CASE.092「降臨」
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ミラがカタカタとキーボードを高速で打つ。
モニターには、黒背景に文字と数字の羅列がびゅんびゅんと下から上へ流れていく。
カイには何が起きているのか見当もつかないので、そのまま缶ビールをすすりながら眺めることにした。
「カイ監査官」
「ん、どーも」
カイはユリスからコーヒーを受け取る。
もはや本任務が始まって何杯目だろうか。
がぶがぶと飲み干すその姿に、ユリスはちょっとだけ引き気味であった。
「カイ監査官」
「何よ」
「この作戦、どれほどの勝機があると見る?」
ユリスは眼鏡をくいっと上げる。
「知らないわ。あなたの方が得意でしょ、こういう分析は」
「残念ながらこのケースは僕の辞書にも載っていない。故に、真の意味でイレギュラーだ」
「じゃあ私に分かるわけないでしょうに」
ユリスのおでこをぴんっとデコピンする。
半分八つ当たりであり、ユリスはいそいそとずれた眼鏡を直した。
今この状況を左右できるのは、ミラ1人。
カイたちは後ろで、彼女の奮闘する姿を見守るほかないのだ。
故に、暇と不安が同居し、2人ともそわそわしていた。
すると、何やらカイが一冊の転職情報誌を取り出す。
「何かな、それは?」
「ん? 転職用よ。次は何がいいかしらねぇ~。あの子たちの働き口も探さないと……」
「ハハハ、随分と冗談がうまいではないか、カイ監査官」
「冗談じゃないわよ、おバカ。あなたも自分の次の寄生先探しなさい?」
「………………oh」
誌面を無造作にぺらぺらと捲る。
だが、とてもじゃないが情報が頭に入らない。
その時、作戦室の電灯が突如点滅し始めた。
「何!?」
「これは……」
「みんな落ち着いてほしいッス! 今、イシス神がこちらに接触を試みてるッス! これはその余波です」
「余波って何?! これ大丈夫なの!?」
作戦室中の電子機器が一斉に暴走を始める。
モニターはノイズにまみれ、挙句の果てにあちこちで火花が散っていた。
演算機器と冷却設備が地鳴りのような唸りを上げ、床まで低く震え始めている。
カイとユリスはバランスを取るため、作戦テーブルにしがみつく。
ルールーはインヨウ兄妹を抱きしめ、テーブルの下に潜り込んだ。
ノルハイコら精鋭の第四組ですら冷や汗をかいており、この状況を傍観することしかできない。
「何事だ、おいこらぁッ!?」
ヘパーが奥から怒鳴り込んできた。
「あ、お帰りなさいッス。もうそろでイシス神が来るッスよ」
唯一平然としているミラに、ヘパーは詰め寄る。
「マジでやったんだな……チンチクリン」
「だってカイ姐が良いって」
「カイッ!!」
「フン……途中怒って不貞腐れてたくせに。こうなりゃヤケよ、ヤケクソよ。どうせ失敗するなら、やれるだけやってから嘆くわ」
「…………」
「それに、好きにしろって言ったのはあなたでしょうが」
ちっと舌打ちをし、ヘパーは椅子にドシンと座り込む。
途中机の下のルールーと目が合うが、もういちいち口喧嘩する気力も今の彼にはなかった。
「来る……」
ヘパーが呟いた途端、作戦室の騒動が鳴りやむ。
モニターは正常に戻り、床の振動も電子機器の異常も、嘘のように落ち着きを取り戻した。
「よいしょっと」
ミラはスピーカーを皆に聞こえる位置へ運び込む。
すると全員が、自然とイシス神――と思しき存在――の声を聞こうと前かがみになった。
「ん、ちょっとミラ。なんも聞こえないけど」
「もうちょい待ってほしいッス」
「まーだー?」
「イシスおそい!」
「こら、アンタたち! 聞こえるでしょうが!!」
「おいテメエら、いい加減だま――」
「aaaAAAAA………………」
突如、スピーカーから女性の声のようなノイズが響き渡る。
その瞬間、全員の身体が強張り、インヨウ兄妹は思わず臨戦態勢の構えを取ってしまう。
「…………kkkkこん……ちは」
「チンチクリン、ゲインを-18に調整しろ。ピークは-6dだ」
「う、ウッス!」
ミラがくいっとつまみを回すと、次第に声の輪郭が鮮明になっていく。
そして遂に、待ちわびた彼女の声を耳で聞き取った。
「聞こえますか、特殊第六執行部隊の一行よ」
「うわー聞こえたぁぁあああ!」
「すげええええ――うぶ」
叫ぶインヨウ兄妹を、カイが取り押さえる。
ミラとルールーも叫びそうになったところを、間一髪で押しとどめていた。
その他の者は、イシス神らしき者の声――透き通るような女性の声に意識を奪われていた。
ヘパーを除いて。
「き、聞こえるッスゥ~よぉ~~?」
「そうですか。貴女がこの私を招き入れた当人ですね。特殊第六執行部隊所属、ミラ準上級オペレーター」
「は、はいッス!!」
準上級オペレーター呼ばわりされているのに、ミラは全く気にも留めていない様子。
見られているかも定かではないのに、右手で大きく敬礼をしていた。
酷く緊張している様子である。
「失礼。不躾で申し訳ないが、あなたのお名前をお聞き――」
「口を閉じなさい。下郎」
「………………」
初っ端から「下郎」呼ばわりされたことで、ユリスはフリーズする。
「基底界人ごときが、この私の存在を疑うなど、笑止千万。万死に値します」
「………………」
「ですが今回はアンに免じて許しましょう」
作戦室が緊迫した空気に包まれる。
まだ彼女がイシス神と決まったわけではない。
だが、その声音と言葉。
姿かたちが見えずとも、声だけで彼女の格の高さがひしひしと伝わってくる。
暴れていたインヨウ兄妹までもが、すっかり大人しくなっていた。
「ふむ……そんなにも私の正体が知りたいですか……」
一同、ヘパー以外がこくこくと頭を振る。
作戦室を見ているかどうかは分からない。
だが全員の反応を見たかのように、その声の主は高らかに宣言した。
「では改めて名乗るとしましょう。心して聞きなさい」
全員がごくりと唾を飲み込み――。
「私は神々の頂点、主神が一柱――『イシス』」
――そして、目を見開いた。
「現輪廻庁の輪廻体制、その創設者にして――反旗を翻す者である」
【今回の用語まとめ】
■イシス神との直接接続
ミラが作戦室のセキュリティを意図的に低下させ、イシス神側から再びシステムへ介入させることで成立した通信。
これにより、アンの『|あなたの物語を聞かせて《ユア・テイル》』を介さず、6.4合同執行部隊がイシス神本人と直接対話できるようになった。
■主神『イシス』
神々の頂点たる主神の一柱。
ゥルルの内側からアンへ語りかけていた“ママ”の正体であり、自らその名を正式に明かした。
■輪廻体制の創設者
イシス神が明かした自身の立場。
現在の輪廻庁が運用する輪廻・転生体制そのものの創設に関わった存在であることが判明した。
同時に、かつて自ら築いた現輪廻体制に対し、現在は敵対する立場にいることを自ら宣言した。
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