CASE.078「1人ぼっちのスライム」
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「………」
予想以上にボリューミーかつ感情を震わせる内容に、アンは言葉を失っていた。
「長話ごめんなさいねぇ、疲れてるのに」
「い、いえ! ありがとうございました……」
長時間話したことで口が乾いたのか、サポーニスは水を1杯飲む。
アンはずっと黙り込んでおり、先ほどのサポーニスとゥルルのバックストーリーを必死に消化しようとしていた。
「ま、そんなこんなで結局、ウル坊はひょっこり顔を出したんだぜけどな」
「あの時のロンショウの顔、覚えてるかしら!? 傑作だったわ!」
「だな!」
サポーニスとヘロメロスは思い出に耽り、アンはすっかり置いてきぼりを食らってしまった。
聞きたいことは山のように積もっている。
だが、どれから質問すべきか。アンの脳はオーバーヒート寸前にまで沸騰してしまっていた。
「……ごくごく」
水をがぶっと1杯飲み、アンはひとまず頭を冷やすことにする。
だが、先に口を開いたのはサポーニスであった。
「あら、ごめんなさい。だいぶ話が逸れちゃったわね……たしか、私たちが何故狩人を“スレイヤー”って呼んでるかって話よね?」
「は、はい!」
「単純に、人類はモンスターを心の底から憎んでる、って話よ」
ヘロメロスは畳に寝そべり、尻を掻きながら語り始める。
「クルキブリはな、大半の奴らがモンスターに家族を殺されただの、故郷を焼かれただの、そんなのばっかだ」
「………そう、なんですね」
「まあ俺は違うけどな! アハハ!」
ヘロメロスはカラッとした笑い声を上げると、そのまま気を失うように寝てしまう。
本当に何から何まで自由な人だ。
話が途切れたことで、アンはしどろもどろになってしまう。
「全く……最後まで話してから寝なさいっての」
そこからは、サポーニスが代弁してくれた。
クルキブリに住む人々のほとんどが、モンスターに対し憎しみや怒りの感情を持っていること。
避難所として開墾されたこの土地は、やがてドクトリウス一家を中心に多種族を巻き込んだ世界有数の対モンスター拠点にまで発展したということ。
そしてゥルルは、そんな街でモンスターという身でありながら、人々から「ウル坊」と呼ばれるまでに至ったこと。
サポーニスは、彼の歴史を事細かに話してくれた。
「あの子は気丈に振る舞ってるけど、本当は寂しいんでしょうねぇ……」
「寂しい……?」
「そりゃあ、あんな(お可愛い)見てくれだし。それにクルキブリを厄竜から救ったっていう功績もあるんだから。今さらモンスターだからって理由で拒絶するのはどうなのか、って共通認識があったのよ」
「じゃあ、ゥルルはこの街の英雄なんですね!」
「そうね……。最初こそ、みんなマスコットのように受け入れてたわ」
サポーニスは遠く、おそらくゥルルの部屋の方を見つめている。
そこには、「てるまえ」という大看板を抱えた女将へと成り上がりながらも、無力感に苛まれる1人の人間の横顔があった。
「アンちゃん、よく聞いてね」
「……はい!」
「確かに私たちはウル坊を愛してるわ。それこそ息子のようにね」
「はい……」
「でもね、全員がそうじゃないの」
サポーニスはもう一度口に水を含み、喉を潤した。
「いまだあの子を疎ましく思う人もいるし、怖がる人もいる。それに、あの子の不思議な力を何かに利用しようと企む大馬鹿タレもね」
「そんな……」
「私だって例外じゃない。あの子が時折見せるモンスター特有の殺気。それを見るたび、あの子はあくまでモンスターなんだって意識しちゃうのよね」
「全く、狩人脳っていつまでたっても治らないわね!」と、サポーニスは笑いながら水を飲もうとする。
しかし中は空だった。
小さく舌打ちをしてしまい、ほんの少しだけ気まずい空気となる。
「……所詮あの子と私たちは、モンスターと狩人。一歩間違えれば、殺し合う仲なのよ……」
「…………」
そこでまたもやアンに、あの時のゥルルの言葉がフラッシュバックする。
――ぼくは1人、だよ。
アンの恩寵は、これを嘘だと判断した。
だが、この街での彼の様子を見て、深い意味のない、子供ならではの嘘だったのだろうと考えていた。
けれど、角に触れてしまった時のあの怯えよう。
あれは、まさに警戒する獣そのものだった。
子供というのは、周りの大人の感情に敏感なものだ。
親が負の感情を抱けば赤ん坊が不安になるように、クルキブリに漂うモンスターへの憎悪や怨嗟も、図らずもゥルルに伝わってしまっているのではないか。
アンは、そう考えてしまう。
ゥルルはモンスター。
クルキブリの民は人。
そこには簡単には埋まらない壁があり、言葉1つでは言い表せない深い溝がある。
同時に、彼は類を見ない新種のモンスター「スライム」。
少なくともサポーニスの話を聞く限り、同種もいなさそうだ。
この街に居場所はあっても、本当の意味で自分と同じ目線に立てる相手はいないのかもしれない。
だから彼は――。
(1人ぼっちだって……)
「……ッ!」
するとアンはすっと立ち上がり、何かを決心したようなキリッとした表情をしていた。
サポーニスはきょとんとするが、すぐにその心の内を察し、言葉をかける。
「お願いね、アンちゃん。今はあの子の隣に行ってあげて」
「はい、私行ってきます!」
「うん。ウル坊をよろしくね」
そのままアンは、ゥルルが消えた方へと走り去ってしまう。
その背を肴に、サポーニスはまたもや湯飲みを口につけるが、再度水が無いことを思い出す。
(あの子の寂しさに、あの子なら寄り添ってあげられるかもしれないわね……)
あとは母親代わりでもいれば良かったのだが、とサポーニスは自身の身体を見てため息をつく。
この体に不満はない。
だが、自身の中の女を自覚して以来、時折不便に感じる時がある。
母親をできるだけ演じてはみたものの、それでもゥルルがサポーニスを「母」と呼ぶことは、ついぞなかった。
「よいしょっと。そろそろ私も動く時ね」
そう言うと、サポーニスもまた、何かを決心した表情をする。
腕をまくり、そのまま奥の方へと消えていくのであった。
【今回の用語まとめ】
■ドクトリウス一家
かつて避難所として開墾されたクルキブリを、多種族を巻き込んだ世界有数の対モンスター拠点へ発展させた一族。
現在のクルキブリ成立史に深く関わる存在。
■クルキブリとモンスター
クルキブリには、モンスターによって家族や故郷を奪われた者が数多く暮らしている。
そのため街全体にモンスターへの根深い憎悪や恐怖があり、狩人という呼称にもその歴史が反映されている。
■「ウル坊」
モンスターでありながら厄竜からクルキブリを救い、住民たちから受け入れられたゥルルの愛称。
多くから愛される一方、今なお彼を恐れる者、疎む者、その力を利用しようとする者も存在する。
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