CASE.073「骸都クルキブリ」
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ゥルルと、『ロンおじちゃん』なる者に言われるがまま門を通過したアン。
彼女は2人の背中を追いながら、骸都クルキブリの通りを練り歩いていた。
「わぁ……すっごい……」
「だろう!? ここは多種族混合の荒くれ者たちの箱庭なんだからなぁ!!」
「~♪」
アンの思わず漏れてしまった驚嘆の声に、ロンおじちゃんは意気揚々と、得意げに胸を張った。
一方、隣のゥルルはというと、るんるんで鼻歌を歌っており上機嫌。
だがなぜかフードを深々と被っており、角の部分がちょうど猫耳のようになっていて、さらに可愛らしくなっている。
「お! 悪い悪い、紹介が遅れたな。俺の名は『ロンショウ』! ロンって呼んでくれ」
「は、はい! よろしくお願いいたします!!」
ロンショウと名乗った大男。
その見た目は、ヘパーを思い起こすような太い腕、太い脚、巨大な体躯。
髪と髭は赤黒く、ボーボーに生やしており、この地特有のおしゃれなのか、その先端を装飾品か何かで縛っている。
ヘパーと決定的に違う点があるとすれば、その出っ張った腹くらいだろう。
まるでアマゾンの力士。
それが作戦室一同の頭に過ったイメージであった。
「この人は『アンねーちゃん』だよ。初めてだから、みんな仲良くしてね!!」
ゥルルが嬉しそうに走りながら、周囲ですれ違う人々にアンの名を触れ回る。
皆、口々に「ウル坊」と名を呼びながら、珍しい来客であるアンを見つめた。
「……」
大勢の視線を浴び、アンは少し照れくさそうにする。
元より引っ込み思案な気がある彼女にとって、なんだかむずがゆい場である。
すると1人の男が近づいてきた。
おそらく、出てきた場所的に肉屋の店主だろうか。
血まみれのエプロンを着た男性が、アンの前でにこやかに頭を下げる。
「僕はカロといいます、旅のお方。どうぞ御贔屓に」
「あ、ああアンです! こちらこそ、よろしくお願いします!」
カロと名乗った男性は、アンの手を取る。
そして固い握手を交わした。
アンは終始たじたじであり、カロはニコーッと商売スマイルを貫いている。
「あ! 抜け駆けずりいぞカロ!!」
「テメエ、せっかくの来客を独り占めする気か!?」
「ふふん……こういうのは早い者勝ちですよ、皆さん」
ギャーギャーと文句を言い始めた周囲の商売人たちを、カロは堂々と宥める。
エルフのように尖った耳を、ポリポリと掻きながら。
そしてまたアンの元へ、腰回りと膝周りに大きく膨らみを持たせたワークパンツを履いた女性が、するりと割り込んできた。
今度は耳と鼻が尖っており、肌がゴブリンのように若干緑がかっている。
「アタシ、マレイ。よろしくな、アンの姉御」
「あ、姉御!? え、え、よろしくお願いします~あわわわわ」
マレイはアンの手を取ると、ブンブンと力強く握手をする。
アンよりも一回り小さな体に対して、その腕は筋肉質な職人のものだ。
アンの細腕を軽々と振り回し、盛大に目を回させていた。
「なんだなんだ?」
「お! ウル坊じゃねえか」
「なんか見ねえ顔だな、珍しい」
そしてマレイを皮切りに、騒ぎを嗅ぎつけた人々がぞろぞろと集まり始めた。
次第にアンを中心とした人だかりが形成され、すっかり彼女は人気者になってしまっていた。
「薬売りのオッシスです。御贔屓に!」
「八百屋のオレーラだ! 霜降草1つどうだ!?」
「研ぎ屋のアクエレどす。ほんま御贔屓に~」
矢継ぎ早に、次々と多種多様な人種の商売人たちがアンとの握手を求め、列をなす。
いつの間にかロンショウはその場を仕切り始め、「1人10秒までだ。1秒超過につき銅貨1枚だからな」と勝手に商売を始めている始末。
ゥルルに至っては、そんなアンをほっぽり、肉屋にぶら下がっていた骨付き肉をもぐもぐと頬張っていた。お金はもちろん払っていない。
「わ……っ、わわあわ!!(誰か助けてぇ~~!!)」
「いやぁ~アンちゃん、すっかり人気者ッスね~」
「そうね。ドゥーだったらこうはならなかったでしょうね」
この現象は、アンの人畜無害っぷりだからこそ為せる人望である。
これが|全身黒づくめの赤いモノアイ《ドゥー》だった場合、警戒された末にこの街へ入ることすら叶わなかっただろう。
非力も使い様なのだと、ミラは大変感心していた。
「そうだ、こんなこと言ってる場合じゃないッスわ。アンちゃ~ん? 聞こえますか?」
何かを思い出したかのように、ミラはアンへ問いかける。
アンは大勢のエネルギーの塊のような者どもに囲まれながらも、なんとかミラに応答した。
「余裕のある時でいいんで、シスターズが復帰したら、この街を探索してほしいッス。もしかしたら、他の執行官もここにいる可能性があるので」
「……!」
アンはこくこくと頷く。
これほどまでに派手で巨大な街であれば、他の執行官と合流できる可能性はかなり期待できる。
シスターズが休眠モードから復帰し次第、探索モードで周辺を一気に解析すれば、執行官の反応を拾える可能性があるのだ。
「そこまでだ、てめえら」
人混みにもみくちゃにされるアン。
やっとのことで、ロンショウの助け舟が入った。
「解散だ解散! むさくるしったらありゃあしねえ」
「おめえの方がむさくるしいだろ!!」
「あんん?!?!」
今度は勝手に仕切っていたロンショウにヘイトが集まる。
まだまだ長蛇の列が続いており、その中からロンショウへのヤジが飛ぶ。
それに対し「そーだそーだ」という相槌も、周囲の店々から追撃として放たれた。
「引っ込んでろデブ!!」
「おい、今誰が言った!?」
「胸毛剃れ!!」
「風呂入れ!!」
「いつ結婚相手見つけんだ~??」
「上等だ、ごくつぶしどもッッ!!!」
周囲からやたらめったらにヤジが飛び交い、早くもロンショウの堪忍袋の緒が切れた。
ヤジの1人を標的に、ロンショウは人混みの中へ突進する。
ドガーンという音と共に3、4人の人が宙に飛び、阿鼻叫喚となる。
巨漢の暴走をきっかけに、まったく関係のないところでも殴り合いの喧嘩が勃発。
ギャーギャーと人混みが混沌と化した現場に囲まれ、アンはぽけーッと放心していた。
あちこちで拳と血が飛び交う中、人混みをかき分ける小さな影が、アンの元へ辿り着いた。
「アンねーちゃん!」
「……あ、ゥルル! どこ行ってたのもぉ~!」
アンは頬を膨らませながらすぐさま、ゥルルの元へ駆け寄る。
連れてきた張本人にもかかわらず、アンを放置し、手にはいっぱいのお土産を持っている。
なのでアンは少しだけぷんすかと怒っていた。
「ご、ごめんね! ついお肉が……もぐもぐ」
「む、私にも1つください」
「ん! どーぞ!」
いつの間にか、周囲の人だかりは散開し始め、遠くで行われているであろう乱闘に今度は人だかりができる。
ぞろぞろと人が離れていき、ついにアンの周りにも地面が見え始めた。
「おいし~♡」
直前の人混み地獄のことは忘れたのか、アンはゥルルに手渡された肉へかぶりついていた。
何の肉かは甚だ見当もつかないが、鶏肉にも似た淡泊でジューシーなそれは、疲れたアンの胃と舌をこれでもかと刺激する。
「んん?」
人の熱気がなくなったことで辺りが涼しくなり、アンはようやく周りの状況に気づく。
街へ入った当初は緊張で視野が狭まっていたが、肉による安心感を得た今、彼女の視界にはさらに広く、夜空の下で美しくエネルギッシュな骸都が広がっていた。
「おとぎ話の世界みたい……」
「んね! ここが骸都クルキブリ! ぼくの大好きな街だよ!!」
ゥルルは手を広げて、骸都を我が物顔で自慢する。
そこでアンは、あることを思い出す。
――ぼくはずっと1人、だよ。
あの時ついた、ゥルルの嘘。
シンプルに、彼は別に1人ではないということなのだろうか。
この光景を見る限り、少なくともアンにはそう思えた。
(なんだ……1人じゃなかったのね)
何故、彼がそんな嘘をついたのかは分からない。
もしかすれば子供特有の軽い嘘かもしれないし、何か別の意図があったのかもしれない。
だが少なくとも、この街に彼の居場所があることだけは間違いなさそうだった。
「よかった……」
「?」
ウル坊と親しげに呼ぶ人々。
腕いっぱいに抱えた品々。
その一つ一つが、ゥルルがこの街でどれだけ可愛がられているのかを物語っている。
少なくともアンの目には、彼は決して孤独には見えなかった。
そのことに、アンは心の底から安堵したのであった。
【今回の用語まとめ】
■ロンショウ
骸都クルキブリに住む大柄な男性。通称「ロン」。
ゥルルからは「ロンおじちゃん」と呼ばれており、彼とは以前から親しい。豪快で喧嘩っ早く、街の住民たちとも遠慮のない関係を築いている。
■骸都クルキブリ
巨大生物の骨や素材を利用して築かれた、多種族混合の巨大拠点。
人間だけでなく、エルフやゴブリン系など多様な種族が暮らしており、商売人や荒くれ者たちで常に活気に満ちている。
■「ウル坊」
クルキブリの住民たちがゥルルを呼ぶ愛称。
街へ戻るなり多くの住民から声をかけられ、食べ物なども気軽に渡されていることから、ゥルルがこの街で広く親しまれていることが分かる。
■クルキブリの商業区
肉屋、薬売り、八百屋、研ぎ屋など、多種多様な商売人が軒を連ねる活気ある一帯。
種族の違いをあまり意識せず住民同士が入り混じっており、初来訪のアンにも積極的に交流を求める開放的な文化が見られる。
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