CASE.005「恩寵」
ご覧いただきありがとうございます。
能力バトルたるもの、主人公の能力シーンは必須ですね!!
ではご覧ください、第5話です。
※本作はカクヨム、小説家になろう、アルファポリスにも掲載しています。
「『アバドン・システム』――起動」
声に呼応するかのように、ドゥーを覆うメタリックな装甲が変形を始める。
ガチャガチャと単位構造が組み替わり、開いた隙間からモノアイと同じ暗い赤線が内側より滲み出した。
「カ、カイ姐……これ、何スか?」
「いいから。ちゃんと見ておきなさい」
イヤホン越しに、不安げな声。
ドゥーの身に何が起きているのか理解できず、たまらずミラは隣のカイへ疑問を投げかけたのだろう。
だが、ミラの心配をよそに、カイの返答は冷たく機械的だった。
「私たち第六執行部隊に、『特殊』がつく理由よ」
装甲の変形が完了すると、今度は黒い捻じれた稲妻のようなものが、バチバチとドゥーを中心に迸った。
空気を焦がすような放電音を撒き散らしながら、稲妻は大地へ、やがては木々へと伝播する。
すると、触れられたものは黒ずみ、バキバキと音を立てて崩壊していった。
「……何スかこれ!? 何スかこれ!?」
いつも以上の速度でカタカタ音が鳴り、ミラが混乱の声を上げる。
「先輩を中心に異世界の情報値が乱れていきます……985、57……-1……これは、虚数空間!?」
虚数空間――端的に言えば、現実ではない領域。
無であるはずなのに“有る”という、根本的な矛盾を孕んだ数学的空間だ。
「これ、異世界の情報体がどんどん“無かった”ことになってるっスよ!?」
「あら、流石ね。初見で理解できたのはアナタが初めてよ」
ミラの分析通り、黒い電撃のような何かに触れたもの――この異世界由来の物体が、データ上で徐々に“無”へと変換されていく。
ドゥーから発せられる黒い稲妻が、万物を物理的にではなく、概念ごと削り取っているのだ。
「ドゥー、できるだけ『アバドン』は抑えて。このままだと――」
「わかってますよ」
ドゥーが応えるや否や、稲妻は規模を衰え始め、やがてドゥーの内へと収まった。
――
同時刻、ハルヴェインの街。
ハルは巨大化するケインを呆然と見上げたまま、立ち尽くしていた。
(なんなの……あれ……)
根暗であることは否めないが、いつも静かで穏やかだったケイン。
それが今は凄まじい咆哮を上げ、森を破壊する勢いで膨れ上がっていく。
肉の怪物と化したその姿に、ハルが知る彼の面影はどこにもなかった。
その時、背後から声がかかる。
「ハルちゃん!」
あの冒険者組合のバーのマスターだ。
ハルは何かと金銭面で贔屓にしてもらっているため、仲が良い。
「……こりゃいかんな」
「マスター……ケインは……何が起きてるんですか!? 何か知ってるんですよね!?」
マスターはケインに目線を釘付けにしたまま答える。
「あれは……あれこそが……神から授かった者の能力、その神髄だ……」
「能力って……あれが能力だなんて言うんですか!? あんな姿……」
「ちょうど十年前だ……」
マスターは続ける。
「昔この街に、王国から高位の冒険者が来たことがあるのは覚えているだろう……?」
「……はい、それが……?」
「目的はケインの、王国軍への勧誘だった……そのはずだった」
――――――――――
十年前、このハルヴェインへ、遠く離れた王国の軍列が訪れたことがある。
人生で一度見るか否かの豪華絢爛な大軍。皆が目を輝かせる中、その目的は――ケインのスカウトだった。
当時十四歳のケイン。
天性の美貌と異能は噂の域を超え、王国にまで届いていたのだ。
それに目を付けた国王が、急遽軍列を整え、この地へはせ参じたという。
主目的は他国との戦争における戦力強化。拮抗する戦線を打破する切り札として、ケインが大抜擢されたのだ。
もちろん、ケインの両親は即座に承諾。
“王国軍輩出”という名誉を手にしたアッキネン家とハルヴェインは歓喜に包まれ、大いなる期待と賛美とともにケインを送り出した。
――しかし、事件は起こる。
引き抜きからわずか一か月後、国王の訃報が全国に広まった。
当然ハルヴェインにも届き、その号外には信じられない記事が記されていた。
――ケイン・アッキネンの乱心
ハルヴェイン出身、『ケイン・アッキネン』が暴走。歪で醜悪な巨大な姿に変貌し、暴走。その余波で国王が死亡。王国軍は壊滅。事実上、王国は一夜にして崩壊する。
その上、英雄として飛び立ったケインは、あろうことかハルヴェインへ、のこのこと舞い戻ってきたという。
本来ならば、民は筆舌し難い怒りと憎悪を彼に浴びせるところ、誰一人として彼に近づこうともしなかった。
王国の凄惨な記事は、人々の心に拭い難い恐怖として刻まれていたのだ。
万が一アレがこの街でも起きれば、ハルヴェインという小さな町など半日で更地になる。
結果、誰も逆らえず――ケインはのうのうとハルヴェインに居座ることを許されてしまった。
そして、そのしわ寄せを一身に受けたのがケインの両親だ。
長きにわたる嫌がらせと罵詈雑言の中で精神を蝕まれ、ついには自ら命を絶ったというのが事の顛末である。
――――――――――
「実質、奴が殺したようなもんだ……ハルヴェインは完全に外から腫れ物扱い。今じゃ、しがない小国の貿易に使われるだけの田舎町に成り下がったんだ……」
「でもッ!! ケインにも何か事情が! そもそもケインは王国なんかに――」
マスターがハルの肩をガシッと掴む。
「いいか、ハルちゃんッ!! 奴がアンタを助けたのは、ほんの気まぐれ。単なる偶然だ……ッ」
「……でも――」
「奴には邪神が宿ってる。もうこれ以上――関わるな!!」
「そーだぜー」
「関わるな関わるなー」
場違いな明るい子供の声が、二人の背後から響いた。
ハルとマスターは勢いよく振り返る――が、その時には声の主はすでに二人を通り過ぎていた。
機械的な装備。見た目はケインを吹き飛ばしたあの赤モノアイと似た系統だ。
だが二人ともひときわ小柄で、対照的に仮面の奥には三角形の青と緑のモノアイが暗闇を照らしている。
「アンタら……もしかして上級冒険者か……!?」
「んあ? 冒険者ァ??」
「おぢさんが呼んだ冒険者は来ないよー?」
「……んな、何!?」
会話しているようで、実際は適当にあしらっているだけ。
二人の視線は終始マスターとハル――ではなく、ケインと対峙するドゥーの方向を見据えていた。その風貌に、ハルは先ほどケインを弾き飛ばした男の姿を重ねる。
「あなた達……ケインをどうす――」
言い終える前に、ハルが崩れ落ちる。
マスターが慌てて身体を支える。緑の方を見ると、片方が手をスリスリと擦っていた。
(今のは……こ、コイツがやったのか!? 信じられん速さだ……一体何者なん――)
「あんまりボクたちのこと、詮索しないほうがいいよぉ~?」
「オイラ達でやっとくから、おじさんは早くここから消えな」
「……ッ」
こちらの心情を見透かしたような生意気な口ぶり。
普段なら怒りが出る場面だが、ケインの巨大化と二人の異様な気配を前に、マスターはもはや押し黙るしかない。
「ていうかドゥー、アレ使っちゃったんだ。いけないんだー」
「でもそれしか選択肢ないっしょ、この感じ」
「…………ま、いっか。怒られるのはボクたちじゃないし。ボクたちはボクたちのお仕事しよ、『ヨー』兄」
「そうだね『イン』。さっさとお掃除終わらせて、カイ姐に褒めてもらお」
緊迫したこの状況にそぐわない軽口を十分に叩いた後、二人はマスターの前からヒュッと瞬時に掻き消える。
言葉を交わしながらも、その足取りに淀みはない。
『イン』と『ヨー』は責務を果たすべく、ハルヴェインを駆け抜けていった。
――
「くるっスよ、先輩ッ!!」
「ヴぉあああああああああああッッッ!!!」
かつて神々へ叛逆を起こした巨人族、ティーターン神族に比肩する巨体と化したケインが咆哮を上げる。
そのまま体勢を崩しながら、巨腕をドゥーへ振り下ろした。
小隕石の衝突にも等しい一撃。
それがドゥーの直上から叩き込まれる。
形容し難い轟音。
ケインの身長を超える土煙が立ち昇り、木々を薙ぎ倒しながら大地が隆起し、血と土の雨となってハルヴェインへ降り注ぐ。
地響きも相まって街は大混乱。もちろんミラも大パニックだ。
「先輩先輩先輩ィッ!? やばばどうしよマジで、これアタシの責任っスかねぇ!? 先輩がぺちゃんこになったっスよ、カイね――あだ!!」
「少しは落ち着きなさい。モニターをよく見て。ドゥーのバイタルは?」
「……いたって正常っス。お騒がせしてすみません……」
「耳元で騒ぐなと言ったろうが、ミラ」
ヴヴヴヴヴヴヴヴヴヴッ………
衝撃波の爆心地で、別の振動音が鳴っていた。
ドゥーの声。それが異音とともに、ケインの拳の下から聞こえてくる。
「先輩……ッ!!」
大地には、先ほどの一撃さえ霞むほどのクレーターが穿たれていた。
その中心に、ドゥーが立っている。右手を上へ翳したまま。
ドゥーが翳す空間とケインの拳の間に、盾のように展開されている黒い波紋のような円盤。
それが異音の正体だ。
よく見ると、ケインの拳は完全に接触していない。
「ァァアアッッッ!?!?!?」
混乱と怒りが入り交じった重低音がケインの口から迸る。
表情はさらに歪み、見るに堪えない醜悪な形相へと成り果てていた。
だが、それでもなお自分の優位を疑わない。
相手は相対的に蠅よりも小さい矮小な雑魚。今の自分に敵うものなど、この世界にはいないという、井の中の蛙じみた自負が彼の攻勢を後押しする。
ケインはもう片方の肉の塊を叩きつけた。
今度はもう片方を。
何度も。
何度も。
何度も何度も何度も。
何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も――
――通算百八連打が終わった頃、ようやくケインが息をつく。
「ブフーッ! ム”フ”ーッ!」
全力の巨大隕石級の連打。
武芸など嗜んでいないケインが唯一繰り出せる、最大火力の技らしきものだ。
実態は子供の地団駄のような連打だが、威力は本物で、余波は森だけでなく街を半壊させていた。
荒い息遣いが山の木霊のように伝播する。
さすがに死んだだろう、と。塵と化したであろう“正体不明の敵”を確認するため、煙を手で払いのける。
――しかし見えたのは、期待を裏切る光景だった。
依然として黒い波紋は健在。
それも先ほどと比べて異常なほど巨大化している。
ヴヴヴヴヴヴヴヴッッッ、と今にも爆裂しそうな異音を放ちながら、“それ”が空間に居座っていたのだ。
(――ナンだッ……こ――)
「やるじゃないか――」
「このッ」
「――サトウ・ケンジ」
波紋が瞬時に収束した。
雫が液面に落ちた直後の瞬間のように、急速に中心柱が形成され――音もなくケインの左半身をパンッ、と吹き飛ばした。
――――
赤い雨が降る。
左の上半身を喪ったケイン・アッキネンが横たわっていた。
(ァへ………)
身体に力が入らない。
左はおろか、右腕も足も。
痛みは一周回り、ケインはもはや何も感じていなかった。
すると、かすかにパチャンと隣で何かが落ちる音がした気がした。
「…………ハ……ル……」
脳裏に、愛しいあの少女の映像がよみがえる。
そして今までの人生の光景が、無声映画のように白黒途切れなく流れ始める。
(……あ……)
これは走馬灯だろう。
それも、二度目の。
かすかに残る前世の最後の記憶も同時に甦る。
ちらりと傍らに目を向けると。
そこにいたのはハルではなく――悪魔の赤いモノアイが、こちらを見下ろすように立っていた。
血の雨。
自身の血液を全身に滴らせるその姿は、まさしく“死神”そのものだ。
それは前世の末期、彼が声が枯れるほど渇望した存在だった。
「言い残すことはあるか」
「…………マた……ダ」
「何だ?」
遠のく意識の中、ケインは語り始める。
「……テ……られて、ジ……ツし……て……」
「……?」
「欲しく……なかっタ……」
声が少しずつ流暢に、しかし小さく。
「コんな力……ホしくなかった…………」
弱々しくなっていく。
「チャンと、イきたかった……ッくさんホメられあかった……」
ケイン――いや、サトウ・ケンジの目から、半透明の液体が流れ始めた。
「ヤリ直せる……コンどこそ……そうオモった………だ……」
「……そうか」
ドゥーは腰のブレードに手を翳す。
「ボクは……ただ……」
「……あぁ」
腰からゆっくりとブレードを抜く。
「……もう一度…………」
誰かにちゃんと見てほしか――
ドゥーが得物を振り抜く。
そののち、転生者サトウ・ケンジは沈黙した。
――
荒野を、一人の少女が走る。
ハル・カルコースト、ケインの思い人だ。
「……ハァッ……ハァッ……ケイン……ケインッ」
転びながら、血と泥に塗れながら、荒れ地と化した森を走り続ける。
「ごめんね……ごめんね……」
あの時言い損ねた言葉を伝えるため、疾走する。
「私は……あなたのことが――」
鮮血の雨が止んだ頃。
赤に染まりきった大地にもはや届かぬ少女の吐露が、儚く散ったのであった。
「もういいかな?」
「もういいよね?」
「「ホイ、じゃ記憶消去っと」」
――――――――――――――――――――――――――――――――
――報告。
世界時間062004ZJAN25
執行官『ドゥー』の『アバドン・システム』発動によるターゲットの半身の消滅、及び死亡を確認。
死体回収後、即座にフィクサー『イン』『ヨウ』が目撃者および証拠の処理を実行。
世界時間062015ZJAN25
特殊第六執行部隊の初回任務の終了を確認。
状況を終了とする。
準上級監査官カイに通達。
本件の『アバドン・システム』の起動は異例であり、それにより生じた異世界被害は不問とする。
以上。
【今回の用語まとめ】
■アバドン・システム
ドゥーが持つ特殊な恩寵。
あらゆる事象を拒絶する性質を持ち、触れたものや干渉したものを消滅・無効化する黒い物質を分泌する。
非常に危険な力であり、通常任務での使用は例外的な扱いとなる。
■フィクサー
RACにおける後始末担当。
執行後の現場処理、証拠隠滅、目撃者対応などを行う。
表に出にくいが、任務完了には不可欠な役職。
■イン/ヨウ
特殊第六執行部隊に所属する双子のフィクサー。
今回の任務では、執行後のハルを含む目撃者および証拠の処理を担当した。
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