CASE.081「もしもし、今あなたの脳内に――」
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【……か】
「むぅ……」
布団の中で丸まるアンとゥルル。
【…………すか】
「んむ……」
すやっすやであり、任務中とは思えないほど深い熟睡をしている。
すべすべのゥルルの身体はちょうどいいサイズ感で、表面もひんやりとしているため、最適な抱き冷やし枕と化していた。
そんなアンの頭の中に、誰かの声が響いていた。
【…………聞……ますか】
「んむぅ……」
夢にしてはあまりにも朧げであり、現実にしては曖昧な声だ。
アンは謎の声にうなされ、口をむにゃむにゃさせる。
すると声の主がしびれを切らしたのか、はっきりとした声音でアンに語りかけた。
【起きなさい、腹ペコ娘!】
「ふぁい!」
アンは飛び起きた。
布団が跳ね、寒くなったのかゥルルがぷるるっと震える。
だがすぐに、むにゃむにゃと眠り始めた。
「?……??……??」
アンは目をゴシゴシと擦りながら、周りを見渡す。
眠気で視界がひどくぼやけており、結局何も把握できていない。
「……むぅ」
そしてそのまま、布団の中へと戻っていく。
【こら、お布団に戻らない!】
「!?!?」
再度頭に声が響き、アンはいよいよ目が覚めた。
今度はぱちくりと瞬きをし、明瞭となった視界で周りを見渡す。
特に何もない。
依然として、ゥルル専用の子供サイズの家具たち。
そして懐で眠るゥルル本人。
それ以外は何も変わらない。
「……う、うぇ……誰?」
作戦室のミラたちにも通信を試みるが、なぜか反応がない。
何か向こうでトラブルが起きているのか。
となると、この声の正体は一体何か――。
そう考えていると、またもや声が頭の中に響いた。
【やっと起きましたか……全く。最近の執行官はずいぶん腑抜けているようですね】
「ふ、ふぇ!? だ、誰、誰ですか?!」
自分たち以外、誰もいない空間から見知らぬ声が聞こえる。
女性の声だ。
大人びた、慈悲深く温かい女性の声。
だがその響き方は、口から発せられた言葉というより、脳内へ直接語りかけられているような感覚だった。
【何を驚いているのですか。これは貴女自身の力を介したものですよ】
「わ、私の力ですか? 私の――」
そこでふと、アンは自身の恩寵を思い出した。
彼女の能力である『|あなたの物語を聞かせて《ユア・テイル》』は、人の心の内を、言葉を介して感知することができる。
そしてある程度親交を深めることで、その人物の心の声を聞くことができる。
つまり、この声も誰かの心の内から届いているということだ。
「えぇ!? でも私、あなたとは初対面……なんじゃ」
アンはひたすら混乱していた。
人の心の声を拾える条件は、ある程度の親密度。
事前にある程度仲良くなることが必要だ。
だが、この女性とは初対面。
本来であれば、彼女の声など聞こえるはずがない。ましてや姿かたちもないのに。
【はぁ……察しの悪い娘です。特六のハズレの方を引いてしまいましたか。できれば、あの赤モノアイの執行官がよかったのですが……まあいいで――】
「ドゥー先輩を知ってるんですか!?」
【…………】
赤モノアイといえば、あの男しか思い浮かばない。
それにこの声の主は幾度も「執行官」、そして「第六」という言葉を口にしている。
つまり、こちらの事情をある程度知っているということだ。
アンはすぐさまそこへ食いついた。
「ドゥー先輩は今どこですか?! 何で私たちのこと知ってるんですか?! なんで――」
【落ち着きなさい】
「……はい」
アンはしゅん、と大人しくなる。
困り果てた様子の声の主は、少しだけ声音を和らげた。
【貴女の恩寵は把握しています。人の心の内を聞き取る力なのでしょう?】
「はい……おっしゃる通りです」
【その繋がりを利用して、こちらから貴女へ語りかけています。ここまで言えば、お分かりでしょう】
「え、ちょっと! もうちょっとだけヒントを〜!」
【………………ゥ】
「…………う?」
あまりにも察しが悪いので、とうとう声の主は答えを口にした。
【私は今、ゥルルの中から貴女に語りかけています】
「…………うぇ?」
【………………】
「………………」
【………………】
「…………あ!」
【ハァ……やっとですか……】
声の主は、思わずツッコミを入れてしまう。
アンはようやく理解したのか、反射的にゥルルへ手を伸ばしかけた。
【こら、おやめなさい。私の坊やがまだ寝ているでしょうが!】
「ピィッ、ごめんなさい〜!」
即座に腕を引っ込める。
頭は大混乱中だが、ほんの少し足りない彼女の頭でも、とりあえず以下のことが分かった。
1.声の主はゥルルの中にいる。
2.自分の恩寵や、執行官のことを知っている。
3.ゥルルの保護者……っぽい?
作戦室に応援を要請しても、一向に連絡がつかない。
耳のイヤホンを叩いても、何の反応もないままである。
【少々回線をいじらせて頂きました。しばらくあちらとの通信は不可能かと】
「…………あなたは一体、誰なんですか?」
【どうやら、自分の置かれた状況をある程度は理解していただけたようですね】
声の主は、こほんと咳払いをして仕切り直した。
【その質問に答える前に、まずはこちらの質問にお答えなさい】
「は、はい! (この人、圧が強いよぉ……!)」
声の主の圧に、アンはびしっと返事をする。
やけに先ほどから当たりが強くなっており、アンはすっかり萎縮してしまっていた。
【貴女の目的は何ですか?】
「え……」
突拍子もない質問に、アンは固まってしまう。
【失礼しました。もう少し噛み砕いてお聞きします。貴女がこの世界へ来た理由をお答えください】
「…………それは、執行任務です……」
アンはふと、本任務の目的を思い出した。
そして、眠るゥルルを見つめる。
――そう。
ゥルルの執行が、彼女、そして6.4合同執行部隊の任務。
すっかり忘れていた。
いや、目を逸らし続けていたという表現の方が正しいだろうか。
ゥルルはあくまで転生者であり、自分は執行官。コレはどうしようもない事実。
同じ転生者という立場ではあるが、命令上は、最終的に彼の命を奪わなければならない関係だ。
どれだけ仲良くなろうと。
どれだけ彼が自分を信じてくれようと。
今の任務が続く限り、その事実だけは消えない。
【では、現在の貴女自身の目的は何ですか?】
「……私たちの目的は…………転生者、ゥルルを――」
言葉が出ない。
というより、出したくない。
喉から出かかってはいるものの、脳がそれを拒否してしまっている。
「ころ――」
【違います。それは、あなた方6.4合同執行部隊の目的です】
何を言っているのか、とアンは混乱する。
だが、続けざまに声の主は問いかけた。
【もう一度聞きます。貴女自身の目的は何ですか?】
「私の…………目的……ですか?」
その声音から、「建前ではなく、本心を聞いている」という意図を感じ取ることができた。
そこでようやく、アンはこの人物が何を尋ねているのか理解する。
考えても仕方ない。
考えたところで、今の寝ぼけたアンから綺麗な答えなど出ない。
ならば、自分の本心をそのまま曝け出すしかない。
「私は――ゥルルを助けたいです」
【…………そうですか】
一瞬、声が途切れた。
声の主は考え込んでいるのか。
すると、先ほどまでの圧が嘘のように和らいでいく。
【いえ……ありがとうございます】
その声から、ほんの少し安心したような感情を読み取る。
【では、貴女の質問にお答えしましょう。何から聞きたいですか?】
「え、あ。あ!」
突然逆質問を振られ、アンはワタワタと焦る。
とても重要な機会であり、聞きたいことが山積みで頭がパンクしそうなアン。
そのため、アンは率直に一番気になっていることをつい口にしてしまう。
「あなたは誰、ですか?」
しばらく沈黙が続く。
だが声の主は意を決した様子で、ゆっくりと言葉を紡いだ。
【私の名は――】
【今回の用語まとめ】
■ゥルルの“ママ”
ゥルルの内側から、アンの『|あなたの物語を聞かせて《ユア・テイル》』を介して接触してきた謎の女性。RACや特殊第六、ドゥーについても把握している。
■『|あなたの物語を聞かせて《ユア・テイル》』・深層接続
対象との親交が深まるほど、その人物の深い感情や心の声まで届くアンの恩寵。今回はその接続を逆利用され、ゥルル内部の存在からアンへ直接語りかけられた。
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