CASE.086「ツケ」
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それから30分もの間、カイのガチ説教が続いたという。
ヘパー、インヨウ兄妹、そしてミラは地べたに正座させられ、一列に並んでカイの怒りを受け止めている。
実行犯であるヘパーの頬には、大きな手のひらマーク。
しぶしぶと、カイのガミガミを耐えていた。
インヨウ兄妹は頭に大きなたんこぶをこさえ、それぞれ涙目になってしょんぼりしている。
一方、元凶であるミラだが――。
「うぅ……(´;ω;`)」
頬には手のひらマーク。
頭にはたんこぶ。
見事なフルコンボを喰らっていた。
おそらくビンタと拳骨の両方を貰ったのだろう。
嗚咽を漏らしながら、涙をびゃーびゃー流して正座している。
不幸中の幸い、この光景がアンに見られていないことだけが、彼女にとって唯一の救いだろう。
「ハァ……ハァ……」
カイのマシンガン説教も、ようやく弾を撃ち尽くしたらしい。
ほぼノンストップだったため、カイは水をがぶ飲みしながら息を整える。
「フゥー……ホント、ウチってろくでなしばっかしね……」
「もういいかぁ、カイよ? そろそろ足が痺れてきた――」
「まだまだ続くに決まってんでしょーがッッ!!!! この馬鹿、アンポンタンッ!!」
ヘパーの一言で、再び導火線に火がついた。
インヨウ兄妹はじろりとヘパーを睨みつけ、当の本人は気まずそうに目を逸らす。
「あなた、自分が何をしたのか分かってるの!?」
「分ぁーってら! 情報官ぶん殴ったことだろ? もう散々謝ったじゃねえか~」
「本部の情報官よ!? ほ・ん・ぶ!!!」
「むう”……」
その地獄絵図をモニター前から覗いていたルールーは、ふと、なんとか脱出に成功したユリスへ問いかけた。
「情報官殴っちゃったのってぇ、やっぱヤバめな感じですかぁ?」
「うむ……」
先ほどまで自分も何故か巻き添えを喰らっていたため、ユリスもユリスで疲弊している。
そのせいか、思考時間はいつもより少し長かった。
「問題の本質は殴ったこと自体にはない。どちらかといえば、相手が本部直属であることが問題なのだよ」
「どれくらーい?」
「……すごく」
「すごく?」
「いや、すまない。前例のない案件なので、僕にも正直この事態の深刻さは測りかねる」
ユリスは困ったように眼鏡を拭く。
事実、彼もこの状況をまったく楽観視していなかった。
ヘパーの態度のせいで軽く見られがちだが、彼――というか彼らがしでかした暴力事件は、今の特殊第六執行部隊にとって致命傷になりかねない。
前提として、本任務の一つ前――「ロザリア」の一件では、最終的にドゥーとミラが一定期間、擬似タルタロスへ収監される事態にまで発展した。
故に特殊第六執行部隊は、いわばマイナス評価からの再出発。
今回の任務で大いに挽回できなければ、いつ解体されてもおかしくない状況なのだ。
それでも未だ存続していられるのは、ヘパーが特級官であるという事実と、カイの類まれなる人心掌握、その両方が大きい。
もし今回の暴力沙汰でヘパーの特級官資格まで剥奪されようものなら、いよいよ解体は免れない。
そして、解体の引き金になり得る爆弾がもう1つ――。
「ミラ」
「は、はいぃ!!!」
名を呼ばれ、ミラは背筋をしゃきっと伸ばす。
正直、ちびりそうだ。
いや、もう彼女はちびっている。
漏れているのかいないのか分からなくなるほど、今のカイは何よりも恐怖の権化と化していた。
「説明してくれるかしら?」
あぁ、遂に話さねばならないのか。
ミラはごくりと唾を飲み込む。
作戦室中の視線を一身に浴び、このまま黙っていられる空気でもない。
彼女は一度深呼吸すると、意を決して事の全容を赤裸々に口にし始めた。
――――
数分後。
作戦室には、いくつもの感情が入り乱れた複雑な空気が流れていた。
インヨウ兄妹とルールーは話についていけず、無論カイは眉をぴくつかせながら激怒。
一方で残りのメンバーは、ミラとドゥーの悪事そのもの以上に、それを可能にしたミラの技術へ唖然としていた。
「オメエ……あの壁突破したのか……」
「ウス……」
「んでもって痕跡無しでのハックか……。……やるじゃねえかチンチクリン! 見直した――」
「褒めないで」
「……すまん」
いまいち事の凄さを理解できていないルールーは、今度はノルハイコたち第四組へ問いかける。
「ミラっちがやったことって、どれくらいヤバいんです?」
「ヤバいも何も……ねぇ隊長?」
「ぜ、前代未聞の神業です」
ノルハイコは一転して真剣な眼差しとなり、ミラをじっと見据えていた。
いつものオドオドした弱気な姿勢とは違う。
第四執行部隊隊長兼準特級オペレーターとしての彼女を、ルールーは初めて垣間見た気がした。
「ミラさんがやってのけた“転生者の経歴の閲覧”は、ヘパーさんの覗き見とは訳が違います」
「へ、へえ」
「もはや難易度の次元が違うのです」
ノルハイコの目は、もはやミラを明確な競争相手として捉え始めているかのようだった。
これまでは、懐いてくれる可愛い後輩。
だが今はRACそのものへ危険を及ぼしかねない、不気味なほどの超才能の塊。
「RACのセキュリティは、そもそもそう易々と突破できるものではありません」
「え、でもミラっち2回もやらかしてるじゃ――」
「それが異常なのです」
ノルハイコは、初学者であるルールーにも分かるよう、順を追って解説した。
ミラのせいで株が下がりっぱなしのRAC本部のセキュリティだが、その実態は、並の技術官やオペレーターなら見ただけで卒倒しかねない代物である。
幾重にも重ねられた変数。
絶えず変動する暗号。
それらを同時並行で処理しながら、一切の痕跡を残さず突破する。
狂気の沙汰を通り越して、もはや神の所業だ。
それが一度きりの偶然なら、まだいい。
だが今回の話を聞く限り、これが2度目。
つまり彼女の手にかかれば、何度でも再現できるということなのだ。
だからこそ、特にオペレーターであるノルハイコとサイモンは、事の重大さを重く受け止めていた。
ミラの危険性。
その蛮行の愚かさ。
そして――彼女の底知れぬ天賦の才を。
「サイモン、解析を続けますよ」
「……は、ですが――」
「どうやら我々6.4合同執行部隊は、後に引けぬ状況に陥ったようです。であれば私達は私達のできうる限りの責務を全うします」
「了解です。隊長」
こんな神業を見せつけられても、大半のオペレーターならでまかせだと一笑に付すか、あるいは己との差に絶望する。
そこで昂る者がいるとすれば、第一の特級オペレーターか――第四のノルハイコくらいのものだろう。
2人は椅子を反転させ、再びモニターへと向き直った。
「あーしら、どうすればいいんですかね。これ」
「どうもこうも。カイ監査官次第だ、ルールー技術官」
正直、こんなことに時間を費やしている場合ではないほどの情報を、アンがぶち込んできたのだ。
ユリスはどちらかといえば、そちらの方に意識が向いていた。
「でもよぉ、カイ。あのまま行かせてたら、それはそれで特六は終わりだったぞ」
「そ、そーだそーだ!」
「オイラたちは特六のためだと思って――」
「あなたたちはお黙り」
((カイ姐怖いッ!!))
カイの圧に負け、インヨウ兄妹はさらに縮こまった。
だが、ヘパーの言うことにも一理あり、カイは怒るに怒り切れなかったのだ。
もしディーテルらをそのまま帰し、本部へこれらの悪行を報告されていれば、それこそカイの手腕をもってしても特六は即解体だっただろう。
ドゥーとミラは再び擬似タルタロス送り。
ヘパーとカイは降格処分。
インヨウ兄妹は、ようやく手にした居場所を失う。
それは最悪の事態だ。
そして少なくとも今は――まだ、その時ではない。
「まだ、間に合うと思わねえか?」
「……言ってみなさい」
【今回の用語まとめ】
■ミラの不正アクセス能力
かつてドゥーと共に、RACの最高機密級セキュリティを突破して転生者の経歴を閲覧したミラの技術。
幾重もの暗号・変数を処理しながら痕跡すら残さないその手腕は、準特級オペレーターのノルハイコをして「前代未聞の神業」と評するほど。
※詳細はCASE.026「転生者たちの歴史」参照。
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