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転生監査機関RAC  作者: ぽんにむ
第二章「輪廻庁」2-1「ゥルル編」
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97/123

CASE.095「日野悠離」

ご覧いただきありがとうございます。


※本作はカクヨム、noteにも掲載しています。

設定資料をご覧になりたい方はぜひnoteに訪れてみて下さい!!

https://note.com/ponym/m/mc8c9ad24eef6

※本話には、児童虐待や家庭内暴力、児童の死に関する重い描写が含まれます。閲覧の際はご注意ください。

※本話を読み飛ばして第96話からお読みいただいても、物語の内容はある程度理解できる構成となっております。



「い、急いでくださいぃブッダ様~ッ」

「分かった! 分かったって、お嬢ちゃんたち!!」


 職員たちに背中をぐいぐいと押され、ブッダは嫌々ながらイシス神の個室へと向かっていた。

 相変わらず、その見た目に局長らしい威厳はない。

 ポロシャツにサンダル。首には大型のヘッドホンを引っかけており、まさにDJ帰りといった出で立ちだ。


(マジで勘弁してくれ……これ絶ッ対、説教の流れじゃんかぁ。イシスの姐さん、怒るとクッソ怖えんだよなぁ~~)


 心の中で悪態をつきながら、半ば引きずられる形でイシス神の個室前へ辿り着く。

 扉が開くと、職員たちはそのままブッダを部屋の中へ放り込んだ。


「いでっ」

「イシス神様。ブッダ神様をお連れしました」

「ちょっと君たち~、俺の扱いなんか雑じゃな~い? 俺も一応、神様なんだぜ??」


 職員たちは聞く耳も持たず、そのまま足早に立ち去っていく。


「ちょちょっと! せめて電話番号だけでも!! というか、1人にしないでぇー!?!?」


 遠ざかっていく職員たちの背中を、悲しそうな目で見送るブッダ。

 だが直後、背中に凄まじい殺気を感じ取り、即座に正座で姿勢を整えた。

 ちなみにヘッドホンも、慌てて尻のポケットへぎゅっと押し込んでいる。


「ねねねねね姐さん、お久しぶりです! 今日もいつにも増してお美しい……です……ね…………」

「………………」


 たとえブッダといえど、主神――特にイシスの怒りとは、心底相対したくない。

 もはやトラウマと呼べる領域の体験である。


 こちらを向かず、窓の向こうに広がる基底界を眺めているだけだというのに、なんと恐ろしい殺気か。

 ブッダは冷や汗をだらだらと流しながら、彼女の返答を待つほかなかった。


「…………ブッダ」

「ははははいッッ!?」


 恐ろしく低い声に、ブッダの声が裏返る。


「こちらへ来なさい」

(ヤバい殺されるぅーッ!! アフロちゃん(アフロディーテ神)、カマちゃん(カーマ神)助けてぇ~~!!)


 ブッダは正座のまま、器用にイシスの足元までスライド移動する。

 すると彼女はゆっくりと振り返り、モニターを指差した。


「あれは何ですか?」

「ああ、あれ? あれって何でしょう??」

「いいから目を通してください」


 イシス神はブッダの襟首をひょいっと摘み上げ、そのままデスクの椅子へ座らせた。

 細腕でありながら、大の男を軽々と持ち上げる。

 さすがは主神である。


 ブッダは心底、今すぐ高層階の窓からでも飛び逃げたい心境に陥っていた。


「これです」

「これって……転生候補者の過去ログ?」

「読みなさい」


(なんなんだ、一体……)


 訳も分からないまま、ブッダは個体名――日野悠離(ヒノ・ユウリ)の過去ログを読み始めた。

 


 ◇


 以下の情報は、参考文献『=RAC=』の内容の一部を、一般閲覧者向けに翻訳したものである。


 題目:転生者「日野悠離」の経歴


 氏名   :日野悠離(ヒノ・ユウリ)

 性別   :男

 死亡時年齢:5歳

 出生地  :日本

 死因   :外傷性脳損傷及び急性硬膜下血腫

 備考   :要保護対象


 ――記録を開始する。


 20○○年。


 日野悠離は、芸能活動に従事する女性と、婚姻関係にない男性との間に出生した。


 出生届の父親欄は空欄。

 母親は当時、若手女優として知名度を急速に上げていた時期であり、主演作が大きな成功を収めた直後でもあった。


 出産を公表すれば、自身の芸能活動へ多大な影響が及ぶ可能性がある。

 加えて、相手の男性には既に家庭があった。


 故に悠離の存在は、大人たちにとって、まさしく「忌み子」。

 絶対に公にできない――真っ先に闇へ葬るべき事実として扱われた。


 そうした大人たちの都合を、産声を上げたばかりの悠離が知る由もない。


 彼にとって母親は、世界でただ1人の「ママ」だった。


 だが、当の母親は家を空けることが多かった。

 撮影、稽古、会食。

 帰宅する頃には、日付を跨いでいることも珍しくない。


 悠離がまだ歩くこともできなかった頃は、雇われた世話係が交代で面倒を見ていたという。

 だが母親の収入が不安定になるにつれ、その頻度は少しずつ減っていった。


 やがて悠離が2歳を迎える頃、母親は当時交際していた男性――悠離の生物学上の父親である男と、事実婚に近い共同生活を始めた。


 男は正妻との離婚協議すらまともに行わず、半ば失踪する形で妻のもとから逃げていた。

 連絡も手続きも放棄し、今では仕事からも現実からも逃げている。


 定職にも就かず、悠離の母親の収入に依存して生活している有様だった。


「おい」

「あ、う……」


 まともに言葉を教わっていない悠離は、いまだ「パパ」「ママ」という単語すら満足に口にできない。


 それもそのはずだ。

 世話係が行うのは、あくまで食事や排泄といった最低限の世話のみ。

 悠離は人と会話する機会をほとんど与えられず、親の温もりも、言葉も知らぬまま、2年の月日を過ごしてしまっていた。


「パパっつってみろ」

「…………」

「パ パだ」


「……だ、だ」


 我が子として迎え入れたはずの幼子が、いまだ単純な言葉すら口にできない。

 そのことに苛立った男は、手にしていた空き缶を悠離へ投げつけた。


「はっ、コイツ、マジで知〇遅れなんじゃねえのかぁ!? 誰に似たんだろーな~~?」

「…………あう……」


 これが、悠離の記憶に残る最初の父親との会話だった。


 男は酒を大いに好んだ。

 正確には、酒がなければ眠れず、酒が入れば怒りを抑えられない人間だった。


 機嫌が良い時には、悠離を放置した。

 機嫌が悪い時には、抱え込んだ鬱憤の全てを悠離へぶつけた。


 しかし、幼い悠離にもやがて学習する時が訪れる。

 ようやく言葉を話し始めた頃、彼はこの世界に存在する1つの規則に気が付いたのだ。


 良い子でなければ、ぶたれる。


 今いるこの世界は、そういうルールなのだと。


 ――


 対照的に母親は、悠離へ直接手を上げることはほとんどなかった。

 その代わり、言葉という暴力を多用した。


「あんたさえいなければ、もっと仕事を選べたのに……」


「どうして私ばっかり、こんな目に……」


「本当に面倒。絶対私の血じゃないでしょ……なんで、こんな手のかかるガキが……」


「お願いだから、私の人生の邪魔だけはしないで」


 母親は鏡の前で化粧をしながら、毎朝、独り言のようにそれらを口にしていた。

 悠離に聞かせているつもりがあったのかは不明である。


 だが幼い耳は、唯一の世界であるその空間で、彼女の言葉を一言も漏らさず拾っていた。

 そして彼は少しずつ、自分なりの規則を作っていく。


 泣かないこと。

 母の邪魔になるから。


 騒がないこと。

 父の邪魔になるから。


 お腹が空いても我慢すること。

 母の邪魔になるから。


 部屋の隅で小さくなっていること。

 父の邪魔になるから。


 大人が寝ている時は、息の音すら立てないこと。

 2人の邪魔になるから。


 何かを頼む時は、先に「ごめんなさい」と言うこと。

 それは――


 良い子でいれば、生きることが許される。

 それが、彼の生存戦略であった。


 ――


 そんな彼に、転機が訪れる。

 悠離は、ちょっとばかりの家出をしたのだ。


 おそらくは、子供特有の好奇心から生じた突発的な行動。

 母親が外出する際、偶然にも玄関の扉を完全に閉めずに出ていったのだ。


 母の後を追いかけるように、5歳まで成長した悠離は、生まれて初めて外(・)界(・)を(・)見(・)た(・)。


 何もかもが新鮮だった。


 閉鎖的な我が家とは比べものにならないほど、広々とした空間。

 空。風。車。

 行き交う人々。


 悠離は、母親の姿を探して走った。

 だが、すれ違う者たちは笑顔ではなく、どこか憐れむような表情でこちらを見ていた。


 それもそのはず。

 悠離の服は擦り切れて汚れ、髪は伸び放題。

 頬は痩せこけ、手足には複数の痣が残されている。


 食事事情にほとんど困ることのない当時の日本において、その姿は明らかに異常だった。


 通行人からの通報を受け、警察及び児童相談所の職員が現場へ到着する。

 悠離は、見たこともない大人たちに囲まれた。


 誰もが、家の中では見たことのない表情をしている。

 眉を下げ、声を潜め、悠離を傷つけないようにゆっくりと近づいてくる。


 悠離は酷く混乱していた。


 こんなことは初めてだった。

 自分は今、悪い子なのだろうか。

 だから、こんなにもたくさんの大人に囲まれているのだろうか。


「あ、ちょっと君!」


 悠離はその場から逃げ出した。


 大人たちの合間を縫うように抜け出し、母親が歩いていった方向へと駆ける。


 すると曲がり角で、1人の女性にぶつかった。


「うぅッ」

「あら、ごめんなさい! 大丈夫!?」


 綺麗な女性だった。

 母親に負けず劣らずの整った顔立ち。

 その女性は屈み込むと、ハンカチで悠離の頬についた汚れを丁寧に拭い、ぽんぽんと頭を撫でた。


 優しい手つき。

 悠離が生まれて初めて知った、人肌の温もりだった。


「ぼく、良い子?」

「え?」

「ぼく……わるい子じゃ、ない?」


 女性は一瞬、言葉を失った。

 だがすぐに柔らかな微笑みを浮かべ、悠離の頭をもう一度撫でる。


「もちろんよ。ぶつかったのに泣かなかったんだもの。偉いわ。とっても良い子」

「へ、へへ……」


 悠離は微笑み、気持ち良さそうにその手へ頭を預けた。


「あなた、お名前は?」

「なまえ?」

「うん。あなたのお名前」

「ぼく……ゆうり」

「ゆうり君ね。名字は分かるかしら?」


「…………ひ、ひの……」


「ひの……ひのゆうり……」


 女性は、その名をゆっくりと反芻した。


「ねえ。もしかして、悠離君のママのお名前って、日野■■?」

「うん! そうだよ!! なんで分かったの!?」


 嬉しそうに飛び跳ねる悠離。


 だが対照的に、女性の表情は見る間に暗くなっていった。


「悠離君」

「?」

「悠離君のおうちは、どこ?」

「おうち?」

「ええ。私を案内してくれる? ママに大切なお話があるの」

「いいよ!!」


 悠離は女性の手を握った。


 今度は迷わないように。

 離れないように。


 その温かな手を引き、彼の唯一の世界である、あの集合住宅へと向かって歩き出した。


 ◇


 


「ッ!!」


 ブッダは嫌な予感を覚え、瞬時にモニターから目を逸らした。

 そしてイシス神を見ると、彼女は眉間に深い皺を刻み、こちらを睨みつけていた。


(まずい……これは姐さんの地雷、踏み抜きまくってる奴だ。あのボケジジイども(中枢機関)ぉッ!! なんて案件送ってんだ!!)


「読みなさい」

「いや、もう十分っス。大体の流れは分かりましたし――」

「読みなさい」


 イシス神の圧に負け、ブッダは再びモニターと向き合った。

 


 ◇


 もう、察しの良い方ならばお分かりだろう。


 悠離が出会った女性は、彼の生物学上の父親の正妻である。


 彼女は、突如として行方をくらませた夫の消息を追い、長らく捜索を続けていた。

 やがてその努力が実を結び、日野■■が夫を匿っていると思しき集合住宅まで辿り着く。


 しかし、判明していたのは建物まで。

 男がどの部屋に潜んでいるのかまでは特定できていなかった。


 そんな折、偶然出会ったのが――日野悠離だった。


 何も知らない悠離は、初めて自分を「良い子」と認めてくれた女性を、自らの家へと案内したのである。


 その後の映像記録は過度に残虐であるため、一般閲覧者向けの翻訳に際し、その大部分を省略する。


 

 以下は、その惨劇の結果である。


 室内へ踏み込んだ正妻と、悠離の生物学上の父親との間で激しい口論が勃発。

 途中帰宅した悠離の母親も加わり、罵声と暴力が飛び交う乱闘へと発展した。


 その最中、争いを止めようと大人たちの間へ入った悠離は、実父の腕に振り払われ、小さな身体を勢いよく吹き飛ばされた。

 そのまま後頭部をガラス製のテーブルの角へ強打。


 受傷から47分後、日野悠離は搬送先の病院で死亡が確認されたという。


 享年5歳。


 死因は、後頭部への強い衝撃による外傷性脳損傷及び急性硬膜下血腫。

 受傷直後に適切な救命措置が行われていれば、生存した可能性は――否定できない。


 母親、生物学上の父親、その妻の3名は、それぞれ保護責任者遺棄、傷害致死、証拠隠滅等の容疑で捜査対象となった。


 追記。


 対象は死亡直前まで、周囲から受けた加害の原因を自分自身に求め続けていた。

 対象の最終発言と思しき音声は、以下の通りである。


 ――悪い子で、ごめんなさい


 以上。


 ◇

【今回の用語まとめ】


■要保護対象

魂籍管理局の記録上、特に重大な事情を抱えていると判断された魂に付された区分。

日野悠離の経歴には、死亡以前から深刻な虐待・養育放棄が確認されていた。


■日野悠離(ヒノ・ユウリ)の第一生

日本で生まれ、5歳で死亡したゥルルの前世。

家庭内で身体的・精神的虐待とネグレクトを受け、「良い子でいなければ生きることを許されない」という認識を形成していた。


■悠離の“良い子”

幼い悠離が生き延びるために身につけた行動原理。

泣かない、騒がない、空腹を我慢する、先に謝る――それらすべてを「良い子」であるための規則として覚えていた。


■日野悠離の死

家庭内の乱闘を止めようとした際、実父に振り払われて後頭部を強打。

外傷性脳損傷及び急性硬膜下血腫により、5歳で死亡した。



――――――――――――――――――――――――――――



ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ



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※AIの利用について:

・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。

・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。

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