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転生監査機関RAC  作者: ぽんにむ
第二章「輪廻庁」2-1「ゥルル編」
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CASE.094「万物の母」

ご覧いただきありがとうございます。


※本作はカクヨム、noteにも掲載しています。

設定資料をご覧になりたい方はぜひnoteに訪れてみて下さい!!

https://note.com/ponym/m/mc8c9ad24eef6

 コツコツ。


 コツコツコツコツ。


 女性がハイヒールで床を踏みしめる。

 建物内は清潔感に満ちた、真っ白な空間だった。

 隅々まで清掃が行き届いており、まさに神が望む完璧さを体現したかのような、殺風景な廊下である。


 ここは「魂籍管理局」。

 魂の記録を管理し、その前世の行いや経歴を徹底的に精査する――輪廻システムの根幹ともいえる最重要部署だ。

 その本部へと続く、輪廻庁《サンサーラ・エージェンシー》のコリドールを、1人の麗しき女性が練り歩いていた。


「こんにちは、イシス神様」

「ごきげんよう」

「イシス神様、こんにちは」

「ごきげんよう」


 この女性こそが「イシス神」――最上位存在(神々)ですら首を垂れる、主神に名を連ねる一柱である。


 その見目は、“美しい”という一語しか持ち合わせていないことを、見る者に悔やませるほどだった。

 どの文献にも記されている通り、慈母神『イシス』は色白の、途轍もなく美しい女神だったという。


 夜のような黒髪に、黄金と蒼玉の頭飾り。

 白と藍の薄布を纏い、肌の多くを晒していながら、その姿には不思議な清廉さがあった。


 そして何より特徴的なのは、腰から広がる巨大な翼。

 表は黒、裏は深い紫。

 羽ばたくまでもなく、綺麗に折り畳まれたその翼がそこにあるだけで、周囲の空気まで神々しく澄んでいくかのようだった。


 さらに彼女の微笑みは、母のそれ。


 最上位存在である神々が一般的に出入りする基底界(インタースペース)において、神はそこまで特別な存在ではない。

 基底界人が経営する店に頻繁に顔を見せる者もいれば、ブッダ神のように基底界人とどんちゃん騒ぎをするほど距離感の近い者もいる。


 この次元における神々と基底界人の違いは、神格を有するか否か。

 というより、強大な恩寵(ギフト)を持つ執行官の方が、幾分か神らしく見えるほどだ。


 ――だが、それも主神となると話はがらりと変わる。


 オーディン神を筆頭とする主神は、その風貌、神格、オーラ、異能――そのどれを取っても、一般的な神々や基底界人とは隔絶した差がある。

 いわゆる別格なのだ。


 同じ神であっても、一目見ただけで思わず首を垂れてしまうほどの圧倒的存在。

 そんな者が輪廻庁を闊歩すれば、たちまち職員たちは仕事どころではなくなるだろう。


 だが、そこはイシス神。

 彼女はそんな主神の中でも、ひときわ異質な存在であった。


「いらっしゃいませ、イシス神様」

「ごきげんよう、皆さん」


 魂籍管理局の職員は、入館したイシス神に一斉に頭を下げる。

 普通なら這いつくばり、目を合わせることすら憚られる存在にもかかわらずだ。


「今日は何件ほど担当すればよろしいのでしょうか?」

「はい、恐れ入ります。イシス神様には本日、300件ほどの案件が本部から依頼されております」

「あらあら、今日は一際多いですこと……」

「た、大変申し訳ございません!! 我々が不甲斐ないばかりに、イシス神様のお手を煩わせてしまい……」

「あら、別にいいのですよ。悪いのは、いまだ私の力に頼り切りの中枢機関共ですから」


 これがイシス神の異質さ。

 主神でありながら、一介の基底界人と気軽に会話ができるほど、彼女は親しまれた存在なのだ。


 それほど彼女は寛容で、魅力的で、慈愛に満ちた空気を纏っている。

 魂籍管理局では、彼女を慕わない者などいないほどであった。


「では、案内をお願いしますね」

「はい! かしこまりました!」


 職員がイシス神を連れて行った先は、綺麗に整頓された豪華なオフィス。

 輪廻庁の最上階に位置し、美しき純白の基底界を一望できる特等席だ。


 その中央には、ぽつんとデスクとPCが置かれている。


「いつもお掃除、ご苦労様です」

「いえいえ、そんな滅相な……!」

「と、当然のことですので!」


 イシス神は、仕方のない子たちだと、ふふふと微笑む。


 これは、彼女が強要しているわけではない。

 職員たちが自発的にやっていることだ。


 一般的な作業場で良いと何度も伝えているのに、彼らは主神であるイシスを自分たちと同じ空間で働かせることが許せないのだという。

 だからわざわざこんな個室を用意し、日頃から隅々まで手入れしている。


「では、私は作業を始めますので……ご苦労様でした」

「はい、ありがとうございます! 何かご要望があれば、すぐさま駆けつけますのでお声がけください」


 そう言うと、職員たちはルンルンで退出した。

 イシス神は彼らが置いていった呼び鈴を一瞥すると、すぐさまモニターに向き合う。


「全く……いつになったら輪廻庁は親離れしてくれるのかしら……」


 ずらりと並ぶ輪廻の案件を眺め、イシス神はため息をつく。


 輪廻庁、そしてこの基底界(インタースペース)が形を得たのは、遥か昔のこと。

 アダムとイブが堕とされ、いと尊き地球(ガイア)に人類が誕生した頃にまで遡る。


 もっとも、神々にとって「どれほど昔か」という問いに、大した意味はない。

 老いもせず、変化にも乏しい彼らは、時の経過を人のように数える習慣を持たないからだ。


 昨日と百年前。

 あるいは、その遥か彼方。


 神々にとってそれらは、出来事の前後を区別する以上の意味を持たない。

 そしてその頃から神々は輪廻へ介入し始め、転生のシステムは確立され、魂は絶えず循環している。


 その中枢にして、アーキタイプ。

 それこそがイシス神本人である。


 彼女の権能(オリジン)――『欠片蒐集(OSIRIS)』は、対象の断片情報を魂レベルで収集・再接続する異能である。

 対象は、肉体情報、神経信号、記憶片、魂残滓など、ほぼ際限がない。


 つまり魂を内在する有機物であれば、その魂ごと自由自在に改造できるという、異次元の能力。

 輪廻システムの根幹にあるのがこの権能であり、彼女にかかれば指1本振るだけで、ヒトを蠅に、カエルをヒトにと、まさに姿かたちを変えることができる。

 当然、記憶保持の可否、恩寵(ギフト)の付与も自在。

 まだ輪廻のシステムが確立されていなかった頃、彼女はたった1人で輪廻を賄っていたのだ。


 故に、たかが300件など造作もない。

 人間の女性が朝起き、シャワーを浴び、支度を整える間に終わる。


 それでいて、いまだ輪廻庁が彼女を頼るのは、輪廻庁の職員ですら手を焼く案件があるからだ。

 決して滞らせることのできない業務を抱える魂籍管理局にとって、イシス神はいまだ、その背を支える大黒柱と認識されている。


 一方で、いまだイ(・)シ(・)ス(・)離(・)れができない我が子(インタースペース人)と、ふんぞり返る無能な中枢機関の神共。

 イシスは前者には心配を、後者には呆れの念を募らせているのだ。


「……これが終わったら、中枢機関に顔を出すとしましょう」


 知らぬ間に中枢機関への説教が決まったところで、彼女は資料を読み始める。


 とはいえ、別に退屈な作業というわけではない。

 かつては膨大な魂を次々と転生させるだけで手一杯だったが、こうして一部の業務だけに集中できる今だからこそ、魂の持ち主――彼らの物語(過去)をじっくり拝読することができる。


 極端なまでに失敗を恐れる神々は、イシス神からすると酷く退屈なもの。

 だが、その分身ともいえる地球のヒトの子たちは失敗ばかり。

 中には、失敗を善とする者までいる。


 しかし、だからこそ千差万別の物語がある。人生がある。

 イシス神にとってこの時間は、数少ない楽しみの1つとなっていた。


「ふんふん、なるほど……このお方は戦場で幼子を庇って死亡したのですね……。素晴らしい献身です。貴方には最高の転生先を授けましょう」


 鼻歌を歌いながら、まるで本を読むかのように資料へ耽るイシス神。

 次々と舞い込む新鮮な物語に夢中になり、いつの間にか周囲の職員たちは何度も入れ替わっていた。


「なるほどなるほど。大変興味深い魂たちです。とりあえず今リストに追加した者たちには、良き転生を授けるとしましょう」


 イシス神がひょひょいと手を振る。


 その場では何の変化もない。

 だが、おそらく仕事はそれだけで終わったのだろう。


 ふう、と一息つく。


「とりあえず、今日はこれでおしまいかしら……ちょっと物足りないわね。……あら?」


 資料を読破し、一仕事終えたものの、なんだか物足りなさを感じるイシス神。

 だがその時、視界の端に見逃していたもう1件のファイルを発見する。


「私としたことが……もう1人いたのですね」


 すぐさまファイルを開く。

 すいすいとスクロールし、文字列を高速で目で追った。


 先ほどまでは、嬉々として物語を堪能していた。


 だが次第に指の動きは鈍り――やがて、ぴたりと止まった。

 その表情からも、先ほどまでの柔らかさが消えていく。


「なんということ……」


 ぎりりとマウスを握り、最後の案件の情報を凝視する。

 そしてすぐさま、呼び鈴を勢いよく鳴らした。


「どうなされましたか、イシス神様!?」


 尋常でない気配に、職員たちが急ぎ足で駆けつけてくる。

 イシス神本人は頭を抱えており、慈母の面影もない低い声で、彼らに命令を下した。


「ブッダを呼びなさい……」

「ブッダ……RAC局長でしょうか!?」

「そうです……早急に呼びなさい」


 その主神の圧に恐れおののき、職員たちは蜘蛛の子を散らすようにその場を後にした。


 直後、「しまった」とイシス神は我に返る。

 彼らに恐怖を与えてしまったことを、心の中で静かに懺悔した。


 だが、それでも怒りは収まらない。

 沸々とした感情が、再び胸の奥からせり上がってくる。


 その怒りの源となった魂の名が、モニターに表示されていた。

 


「日野悠離(ヒノ・ユウリ)…………」



【今回の用語まとめ】


■過去のイシス神

輪廻体制の中枢を担っていた主神の一柱。

圧倒的な神格を持ちながら、魂籍管理局の職員とも気さくに接し、彼らから強く慕われていた。


■欠片蒐集(OSIRIS)

イシス神の権能(オリジン)。

肉体情報・神経信号・記憶片・魂残滓などを魂レベルで収集・再接続し、生命そのものを再構築する。現在の輪廻・転生技術の原型となった能力。


■輪廻体制のアーキタイプ

現在の輪廻庁《サンサーラ・エージェンシー》による転生システムが確立される以前、イシス神は『OSIRIS』によって一柱で膨大な魂の輪廻を担っていた。

現在も難度の高い案件では、魂籍管理局から直接頼られている。


■日野悠離(ヒノ・ユウリ)

イシス神がその日最後に目を通した魂。

これまで数多の人生を読んできた彼女をして表情を失わせ、(かわいそうな)RAC局長ブッダを即座に呼び出させるほどの経歴を持っていた。



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ここまでお読みいただきありがとうございます('ω')ノ



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※AIの利用について:

・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。

・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。

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