CASE.083「ま、まだバレてない」
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「とりあえず全員、知らんぷりしなさい」
「ほ、ほえ……?」
ミラ以外が、口々に「了解」と返す。
「本当にそれだけッスか!?」
「それだけというか、これが一番安全なのよ?」
カイはミラのおでこに、ピンッと軽くデコピンをする。
「あうっ」よろめくミラを尻目に、カイは身なりを整え、作戦室を軽く掃除し始めた。
「あなたも十分凄いけど、ヘパーもハッキングだけなら相当なのは知ってるでしょ?」
「まあ、何度か開発予算の情報録偽装して謹慎処分喰らってんのは見かけたッスけど」
「チッ」とヘパーは舌打ちする。
「でも結局バレてんじゃないッスか」
「バカ野郎が。あえて痕跡残してんだよ」
今度は頭頂部をゴツンとヘパーに拳で押され、ミラは頭を抱える。
「いだいッスぅー! 何するんスか!?」
「ホラよ。こうやって誰に殴られたか分かりゃ、すぐ怒れるだろ?」
「?? 何言ってんスか、パワハラで訴えますよ?」
「黙って聞け。じゃあ逆に、正体も分からねえ透明な奴から急に殴られてみろ。怒るより先に警戒するだろうが」
ヘパーは腕を組み、ふんっと鼻を鳴らす。
大量の鼻息がミラの顔面を直撃し、彼女は露骨に顔をしかめた。
「奴らは思ってるはずだぜ? 俺が“ハッキング下手くそ”だと。すぐ痕跡残しちまうド初心者だってな」
「……あぁ~、なるほど。いざって時に動きやすいよう、普段からハッキング下手なフリしてるってことッスか」
「おう。てなわけで、今回怪しまれるとしたらおめーだ、チンチクリン。せいぜい頑張って取り繕え」
「ちょ、もっとヤバいじゃないッスか!?!?」
「ガハハッ」と笑いながら、ヘパーは椅子に優雅にもたれかかった。
ミラはさらに喚き散らかしており、まるで自分が真犯人であるかのような慌てっぷりである。
あながち間違いではないが。
「だから大丈夫よ。あなたはただ事実を言えばいいだけ」
「じ、事実ぅ……?」
「そう。“アタシやってないッス”って言えばいいの。本当なんだから、別に何も難しくないでしょ?」
「う”」
「それともまさかあなた……何かやましいことでもあるんじゃないでしょうねぇ??」
カイは細めた目でミラを見つめる。
ミラは内心冷や汗がだらっだらであり、これほど生きた心地がしなかった瞬間はないと、後に述懐している。
すると、作戦室のインターホンが鳴り響いた。
ミラにとっては、悪魔の訪れを示すサインだ。
びくっと身体を震わせ、即座にモニター前へ避難する。
一瞬、作戦室内にピリッとした張り詰めた空気が流れる。
だが扉が開いた瞬間、全員が営業スマイルへと移行した。
「失礼する。我々はRAC本部所属の情報官である」
白い、カイと同じRAC専用の制服で身を包んだ情報官が3名ほど入室した。
2人は背の高い、どことなくカイと同系統の雰囲気を持つ女性情報官。
そして真ん中には、キリッとした顔つきでベレー帽をかぶった黒髪の男が堂々と立っていた。
「あ~ら、『ディーテル』じゃな~い! いらっしゃい♡」
「ご無沙汰しております、カイ先輩」
シャキッと『ディーテル』と思しき男が敬礼をすると、遅れて後ろの女性官も同時に敬礼した。
「特六の担当はあなたなのね」
「はい。僭越ながら、今回の事情聴取を担当させていただきます」
「オッケー」
なんだ、カイの知り合いか。
ミラはほんの少しだけ安堵する。
ヘパーとユリスは悠然とした態度で普段通りに振る舞っており、ノルハイコ第四組はとにかく「イシス神」の分析を進めているので、それどころではない。
不安要素としては、隅の方で妙によそよそしくなっているインヨウ兄妹と、大ピンチのミラだけだ。
「本部からの通達はお耳に入りましたか?」
「うん。なんか不正アクセス? があったんだってね」
「はい。何か心当たりはありますでしょうか」
これは尋問だ。
一見すれば一般的な会話に聞こえるが、その実は、ディーテルは敢えて相手に喋らせることで矛盾や失言が出るのをじっと待っている。
当然カイもそれを重々承知しており、慎重に言葉を選ばなければならない。
「全然よ。こっちは任務でてんてこまいで、それどころじゃないんだから」
「そうですか。お疲れ様です」
ディーテルは上体を捻り、作戦室の奥で作業をするオペレーター組をじっと観察する。
ミラは背中に視線を感じ、いつ自分にヘイトが向いてもおかしくないので、ひたすら意味もなくキーボードを叩いていた。
「忙しそうですね…何か問題でも?」
「あ、そうそう。聞いてほしいのよ」
カイは手招きをすると、扉前にいた情報官3人がいよいよ作戦室中央へと入り込む。
それに応じてインヨウ兄妹は3人の後ろに回り込み、まるで出口を塞いでいるような配置となる。
ただ、見た目は子供そのものなので、2人が手を振ると女性情報官もつられて手を振り返してくれた。
一方ミラは、距離が縮まるごとに鼓動が早くなり、もはや気が気でない状況である。
「実は転送の時に外部から介入があってね……いまちょっとトラブってんのよ」
「ほう……! 詳しくお聞かせ願います」
カイはディーテルに転送のイレギュラー事件を事細かに説明した。
当然、「イシス神」のことは伏せる。
何がきっかけで不祥事まで芋づる式に露見するか分からない以上、今はこの任務の黒い部分に触れるのはリスキーなのだ。
「なるほど……。いえ、ご説明ありがとうございます。大変ですね……」
「そうなのよぉ~本当に! あ、もしかしたら転送のイレギュラーと今回の不正アクセス、犯人が同一人物なんじゃない? 本部はどこまで掴めているのかしら?」
「!!」
「うまいな」と、ユリスは内心感心する。
こちらからは必要最低限の情報だけを開示しつつ、転送への外部介入と不正アクセスを自然に関連づける。
そのうえで、相手がどこまで情報を掴んでいるのかまで探ろうとしている。
会話の流れにも不自然さはない。
少なくとも、こちらへ向いている疑念を別方向へ散らすには十分な一手だった。
さすが天下のカイ監査官である。
「それは非常に有益な情報です。ちなみに、その介入者の特定は可能でしょうか?」
カイはノルハイコに目配せをする。
すると第四の2人は首を横に振り、「まだ不明」というアピールをする。
「ノルハイコ第四隊長でもいまだ特定ならず、ですか。相当な手練れですね」
「ホント、いい迷惑よ」
ディーテルは腕を組み、何かを思案している。
後ろの女性官は片方が録音、もう片方が記録に専念していた。
少なくとも現時点で、特殊第六執行部隊及び第四執行部隊への疑いは薄い。
状況から察するに、ノルハイコには不正アクセスへ手を回す余裕などない。
ヘパーも技術的には可能だが、本部側から見れば“痕跡を残さず侵入できる人物”という評価ではない。
となれば、他に痕跡を一切残さずハッキングが可能な者がいるとすれば――。
「ミラオペレーターはどちらに?」
「ひゃい!! (ビクビクッ!!)」
自分の名を呼ばれ、肩が跳ねる。
カイは「そこにいるわよ」と指を差し、ディーテルはミラをじっくり観察する。
「こ、こんちはッス!!」
(頼むぞ、ちんちくりんーッ。お前にかかってんだからなぁ~)
(少々不安だが、ミラ準上級オペレーターは真実を言えばいいだけ……。心配はないはずだが、なぜこうも彼女だと嫌な予感がするのだろうか……)
ヘパーとユリスは固唾を呑んで見守る。
カイは笑顔を維持したまま、ディーテルに事情を説明した。
「ミラオペレーターはずっとこちらに?」
「そうよ。この子はずっとアンの補佐担当。今はちょうど休憩時間だけど」
「ふむ、そうですか……」
「まあ、この子のことだし疑われるのも当然だけど、任務に並行して不正アクセスまでやるほど器用じゃないから……できるとしたら第一のオペレーターくらいじゃない?」
ここでもまた、カイの自然な誘導が炸裂する。
カイは心の中で「決まった!」と喜ぶ。
だがディーテルは表情を崩さず、ミラから視線も外さなかった。
「なるほど。参考にさせていただきます」
「うんうん♪」
「では、任務の間に作戦室を離れた者は?」
そう来るかと、カイはヘパーとルールーに目配せをする。
「お2人の外出の目的をお話しください」
「あーしは一回アンっちの『シスターズ』の仕様書取りに行っただけだしー? まだプロトタイプだから調整が必要なんだよネー」
「俺ぁこれだ。見りゃ分かんだろ」
ルールーは紙を、ヘパーは酒の缶を持ち上げる。
ディーテルはそれぞれを一瞥し、後ろの女性官へ目配せを送った。
時刻と証言が淡々と記録されていく。
しばらくして、ディーテルはぱちんと指を鳴らした。
呼応するように女性情報官の手が止まり、ディーテルはベレー帽を脱いだ。
「本日はありがとうございました。皆さまのご協力のおかげで、実に有意義な時間でした」
ぺこりと頭を下げる。
「いいのよ~。そっちもそっちで大変ね」
「アハハ……ありがとうございます。本部、特に中枢はなかなかに荒れていますから……」
「何か分かったら教えて頂戴。もしかしたら任務のためにもなるかもだし」
「かしこまりました。こちらでも確認し、何か分かり次第共有いたしますね。では、失礼いたします」
ディーテルはきりっとした顔をわずかに崩し、にこっと会釈する。
彼らが出口に向かい、全員が心の底から安堵した。
その瞬間だった。
「あのー誰か聞こえますかぁ~!」
「「「!!!」」」
アンの声だった。
彼女の特大の声が作戦室中に響き渡り、思わずディーテルらは足を止めた。
「げ、アンちゃん!」
「あ、ミラ先輩! よかったぁ~~」
音量が異常にデカいので、ミラが慌てて下げようとする。
だがどうやらアンの方がマイクを緊急救援モードにしており、彼女の声は止まることを知らず、強制的に作戦室中のスピーカーへ流れていた。
(ミラ、早く止めて!)
(やばいッス! アンちゃんが救援モードにしてるから音が下がらないッスぅ!!)
「これは、アン執行官の声でしょうか?」
「そ、そうね……。まあ多分大丈夫でしょうけど……(なんでこんな鳥肌止まらないのかしら)」
「あのですね! あのですね!」
何か進展があったのか。アンは何か興奮しているようで、荒い呼吸音も微かに聞こえる。
とはいえアンは、この不正アクセスの件も、イシス神の件も知らないはずなので、心配はないはずである。
そう。
心配はないはずなのだ。
「私アン執行官、イシス神と喋りました!!」
【今回の用語まとめ】
■ディーテル
RAC本部所属の情報官。カイの後輩にあたり、今回の魂籍管理局データバンクへの不正アクセスについて、特殊第六の事情聴取を担当する。
穏やかな態度を崩さず、会話の中から矛盾や失言を探るタイプ。
■「知らんぷり」作戦
情報官への対応としてカイが提示した方針。
本部側はいまだ不正アクセスの犯人を特定できていないため、特殊第六は余計な情報を出さず、聞かれたことに対して事実だけを答えることで事情聴取を切り抜けようとする。
■ヘパーの“偽装された技量”
ヘパーは過去の不正行為で、あえて侵入痕跡を残してきた。
そのため本部からは「痕跡を消せないハッキング技術者」と認識されており、今回のような痕跡のない侵入では疑いが薄くなる。よってヘイトがミラへと向く可能性があった。
■緊急救援モード
アンが作戦室へ緊急通信する際に使用した通信モード。
通常より強制力が高く、作戦室全体のスピーカーへ大音量で音声が出力されるため、ミラ側から簡単に止めることができない。
■「私アン執行官、イシス神と喋りました!!」
事情聴取を終え、情報官たちが退出する寸前にアンが放った一言。
特殊第六が必死に伏せていた「イシス神」の存在を、最悪のタイミングでRAC本部所属の情報官へ聞かせることになった。
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・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。
・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。




