CASE.087「我に奇策あり」
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ヘパーの頭の中で思い描く作戦とは何なのか。
果たして、特殊第六執行部隊の現状を打開するほどの代物なのか。
カイは、反省しているとは到底思えないヘパーの挑戦的な態度に苛立ちつつも、ひとまず彼の言葉へ耳を傾けることにした。
顎で「早く言え」と促すと、ヘパーが口を開く。
「おう、いいか? 確かに今の俺らはやべえ。2:8――2は俺の失態、8はチンチクリンのせいで、チクられたら一発アウトだ」
「それは知ってるわよ」
「だが奴らはまだ知らねえ」
「…………ハァ。もうなんとなく分かったわ……」
「おうよ。さすがは俺らの監査官様だぜ!」
「どういうこと?」と、インヨウ兄妹がユリスの方を見て、無言で解説を求める。
「我々のアドバンテージは、情報の主導権を握っているということだ」
「「しゅどーけん??」」
「そうだ」
現状、そのパンドラの箱を知るのは、6.4合同執行部隊と拘束中の情報官3名だけ。
つまり情報官たちから本部への通告さえ防ぐことができれば、この情報が即座に外へ漏れることはない。
そしてもう1つ。
特殊第六執行部隊には、切れるかもしれないカードがある。
「今回の任務、どうやら本部――特に中枢機関にとって、何か不都合なことを隠しているようだ。おそらくそれは――」
「「イシス神!!」」
「その通り」
事前の情報録とアンの報告には、いくつもの食い違いが存在する。
1つは、ゥルルの転生時期。
目録では“転生したばかり”とあるが、彼の友人であるサポーニスの話によれば、彼は少なくとも5年前から“α-980-ノード89”に存在していた。
これはあまりにも大きな相違点だ。
そして2つ目は、より決定的。
イシス神の生存である。
本案件の初期に勃発した転送事故。
その介入痕跡からは、「ISIS」の名が検出された。
加えて、アンからの「イシス神と話した」という報告。
これらを組み合わせれば、少なくとも“イシス神は既に死亡している”という前提そのものが怪しい。
ひいては、ゥルルに掛けられたイシス神殺害容疑すら、虚偽である可能性が浮上してくる。
「なんか上の人たちさぁー、その“ゥルル”っておチビちゃんに擦り付けたい感じじゃーん?」
「……そうね。信じがたいけど、100%無いとは言い切れなくなったわ。特に今の中枢機関は、ね」
ロザリア案件における、トール神と中枢機関の癒着。
あの一件以降、中枢機関への信頼は以前と比べて大きく揺らいでいる。
そしてそれは、カイも同じだった。
中枢機関が完全に白だと断定するには、あまりにも信頼も根拠も足りない。
「つまりはよ、俺らはイシスの野郎から直接裏を取って、奴らの触れちゃならねえ部分まで掴みゃあいいんだ」
「……なるほど。そしてそれを交渉材料として、今回の件を水に流してもらおうということかな?」
ヘパーはぱちんと指を鳴らし、強い同意を示す。
ぶっとい指から放たれたそれは、常人のものを遥かに超える音圧だった。
一筋の希望を見出し、作戦室を覆っていた暗い空気にも、わずかな光が差し始める。
だが、依然としてノルハイコは冷静だった。
「ではその間、情報官の方々はどうするおつもりですか?」
「んん? なんだ第四の。なんか文句でもあんなら聞いてやる」
「作戦の間、彼らをずっとここに監禁するつもりでしょうか?」
「………………む」
「さすがの本部も、情報官3人が帰投しなければ異常を察知するでしょう。それに、ここは特殊第六執行部隊の作戦室……」
「………………む、むぅ」
本部も、送り出した情報官が戻ってこなければ、当然何らかの異常事態として対処する。
しかも彼らが最後に立ち寄ったのは、問題児の巣窟たる特殊第六執行部隊。
異常を認識してから突入部隊を編成するまで、そう長くはかからないだろう。
もし作戦が長引き、本部側の執行部隊――最悪、第一執行部隊まで動くことになれば、いよいよ万事休すだ。
つまりこの作戦の最大の問題は“時間”。
たった1つ。
だが、あまりにも致命的な大穴である。
「時間ね……まだドゥーたちとの連絡は?」
「依然として反応なしです」
「そう……まずいわね」
仮にイシス神から力ずくで情報を引き出すとしても、アンを戦力として期待するわけにはいかない。
本人のよわよわ身体能力に、サポート特化の恩寵。
今すぐ何らかの戦闘へ発展したとして、安易に勝てる保証などない。たとえ、その依代が子供ほどの小さなスライムであったとしてもだ。
そして何より、相手は“主神”。
最上位存在の頂点に立つ存在だ。
アンの報告どおり肉体を棄てた状態なのだとしても、どれほどの力を残しているのかは分からない。
その異能も能力も、基底界人である彼らには想像もつかない、規格外の代物である可能性が高い。
唯一、真正面から対抗し得るものがあるとすれば――『アバドン・システム』。
だが肝心の当人は、現在音信不通だ。
「戦闘もダメ、他執行官も通信不可。詰んでなーいコレー?」
「それに、イシス神が本当にゥルルの中にいるとして……どう接触するかも問題だな」
「……ちょ……おいおい待て待て。まさか諦めるって言うんじゃねえだろうな、おい!?」
「……まずいわね」
さすがのカイもユリスも、決定的な打開策を思いつけない。
特殊第六執行部隊の最高頭脳をもってしても、この状況は深刻だった。
今までのどの案件よりも厳しい。
だがそこに、意外な人物の弱々しい声が上がる。
「あるッス」
「…………ミラ?」
「まだあるッス」
ミラだった。
先ほどまでしょんぼりと存在感を消していた彼女が、涙目で鼻水を垂らしながらも、一生懸命に手を挙げている。
「んだよチンチクリン。また本部ハックするとか言うんじゃねえだろうな?」
「そんなことはもうしないッス!! 多分」
「何か思いついたの?」
ミラは「よいしょ」と立ち上がると、すたすたとモニター前へ向かった。
全員が頭に?を浮かべる中、彼女はマイク越しにアンへ語りかける。
「アンちゃん、聞こえますか?」
「……は、はい!! よかったぁ~~また繋がらなくなったから壊れちゃったのかとぉ~~」
アンはずっとこちらへ声をかけ続けていたらしく、唯一の通信手段であるイヤホンまで壊れたのかと涙目になっていた。
「イシス神と話したっていうのは、本当ッスか?」
「は、はい! この眼……いや、耳でしっかり聞きました!!」
「そうッスか……じゃあ、イシス神と代わってください」
「ミラ!?」
全員が一斉にモニター前へ駆け寄り、ミラへ詰め寄る。
「何をするつもりだ、ミラオペレーター」
「主神なんぞと喋っても、ろくなこと起きねえぞオメエ」
「「またミラが暴走したぁ~」」
「ミラ、説明しなさい」
一気に詰め寄られ、ミラはびくっと一歩後ずさる。
だが、すぐに踏み止まった。
表情をきりっと固め、ぐいぐい迫る大人達と向き合う。
ここで退いて、何になるというのか。
今の彼女には、もう失うものなどほとんどない。
これ以上やらかそうが、失敗しようが、擬似タルタロス送りは変わらないだろう。
こんな時、相棒であるドゥーならどうするだろうか。
(アタシならできるアタシならできるアタシならできるアタシならできる――)
ミラは自己暗示で自分に発破をかけた。
今が勝負の時。ここは、博打を打つ。あの男ならそうする。
ためらいもなく、自分のエゴを押し通すはずだ。
上官であるカイたちの指示を無視してまで、ルーンプリンスを最後まで救おうとした、あの時のように。
であれば――彼の相棒らしいオペレーターとして、振る舞おうではないか。
「イシス神と交渉します。それがアタシら特殊第六執行部隊を救う唯一の奇策ッス」
【今回の用語まとめ】
■情報の主導権
現在、6.4合同執行部隊側が持つ最大のアドバンテージ。
不正アクセスやイシス神に関する情報の全容を知る者が限られているため、情報官3名から本部への報告を防いでいる間は、特殊第六側にまだ交渉の余地が残されている。
■イシス神に関する二つの齟齬
RACの記録ではゥルルは転生から間もないとされる一方、実際には少なくとも5年前から『α-980-ノード89』に存在している。
さらに死亡したはずのイシス神についても、転送介入ログとアンの証言から生存の可能性が極めて高くなっている。
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