CASE.091「隊長のけつだん」
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「いや、意味が分からないわ……」
奇策中の奇策。
ミラの言う、“あえて”イシス神に作戦室のスパコンをハッキングさせるという作戦。
それはつまり、敵対するかも分からない人物に、特殊第六執行部隊――及び6.4合同執行部隊の心臓部を無防備に晒すことと同義であり、到底理解できるものではない。
当然カイは反発――しようとしたが、先にノルハイコが割り込んできた。
「そ、それはダメですミラさん! 万が一ここが乗っ取られた場合、我々オペレーターは打つ手なしとなります!!」
「うぅ……」
「それにここが機能しなくなれば、他の執行官はおろか、最悪アンさんを異世界から基底界へ転送することも叶わなくなりますよッ!?」
「うぅ~ッ、だからここはユリス先輩に話してほしかったのにィ~!! クソ眼鏡!」
過去のヘマを盛大に晒し、挙句の果てには憧れのオペレーターにまで詰められ、ミラの心は再度崩れかけていた。
肝心なところでユリスは助太刀をしてくれないので、ミラは涙目のまま心の中で彼を罵倒する。
「落ち着いてノルちゃん。それにミラも冗談よね……?」
「冗談でこんなこと言うわけないじゃないッスか。ドゥー先輩じゃあるまいし!!」
「……あら、そうなのね…………(本気だったんだ)」
カイはどうどう、とノルハイコを宥めた。
ミラがおかしいのは通常運転として、どうにも先ほどからノルハイコが殺気立っている。
ヘパーの挑発もあるだろうが、何やら時間に急かされているような――そんな忙しなさからくる苛立ちを、カイは感じ取っていた。
一方でミラの奇策だが、この期に及んで無策を口にするほど彼女が無能でないことも重々承知している。
おそらく何か考えあってのことなのだろう。
諫めるのは聞いてからでも遅くはない。
カイはミラに説明を求めた。
「ユリス先輩の言う通り、イシス神がターゲットの中にいるのなら、おそらくアンちゃんが会話できているのは、アンちゃん自身の恩寵のおかげッス」
「………続けて」
「ゥルルの心の声を介して、アンちゃんはイシス神と対話してると思うんスよ」
「まぁ……そうとしか考えられないわね」
「だからアタシらがどうしようが、こっちから直接イシス神と接触するのは不可能ッス」
だからこそ、一時的にここのシステムへ侵入させ、マイク越しに対話を試みようというのだ。
一応、筋は通っている。
通ってはいるのだが、あまりにもリターンに対するリスクが桁違いに高い。
もしイシス神が端からこちらを敵対視しており、作戦室のシステムを乗っ取られた場合、それはもう目も当てられないほど悲惨な状況になる。
一つ目は、オペレーター機能の停止。
いくらミラやノルハイコのような類まれなる技術を持っていても、システムがなければ話にならない。
故に6.4合同執行部隊の半分の機能が停止することになる。
執行官とコンタクトを取ることはおろか、通信すらままならないだろう。
二つ目が、転送機能の停止。
転送もオペレーター主導で行われるため、それを乗っ取られた場合、アンを始めとした異世界へ出向く執行官たちはこちらの基底界へ帰還できなくなる。
この問題については、他執行部隊の援助を借りれば案外収まる話だ。
だが、そうなるとそもそもの本作戦――“ヘパーとミラのヘマ誤魔化し作戦”が根底から泡となって消える。
そのため、容易に援助を要請することもできない状況なのだ。
そして最後の三つ目が、最悪。
そのまま作戦室だけでなく、RAC本部のシステムまでもが乗っ取られた場合である。
もちろん異常に気付いた本部は即刻突入部隊を編成し、ここへ突入を敢行するだろう。
ヘパーとミラのヘマが発覚するのも時間の問題。
RACを危機に追いやった戦犯として、名実ともに犯罪者――擬似タルタロスどころかガチタルタロス送りとなる。
ノルハイコは、それを危惧しているのだ。
それに、これはもはや、特殊第六執行部隊だけの問題ではない。
いまだ所在不明の第四執行部隊。
システムが乗っ取られれば、もはや彼らとの通信は絶望的となる。
それだけは隊長として、看過することができない。
それに――。
「ミラさん。あなたはもう大人しくしていてください。イシス神との通信は、私の方でなんとかしますので」
「う…………ス……」
「ノルちゃん……」
一蹴され、ミラは酷くしょんぼりしてしまう。
アホ毛も力なくへたり込んだ。
そんな彼女を撫でながらカイも思案するが、どうしてもミラの案を支持する言葉が見つからなかった。
三人の間に重苦しい空気が流れていると、そこへ一際明るい声がスピーカーから広がった。
「あのー、聞こえますか~?」
「アン!」
おそらく空気を読んでずっと黙っていたアンが、ようやく口を開いたのだ。
「私のイヤホンから、イシスさんにもお話ししてもらうのはどうでしょう?」
「……なるほど。どうなの?」
アンの提案は非常に明快だった。
要は、今アンが作戦室との意思疎通に使っているイヤホンの通信経路を、イシス神にも利用してもらえばいいのでは――というものだ。
これなら、わざわざ作戦室の全システムをイシス神へ一時的にでも委ねるという、リスキーなことはしなくて済む。
カイが表情を明るくし目配せを送ると、ノルハイコは目をつむり、考えを巡らせた。
そして数刻もしないうちに目を見開き、結論を言い渡す。
「……難しいと思います」
「そう……ちなみに理由は?」
「イシス神がこれまで干渉しているのは、あくまでゥルルさんとアンさんの恩寵を介した繋がりです。こちら側の通信回線へ直接声を乗せられる保証はありません」
「なるほど……」
それに、仮に可能だったとしても、アンのイヤホンはあくまで末端機器。
主神級の存在が直接通信経路へ介入した際、どの程度の負荷がかかるかなど誰にも分からない。
最悪、唯一まともに繋がっているアンとの通信手段まで失う。
この状況で試すには、あまりにも危険だった。
「他の機器ならどうなのよ」
「少なくとも、こちらから受け入れるなら作戦室のシステムを経由するのが無難かと……」
「いよいよミラの案しかないって訳ね」
ノルハイコとカイは「うーん」と悩む。
すると再度、アンの軽快な声が聞こえた。
「イシスさん、敵対しないよって言ってます! だから大丈夫です!!」
「…………」
「………………」
「プフッ……」
あまりに素っ頓狂な言い分に、ミラは思わず吹き出してしまう。
ユリスもまた、論理もへったくれもないアンの発言に、白衣がずるっと肩から滑り落ちた。
「あ、アンさん。彼女が敵対しない根拠はどこにあるのでしょうか?」
「大丈夫です!!」
「いや、ですから――」
「……ゥルルのためなら何でもするって言っています!」
「あの、ですから、それは彼女の主張であって、何の根拠にも――」
ノルハイコの理詰めに対し、感情へパラメータを振り切ったアンがゴリ押しで返す。
その押し問答に、とうとうノルハイコの顔が引きつり始めた。
ミラとユリスは半笑いで眺めている。
「もういいわ、二人とも」
「カイ先輩……」
カイは深呼吸をすると、ミラのアホ毛をつまみ、命令を下した。
「ミラ。やっていいわよ」
「カ、カイ先輩ッ!?」
思わずノルハイコが声を荒げる。
あまりに彼女らしくない決断に、ミラ、そしてユリスまでもがきょとんとしていた。
「手段は分からないけど、あてはあるんでしょ?」
「ウス」
「じゃ、さっさと片付けましょ」
「ゥウス! 了解ッス!!」
「カイ先輩!」
ミラはすぐさま背中を向け、作業に取り掛かる。
ノルハイコは当然、納得がいくわけもなくカイに詰め寄った。
「一体どういうお考えで――」
「だってこのまま八方塞がりじゃないの」
カイはヘパーが遺していった缶ビールに手を伸ばし、カシュッという、任務中には聞こえてはならぬ音を躊躇なく鳴らした。
「あの馬鹿のせいでタイムリミットがある。だから速攻で片付けなきゃいけない。そして一番手っ取り早いのが、イシス神との対話。でしょ?」
「ですが――」
「でもイシス神と直接繋がる手段として現状使えそうなのは、ここのシステムくらい。でもこのままのらりくらり他の方法を探してる暇もない。違う?」
「それは……」
カイはぐいっと酒を喉へ流し込むと、ノルハイコの頭を撫でる。
「あなたの気持ちも分かるわ。隊長だものね。本当にごめんなさいね、こんなことに巻き込んでしまって……」
「いえ、カイ先輩のせいでは……」
ノルハイコは、ぎゅっと拳を握り締める。
彼女に謝らせてしまったこと。
そして何より、準特級オペレーターでありながら、この状況を他者に委ねることしかできない自分の力不足を痛感していた。
「一つだけ、手があります」
「え……?」
一つだけ。
最も即効性のある策が、ノルハイコにはあった。
口にすべきではないと思っていた。
だが、ここで言わずしていつ言う。
彼女は意を決し、カイへ耳打ちした。
――日野悠離を討ちましょう。
「…………ッ!」
それを聞いたカイの表情が、一気に強張る。
決して冗談ではないことは、火を見るよりも明らかだった。
ノルハイコは、そういう不謹慎なことを冗談で口にする質ではない。
そして何より、その顔が本気だと物語っている。
「本気……なのね……」
「はい。これが最も、この状況を即座に打開できる策かと」
カイは思わず黙り込んでしまう。
たしかに有効な策ではある。ゥルルを殺すことによるイシスへの影響は不明だが、少なくとも無傷ではいられないはず。
というのも――それが本任務の目的だったはずだ。
だがアンの視点を通し、日野悠離の物語を知ってしまったことで、いつしか彼に同情の感情が芽生えていた。
誰もが彼を処理するという本来の目的に蓋をして、目を逸らし、考えないようにしていた。
それをノルハイコが、真正面から掘り返したのだ。
「イシス神は今、肉体を失っています。本来の権能を十全に振るえる状態ではないはずです。シスターズの最大火力による不意打ちならば……勝機はあります」
それは要するに、アンにゥルルを背中から撃てという非情な提案だった。
再生能力があるかは定かではない。
だが一片の反撃も許さず、背後からシスターズの最大火力を叩き込めば、いくらゥルルと言えど無事では済まない――それがノルハイコの算段だ。
耳打ちに近い会話なので、作業へ没頭しているミラはともかく、当の本人であるアンには何が何やらさっぱりである。
だが、その作戦の非情さと合理。
そして同時に、致命的に不確かな部分を、カイは肌で感じ取った。
「でも相手は主神級よ?」
「…………」
「肉体がないからって、何もできないわけじゃない。現に私たちの転送も通信も、もう散々弄られてるでしょう?」
「…………はい」
もはや散々、特殊第六執行部隊の荒くれ者どもに振り回された末に、カイの精神状態は悟りを開くまでに落ち着いていた。
もはや背水の陣を超えて、冷静沈着。
それでもなお、監査官としての理性を残している。
「第四執行部隊隊長としては正解よ。でも、それはあなた自身の本意ではないでしょ?」
「…………」
「この案件、癪だけどヘパーの言う通り必ず裏がある。それをイシス神との対話で裏取りできるなら、相応のリスクを支払うべきだと私は思うのよ」
ぐうの音も出ず、ノルハイコは床を見下ろす。
言いたいことは山ほどある。
だが、これ以上は蛇足と判断した。
そのまま静かに、サイモンの下へ戻っていく。
カイは大きくため息をつき、ミラに尋ねる。
「それで、どうするの?」
「ウッス。一時的にここのセキュリティレベルを低下させます」
「え”」
「えっ」
「それならイシス神もすんなり入れると思うので」
何やらとんでもないことを平然と言っているが、今のカイは無敵状態だ。
悟りを開いた精神状態は、ミラのすべての狂言を真正面から受け止めるまでに成長していた。
彼女もまた、特殊第六執行部隊を経て成長している証拠である。
多分。
「もうこうなりゃヤケね……。あとユリス、暇ならコーヒー淹れて」
「なんだか僕の扱い、雑ではないかい?」
「早く」
「了解した、BOSS」
【今回の用語まとめ】
■ミラちゃんの大作戦
ミラが提案した、イシス神との直接接触方法。
特殊第六作戦室のセキュリティを意図的に弱め、以前と同じようにイシス神側からシステムへ介入させ、その接続を通じて対話を試みる。
しかしオペレーター機能・転送機能の停止に加え、最悪の場合はRAC本部のシステムまで侵入される恐れがある。ローリスク、ハイリターンの大博打。
■ノルハイコの代替案
イシス神との危険な接触を避けるため、日野悠離を即時執行するという案。
アンの《トリリウムシスターズ》による最大火力の不意打ちで、ゥルルごとイシス神へ打撃を与えることを想定している。合理的だが、カイはそれを拒否する。
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