CASE.075「触れざる角」
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ハフハフハフ。
ガツガツハフ。
字面でもお分かりだろうが、これは人が咀嚼をする音だ。
ゥルルの連れということで無償の滞在を許されたアン。
そして、そのアンのおこぼれで滞在を許された頬こけの狩人らしき男は、目の前の晩餐にがっついていた。
「~~~~っ! もぐもぐもぐ」
「うまいうまい! うまいよぉ~!!」
「~♪」
「あんたたち、もうちょっと噛んで食べなさいっての」
目の前に置かれた木皿いっぱいの料理は、そのどれもが食欲を爆発させる見た目だった。
骨付き肉の丸焼き。
分厚い腸詰め。
香草を詰めた焼き野菜。
甲殻の器に注がれた濃いスープ。
どれも1人前とは思えない量で、湯気と脂の匂いが容赦なく立ち昇る。
食事というより、狩りから戻った者の身体を無理やり叩き起こすための燃料。
誰もが夢見る、狩人たちの豪華絢爛な晩餐である。
「うぁ~~~!!!」
「おなか減ってきたわ……」
「サイモン…カップラーメンとかって——」
「ないですよ隊長……というか任務中にラーメンってちょっとダメかと……」
女性陣は悶絶していた(2回目)。
飯テロの極致のようなその映像は、嫌でも彼女らの胃袋を刺激する。
目を逸らそうにも、ASMRがもうとんでもない。
それに業務上、張り付いていなければならないので、もはや拷問同然である。
そんな品もなくむしゃぶりつく2人を見て、ゥルルは微笑んでおり、女将は忙しそうに配膳を続けていた。
「アンちゃん、よく食べるわねぇ~。ちっちゃい体なのに」
「あふはほうほはいまふ!!」
「あとヘーロー! あんたは少しは自重しなさい?」
「んうう?? はっへは??」
女将は大きくため息をつく。
頬こけ男の肌にはすっかり血色が戻り、先ほどまでのやつれた様子が嘘のようだ。
だがそれでも、自身の店の飯を無我夢中で食されるという景色は、女将という立場からすればなんとも心地良いものだった。
次第に口角が上がり、2人のところへサービスのお茶とデザートを配膳する。
「ん!? |ん~んふぇふふぁ《んえ!? 良いんですか》!?」
「イイの。スイーツは別腹でしょ? 遠慮なく召し上がりなさいな」
「~~~っ、ゴクンッ。マジかよ姉御! 太っ腹だぜ!!」
「馬鹿おっしゃい。これはアンちゃんとウル坊のよ。あんたは別料金よ」
「あんまりだぜ!!」
アンは素早く咀嚼し、せっかく頂いたスイーツ――プリンのようなぷるぷるしたものを一口運ぶ。
「おいし~~♡」
「おいしー!」
「やっぱ姉御んとこの飯はクルキブリ1だぜ!!」
「フン……おだてても何も出ないわよ」
そうは言うが、内心は満足げ。
隠しきれない客をもてなす愉悦感が、女将の表情から滲み出ていた。
ゥルルももぐもぐとデザートで口いっぱいにしており、年相応の笑顔を見せている。
しばらくして、アンたちは団体用の晩餐を平らげてしまった。
その内訳は3割が『ヘーロー』と呼ばれた冴えない狩人。
そして驚異の残り7割がアンという、普通なら逆であろう現象が起きていた。
それでもアンはけろっとしており、頂いたお茶を啜っている。
「いやぁー、助かったぜ嬢ちゃん」
「いえ……」
「そういや自己紹介がまだだったな。俺は『ヘロメロス』! 特別にヘーローって呼んでくれてもいいぜ」
「なーにが特別よ、このバカチンが」
「あいてぇ!」
ヘロメロスの物言いに、女将は拳骨を食らわす。
「私はこの『てるまえ』の店主、『サポーニス』よん。仲良くしてね♡」
サポーニスはアンにウインクを送る。
妖艶な立ち振る舞いだが、彼女――いや、彼はれっきとした男である。
その浴衣の内に秘める筋肉は、どうにも隠しきれていない。
「こう見えてヘーローさん、狩人なんだよ!」
「おいおいウル坊。“こう見えて”はないだろうに。俺は一応、あの憎き“厄竜”を追っ払ったただ1人のにんげ――」
「それはロンショウの手柄でしょうが。あんたは尻尾巻いて逃げただけでしょうが」
「う……」
「すれいやー……?」
アンは話が見えていないようで、“スレイヤー”という単語を舌の上で転がしていた。
「もしかしてアンの嬢ちゃん、“スレイヤー”知らない感じか??」
「まさか! 馬鹿言ってんじゃないよあんた! さすがのアンちゃんでもスレイヤーくらいは……」
アンは頭上に?を浮かべており、本当に何も知らないということが見て取れる。
サポーニスとヘロメロスは、互いに顔を見合わせた。
「狩人はね、モンスターを倒す人のことだよ」
「ほえ~、そうなんだ! てっきりハンターとかそういう名前かと思ってたから……」
「ふぅ~ん、不思議な子ね。アンちゃんは」
「なんか別世界から来た人間みてーだな。んなわけねーけど! アッハッハ!!」
「………………ギクッ」
「ちょっとあんた呑みすぎ!」と、サポーニスはヘロメロスの口へ水をぶち込む。
アンはドギマギしており、なんとか笑顔を顔にへばりつかせていた。
そんな彼女の膝元に、ゥルルがちょこんと乗ってくる。
「大丈夫? アンねーちゃん?」
「う、うん! 大丈夫! ちょっと食べ過ぎちゃって……」
「いっぱい食べてたもんねぇ~」
「えへへ」
アンはすりすりとゥルルの頭を撫でる。
ゥルルは気持ちよさそうに体を揺らしていた。
やはりとてもかわいい。
そんな彼の角――フードが膨らんでいる部分へ、アンは何気なく指を伸ばした。
ちょっとした好奇心だった。
だが、ゥルルの反応はアンの予想外なものであった。
「……ッ!!」
彼は体をびくりと震わせ、即座にアンの膝から離れた。
そして彼女の隣ではなく、わざわざ対面の席へ座り直したのだ。
「ご、ごめんね! 嫌だった??」
「いいの! 大丈夫! 大丈夫だから……」
ゥルルはフードをぎゅっと掴みながら、何故か物静かになってしまう。
その時、不意にアンの恩寵が発動した。
(あ……)
彼の言葉の裏にある感情。
アンの『|あなたの物語を聞かせて《ユア・テイル》』は、その内側から明確な「怯え」を感知したのだ。
角に触れられたことが原因なのか。
それとも、そこから何かを連想したのか。
理由までは分からない。
ただ、彼が必死に平静を装っていることだけは、アンにも分かった。
そんなゥルルを見かねたのか、サポーニスが静かに声をかける。
「ウル坊や。あなたはお部屋で先に休んでなさい」
「うん………ありがとう、サポーニスさん」
ゥルルはすぐさま立ち上がると、そのまま逃げるようにどこかへと消えてしまった。
「おやすみなさい」もなく立ち去ったので、アンの中では罪悪感が渦巻いていた。
「大丈夫よ、アンちゃん」
「…………え?」
「そうか、嬢ちゃんはまだそっち側なんだな」
「そうねえ。てっきりあなたは知っているものだと思ってたけど……まあ、これも巡り合わせかしらね」
そう言うと、サポーニスは周りをきょろきょろと見回す。
もう食事処に、先ほどまでいた客たちの姿はない。
どうやら彼ら狩人の朝は早いらしく、今頃は部屋でぐっすり寝ている頃だろう。
そのため、今食事処にいるのはアンとサポーニス、そして情けない狩人のヘロメロスだけであった。
「今から話すことは他言無用。絶対に誰にも喋っちゃだめよ?」
「…………はい……」
「ちと長話にゃーなるがな」
神妙な面持ちで、サポーニスは腰を下ろす。
ヘロメロスも打って変わって真面目な顔をしており、何やらピリッとした雰囲気が漂っていた。
アンは正座に体勢を変え、2人の話をしっかりと聞く姿勢になる。
彼らがこれから口にするもの。
それは、狩人の歴史であり――
ゥルルの過去であった。
【今回の用語まとめ】
■ヘロメロス
「ホテル・てるまえ」でアンと共に食事へありついた狩人。通称「ヘーロー」。
金欠でサポーニスに借金を抱えているらしく普段は冴えないが、本人曰く狩人として活動している。
■サポーニス
クルキブリ最大級の宿「ホテル・てるまえ」の店主。
豪快で面倒見がよく、ゥルルを「ウル坊や」と呼んで以前から可愛がっている。今回はアンへ、ゥルルに関わる何らかの事情を語ろうとしている。
■狩人
クルキブリを拠点としてモンスターを討伐する者たちの呼称。
討伐した怪物の素材が街の建築・食料・生活用品などへ利用される、この世界の生活基盤を支える存在でもある。
何故「ハンター」ではなく、「スレイヤー」なのかは現時点では不明。
■厄竜
ヘロメロスが話題に出した存在。
過去にクルキブリ周辺で何らかの騒動を起こしたらしく、ロンショウがその撃退に関わったことが示唆されている。現段階では詳細不明。
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