CASE.080「黒い情報」
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「…………」
作戦室から、しばらく言葉が消えた。
誰もが同じ資料を見つめている。
だが、そこに並んだ二つの『イシス神』という文字を、すぐに飲み込める者はいなかった。
世界を創った神。
ゥルルを転生させた神。
そして――ゥルルが殺したとされる神。
そのすべてが、同一の存在を指している。
「……イシス神が、ターゲットの転生担当……」
最初に沈黙を破ったのは、ノルハイコだった。
思わず口から言葉が漏れる。
それほどまでに、この情報は常軌を逸しており、本任務のきな臭さに拍車をかける代物だったからだ。
「しかも異世界の製作者も同一人物ときた。これは本当に雲行きが怪しくなってきたのではないか、カイ監査官?」
「……………」
「そもそもこの転生担当って何スか?」
ミラの問いかけ。
全員が真剣な眼差しで各々思考を巡らせているところに、かなり初歩的な疑問が舞い込んだ。
「おまっ、お前知らねえのか? ったく、これだから若ぇ奴らは……」
「だってアタシ、言うてまだ新参ですもん。老害と一緒にしないでくださいッス」
「ろう!? おいクソガキ、今なん――」
暴れ始めるヘパーを、カイが「はいはい、落ち着きましょうね」と回収する。
するとユリスが、丁寧に十八番の解説を始めた。
「その言葉の通りだ。魂の処理、いわゆる転生を直々に行うのは最上位存在なのだよ」
「ほえ~。え、じゃあウチの転生配属課とか天恵運用課って何なんスか?」
「あくまで最上位存在の補佐だ。彼らが魂を選別、魂が潜在的に望む力を分析し最上位存在が実行する――というのが転生の流れだよ」
「なるほど」と、ミラは頷く。
「つまり、情報録が正しいのならば、イシス神は日野 悠離を転生させる過程で殺害された可能性が高いということだ」
「それってどういう……」
「要するに、魂だけの状態で、日野悠離はイシス神を何らかの方法で殺害したのだろう」
「あ、ありえない……」
「情報録が事実という仮定だがね」とユリスは最後に付け加えた。
最上位存在と転生者が唯一接触できる場面があるとするならば、それは転生を実行される瞬間のみ。
恩寵が神域に侵入するような馬鹿げた能力でない以上、それしか方法は考えられないのだ。
そこでノルハイコは、ユリスの意見に強く反論する。
「そ、その仮説通りであれば、恩寵も何もない状態で神を殺害したことになりますけど……」
「その通りだ」
「あ、相手は主神級ですよ?! しかも日野悠離は、当時はいたって普通のただの子供のはずです! 魂だけの存在ができる芸当とは、とてもじゃないですけど――」
「皆まで言わないでくれノルハイコ第四隊長。僕も自分で口にしていて辟易するほど、論理が破綻した話だ」
「だが、考え得る限りではこれしかない」と、ユリスはまた付け加える。
「まあ、関係あるかはマジ不明だけど~」
すると今度は、ルールーが手にしていた資料を配布する。
そこには日野悠離に関する過去のデータが記載されていた。
「これって……ルールーさん、どこでこの情報を!?」
「え!? なんかあのおっさんがマジ躍起になって取ってきたんだけど……なんかヤバい感じの奴?」
「ヤバいというか、なんというか……」
通常、転生者の過去のデータは「魂籍管理局」の上位職員、もしくは最上位存在でしか入手することはできない。
いかなる優秀なオペレーターであっても、その強力なファイアウォールを突破することは不可能だ。
ミラは例外だが。
ヘパーとルールーは、そのどちらにも該当しない。
そのため、この情報を入手した経路を、ノルハイコは興奮気味に問い詰めていた。
「あーしは知らないから! あのおっさんに聞いて!!」
「し、失礼しました……つい……」
ミラは、憧れのノルハイコの意外な一面を見て、満足そうな顔をしている。
ユリスは奥で猛獣を宥めているカイに聞こえるように、その情報を声に出して読み始めた。
◇
以下の情報は参考文献『=RAC=』の内容の一部を、日本人向けに翻訳したものである。
題目:転生者「日野悠離」の経歴
20○○年、芸能活動に従事する女性と、婚姻関係にない男性との間に出生。
その後、母となった女優は、当時交際していた男性と秘密裏に同棲・婚約。
男性は俳優崩れであり、アルコール依存症など素行の悪い報告が多数確認される。何より既婚者であり、正妻からは行方をくらましている状況。
母である女性もネグレクト気味であり、不倫はなおも続いている模様。
父には物理的なDV、母からは言葉による精神的なDVを受け、ほとんど食事を取らない日も多数確認。
日野悠離の家庭環境は、極めて劣悪であったと予想される。
5年後、なんらかのアクシデントで正妻が父親の行方を突き止める。
激昂し、日野悠離を連れて不倫の現場に突撃。
大人二人の間で激しい乱闘が勃発。
その巻き添えという形で、日野悠離は死亡する。
◇
「ひ、ひどい……」
「予想はしていたが、なかなかの経歴だ」
「何なんスか!? このカスを煮詰めたカス共は!? なんか罰とかないんスか!?」
あまりにも残酷な日野悠離の経歴に、作戦室では淀んだ空気が流れていた。
しばらくの間、沈黙が続く。
奥の方では、サイモンのキーボード音だけが響いていた。
さすがのヘパーも、大人しくなったようだ。
「一応奴らも調べたが、何故かここで情報規制が強化されてたってオチだ。俺でも入れんほどのな」
「ぽんこつ……」
「あぁん!?!?」
ミラとヘパーの間で、火花がぶつかり合う。
ミラは、日野悠離の関係者3人の蛮行への苛立ちと、自分だったら突破できたという不遜たる自信でイライラが頂点に達していた。
ヘパーは割と頑張ってきたはずなのに、この仕打ちである。
不憫なので、カイが缶ビールを口に突っ込み鎮静化させる。
「んぐんぐ……あぁ~~ッ。……おそらく入れんのは主神級、もしくは中枢機関に所属してる奴らだな」
「なんでそんなところを規制してるのかしら? 何か都合の悪い情報を隠しているようにしか見えないんだけど」
「全くだ」
ヘパーは椅子にどしんっと座り、缶を握り潰した。
「カイ、俺ぁこの任務から降りることを勧めるぜ」
「え」
「臭すぎる。最悪こっち側で死人が出るぞ。俺の勘がそう言ってる。カンだけにな。ガーッハッハッハッ…………………………おい誰か笑え」
「くせーのはお前の息とオヤジギャグだ」と、ミラとルールーのダブルツッコミが入ったことで、極寒の雰囲気が解除される。
そんなことは置いておいて、カイはひたすらに、これからの6.4合同執行部隊の行方を模索していた。
ユリスでも結論が出ないようで、顎に手を当て一点を見つめたままだ。
「ノルちゃんはどう思う?」
「え、私でしょうか!?」
「一応あなたは副司令官っていう立ち位置よ。あなたの意見も聞いておきたいの」
急に話を振られ、ずれた眼鏡を直すノルハイコ。
こほんと咳払いをすると、彼女自身の心の内を話し始めた。
「私は、継続すべきかと……」
「理由を聞いても?」
「現在、我ら6.4の他執行官らはいまだ所在が確認できていない状態ですし……何より転送のイレギュラーの原因が掴めていない以上、ここでの帰還は危険かと」
「なるほど。ユリスは?」
「まあ、概ね同意する。今しばらくは大人しくするのが安牌だろう」
「そう……」
するとミラが「アタシは?」という風に見つめてきたので、一応聞いてみることにする。
「ミラは?」
「ノル先輩に超同意ッス~(*´꒳`*)」
「…………ありがとう。このおバカ」
決を取ったことで、カイは考えがいよいよまとまったようだ。
制服の乱れを直し、きりっとした表情へ戻る。
そして作戦室、部屋に籠もるインヨウ兄妹にも聞こえるよう、高らかに宣言した。
「傾聴! 色々情報が盛りだくさんだけど、今は現状維持! ミラはアンの援護を」
「ウィッス」
ミラはしゃきっと姿勢を正す。
「ルールーとヘパーは引き続き調査を。中枢機関に目を付けられない程度にね」
「ッチ……あーったよ。またコイツとセットかよ」
「えーまたこの人とハッピーセットぉ?」
ヘパーとルールーは互いに睨み合うが、カイの眼光で瞬時に目を逸らす。
「ユリスはミラのサポートを」
「了解した」
「ノルちゃんは引き続きサイモン君と転送の原因――」
「よっしゃああああああッッ!!! どれrrrrrrrええい!!」
突然、サイモンの雄叫びが轟いた。
その場のヘパー以外全員が肩をびくつかせる。
それほどの何かを成し遂げたような咆哮である。
「サイモン!?」
「隊長隊長!! やっと尻尾掴みましたよッ!!」
「ほ、本当ですか!?」
その報告に、全員の表情が明るくなる。
重苦しい曇天の空に、日差しが1本舞い込んできたような感覚。
今のところネガティブな情報しかなかったため、ここでのこの報告はとてつもないほどに大きい。
「さすがはサイモンです!」
ノルハイコはサイモンに抱き着き、坊主頭をなでなでする。
顔が彼女の豊満な胸にめり込み、サイモンはゆでだこのように顔を真っ赤にする。
「あぁ、ごめんなさい!」
「いえいえ。あ、皆さん。今のは第四の執行官たちには内緒でお願いします。私、殺されますから。特にアモンに」
「あーそういう感じね」と、全員が頷いて了承した。
するとミラが体を乗り出し、モニターを凝視する。
「どれどれ……原因はっと」
「結局、原因はなんだったの?」
「あぁ、今表示しますね」
サイモンはカタカタとキーボードを叩くと、何らかの文字の羅列がずらーっと並び始める。
ミラとノルハイコ以外の全員は、頭の上に?を浮かべている。
さすがのユリスでも、突然出てきたコードの正体までは完全には分からないようだ。
「これは……恩寵のログかな?」
「さすがですね、ユリスさん。そう、これはいわゆる転生者及び、最上位存在の能力の痕跡を表しています」
いかなる存在でも、砂浜の上で動けば跡は残る。
同じように、いかに神々であっても恩寵レベルの異能を発揮すれば、少なからず痕跡は見つかるはず。
その一点に絞り、サイモンはようやく諸悪の根源へと辿り着いたのだ。
「ここです、ここ」
サイモンが指差した先。
そこには「ISIS」と、ごくごく小さく書かれていた。
億を超えるランダムな文字列の中に、1つだけ固有名詞のような羅列が並んでいる。
それをミラとノルハイコが真っ先に視認する。
「何スか、これ?」
「…………ッッ」
呆けるミラに対し、おそらくいち早くその意味を理解したノルハイコの表情がみるみるうちに強張り始める。
鳥肌が立ち、産毛が逆立つ。
明らかな警戒モードだ。
「ノルちゃん、どうしたの? なんて書いてるの!? ミラ!! 解説!!」
「なんて書いてあるんだ、ミラ準上級オペレーター」
「なんて書いてあんだ、アホ毛」
「ああぁーッ!! いっぺんに聞かないでぇ!! てかノル先輩に聞いてッス!!」
全員がノルハイコを見つめる。
状況をより理解していないのは、会議に参加していなかったサイモンだけのようだ。
「ISIS」の意味も分からず、騒ぎ立てる特六の面々にも挟まれ、目をぐるぐると回す。
彼は、何故こんな状況に、と汗をたらりとかき始めていた。
「ISIS。意味は――イシス神です」
「「「…………は??」」」
沈黙が流れる。
せっかく差した陽の光が、一瞬にして陰る瞬間である。
「我々の転送を妨害したのが彼女です……」
「待って、それってつまり……」
「イシス神は生きています」
――――――――――――――――――――
――報告。
地球時間130706ZJAN32
輪廻庁、転生監査機関情報局に伝達。
魂籍管理局における転生者のデータバンクに、何らかの不正なアクセスを検知。
速やかに原因を特定せよ。
6.4合同執行部隊及び全ての執行部隊に伝達。
転生監査機関本部の情報官による、RAC局員への事情聴取を行うことが決定された。
各執行部隊隊長は速やかに部隊メンバーを招集されたし。
以上。
【今回の用語まとめ】
■転生の仕組み
死者の魂を実際に転生させる役割を担う最上位存在。
輪廻庁各部署が魂の選別や適性・潜在欲求の分析を行い、その情報をもとに最上位存在が最終的な転生処理を実行する。
■魂籍管理局
輪廻庁において、転生者の第一生を含む魂の記録を管理する部署。
過去データへのアクセス権限は厳しく制限されており、通常は上位職員や最上位存在など一部の存在しか閲覧できない。
■恩寵ログ
転生者や最上位存在が強大な異能を行使した際に残る、能力使用の痕跡。
サイモンは転送障害のログを追跡し、この痕跡から干渉元を特定した。
■「ISIS」
6.4合同執行部隊を分断した転送干渉の痕跡に残されていた識別情報。
解析の結果、それが示していたのは、本案件ですでに死亡したとされていた『イシス神』だった。
■日野悠離の第一生
ゥルルこと『日野 悠離』が転生する以前の人生。
極めて劣悪な家庭環境で育ち、5歳頃、家庭内の争いに巻き込まれる形で死亡したことが判明した。
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・本作ではChatGPTとclaudeを、誤字脱字の確認、前話との整合性確認、アイデア整理、世界観管理の補助として一部使用しています。
・作品本文および物語の主要構成は、すべて作者自身が執筆・最終決定しています。




