解しており、様々な生物の特徴が後天的に付与されたような痕跡が認められたことから、イシス神による『欠片蒐集』の作用と断定。
イシス神本人が地球の地へ干渉したことが強く示唆される。
これは重大な瀆神行為である。
――中枢機関の最上位存在に通達。
レッドアラート『神殺し』を発令。
繰り返す。レッドアラート『神殺し』を発令。
速やかに慈母神イシス――改め、個体名「イシス」を捕縛を推奨する。
以上。
【今回の用語まとめ】
■人の“混沌”
オーディン神が、人間特有の予測不能な性質を表した言葉。
神々にも完全には理解できない善悪・矛盾・衝動を含むものであり、ブッダはそれこそが「人を人たらしめるもの」だと捉えている。
■『ゥルル』
イシス神が日野悠離へ授けた第二の名前。
古き子守歌に由来し、「丈夫に育て」「大きく栄えよ」「樹木のように根を張り、枝を広げよ」という、母から子への成長と幸福への願いが込められている。
■イシスによる地球干渉
本来、神々にとって最大級の禁忌とされる地球への直接介入。
イシスは『欠片蒐集』を用い、日野悠離の両親へ直接制裁を加えたとみられている。
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・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。
・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。




