CASE.093「慈母神イシス」
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(どうしようどうしよう、本当に来ちゃった! マジで主神が来ちゃったッスゥ!!)
この作戦の企画者であるミラだが、その本人が一番驚いていた。
元々は半信半疑の、“とりあえず未来の自分に任せて行き当たりばったり”作戦だったため、まさか本当に主神自らが来場するとは思っていなかった。
故に、この後のことは何も考えていない。
これがミラクオリティ。
「わぁーイシス神だぁー!!」
「主神と喋んの初めて」
「ちょ、あんたたち静かにしてなさい!」
インヨウ兄妹はカイの制止を振り切り、はしゃいでいる。
最上位存在の最高位たる主神の前で粗相するわけにもいかず、カイとミラは内心汗だくである。
だが、当のイシス神の反応は意外なものであった。
「フフ……元気なお声が聞こえますね。お名前は?」
「インだよ~」
「ヨウだよ!」
「そうですか、インとヨウ。素敵なお名前だこと」
ふふんと、インヨウ兄妹は自慢げに鼻を鳴らす。
「も、申し訳ございませんイシス神! ウチの子たちが無礼を――」
「お黙りなさい、カイ監査官。私は今、インとヨウと喋っているのです」
「…………は、はい」
カイはフリーズした。
インヨウ兄妹と比べ、なんたる態度の温度差か。
それを肌で感じ、カイは即座にイシス神の特性を理解した。
(なるほどね……だからこその、慈母神)
おそらくイシス神は、子供に滅法弱い。
まるで母のごとく、慈悲深く優しげな口調でインヨウ兄妹に語りかけている。
アンと信頼関係を築けているのも、彼女が一応大人とはいえ、精神面も見た目もかなり子供っぽいからであろう。
(イン、ヨウこっちおいで!)
(ん?)
(なぁーに、カイ姐?)
これは使える。
そう踏んだカイは、インヨウ兄妹に耳打ちをする。
イシス神から不機嫌そうな鼻息が聞こえ、ミラとルールーは肩をびくつかせた。
「「イシス神さま!」」
「何かしら? それに、お二人に“様”は必要ないですよ」
「……イシス神はなんでゥルルの中にいるの??」
その核心を突く質問に、イシス神は黙り込む。
子供であるインヨウ兄妹だからこそ聞ける、ド直球の質問である。
これがカイかユリスであれば、逆鱗に触れて何をしでかすかも分からない。
故にインヨウ兄妹の子供性を利用した、割とズルい作戦である。
「あなたの入れ知恵ですね、カイ監査官」
「………………」
「まぁ、いいでしょう……」
だがその時、作戦室に予想外の人物の怒号が割り込んだ。
「な、なんですかこれはッ!!!」
ディーテル情報官であった。
身体をロープでぐるぐる巻きにされ、芋虫のように這いずってここまで来たのだろう。
「おい、ガキ共! ちゃんと縛っとけッつったろうが!!」
「ボクじゃないもん、インだもん」
「オイラじゃないよ、ヨウだよ」
(なぁーんで、ウチのガキ共はどいつもこいつもポンコツぞろいなんだ!!)
ヘパーとインヨウ兄妹のいがみ合いが始まったかと思えば、ディーテルは必死に身を起こし、声を荒げる。
「どういう状況ですか、これは!?」
「えー……えーとぉ~」
あたふたしながらも、なんとかミラはこの状況を説明しようとした。
「サクセンシツノセキュリティレベルヲサゲテイシスシンヲオムカエシマシタ」
「……え? い、今なんと??」
あまりにも早口で、全く聞き取れない。
「作戦室の! セキュリティレベルを! 下げて!! イシス神をお迎えしたッス!!」
「な、本当に何を言ってるんだ君は!?」
だが、見渡しても誰もそれを否定しようとしない。
唯一まともそうなカイ監査官でさえ、うんうんと頷いている。
つまり本当に、作戦室中へ響くこの“聖母のような声”は、イシス神本人だというのだ。
「馬鹿な……本当にイシス神であらせられるのですか……。いや失礼、あなた様はたしか、本部では消滅したと――」
「誰がこの私に口を聞いてよいと言いましたか、下郎」
ディーテルは唖然としながらも、状況把握に努める。
情報官としての矜持からか、相手が主神とはいえ、彼は一歩も引く姿勢を見せない。
「恐れ入りますが、私、RAC本部直属の情報官ディーテルと申します!!」
「……3」
「私には、あなたの素性を知る義務があります!!」
「2」
「何卒、あなた様がこのような事態に陥った理由を――」
「1」
「お教え――」
すると、ディーテルは即座にばたりと倒れた。
ユリスとカイが急いで駆け寄る。
「気絶している……」
「一体何を!」
「いちいち騒がないでください。不快です。たかが魂と肉体の位相を、ほんの少しズラしただけのこと……」
「位相を……ズラした……ですって……?」
(ひぃ~マジでヤバい人相手にしてるッスよルールーちゃん~ッ!)
(ちょちょちょ、ミラっち袖掴まないでほしいし! こっちにヘイト向いたらどうすんの!)
軽い口調でとんでもないことを宣うイシス神に、作戦室の面々が唖然とする。
肉体へ、大地に何万本もの根を張る巨木のように接続している魂。
それを触れもせず、ほんのわずかにズラしたというのだ。
それは規格外の所業。
だが相手は主神。
それも輪廻システムの根幹――アーキタイプそのものだった存在だ。
たとえ魂だけの存在になろうとも、基底界人1人の魂など、どうとでもなるということなのだろうか。
「じきに気が付く。放っとけ」
「ヘパー、あなたまで!」
「今はそれどころじゃねえだろうがよ」
「…………」
ヘパーのあまりの落ち着きっぷりに、カイは少々違和感を覚える。
だが即座に思考を切り替えた。
「ユリス、ディーテルをお願い」
「了解した」
「では、イシス神様。お願いいたします」
「フン……この私に指図するとは……。今回の第六執行部隊は、どうにもふてぶてしい面子が揃っているようですね」
イシス神は少し間を置くと、彼女が現在の姿へ至った経緯、そして日野悠離との歴史を語り始めた。
――――――――――――――――――――
――報告。
地球時間140129ZJAN32
特殊第六執行部隊以外の、全ての執行部隊への事情聴取が終了。
一方、特殊第六執行部隊作戦室へ派遣した情報官三名の帰還はいまだ確認できず。
本部に伝達。
速やかにディーテル情報官の安否を確認されたし。
繰り返す。
速やかにディーテル情報官の安否を確認されたし。
以上。
【今回の用語まとめ】
■イシス神の慈母性
子供であるインとヨウには、他のRAC局員とは明らかに異なる慈愛に満ちた態度を見せるイシス神の一面。
一方で成人した局員には「下郎」と呼びかけるなど、その対応には極端な温度差がある。
■魂と肉体の位相
魂と肉体が結び付いている“位置関係”のようなもの。
イシス神はディーテルのそれを「ほんの少しズラす」だけで、触れることなく瞬時に意識を奪った。
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